第1話『異形たちの庭』-その4

 ・イヴィリアの家にて


 イヴィリアを落ち着かせてからこれまでの事情を聴くと有益な情報を得ることができた。

 概ねは手紙に書かれていた状況と同じであるが、そこに書かれていない情報も彼女は持っていた。

 まず気になっていた手紙のこと。これは生きる気力を失っていた自分へと接触してきた者が助言してくれたものだと彼女は話した。その者は「ナナシ」と名乗り、頭を大きなフードで覆っていたという。

 ナナシはイヴィリアに「手紙を書けば、ツルギという男を紹介しよう」と言った。それに胡散臭いとは思いつつも、他に頼る術を持たなかった彼女はそれに従い、書いた手紙をナナシに渡す。ナナシはその手紙を受け取り、出ていったきり、イヴィリアに姿を見せることはなかった。

 その情報だけではその者がマコトであるとは断定出来ないが、そのように想定しても問題ないだろうとツルギは考えた。

 マコトがイヴィリアに接触した理由はそれらしい手紙を書かせるため。「ナナシ」と名乗った理由も自分の名が広く知れ渡っているからこその偽名。「ナナシ」という名も実は同業者たちの間では有名であり、所謂業界用語として「マコト」を指す際にも用いられている。フードは角を隠すためのものであると推察可能。

 これらの点から見ても、彼女がこの件に関わっていることは明瞭。あらゆるものを手駒として扱う、彼女らしい手口であるとも感じた。

 さらにツルギは次に父を攫われたときのこともイヴィリアに聞いてみると、彼女は目を虚ろにさせながらそれを話し始めた。

 イヴィリアの父カイン・ミドラージュが連れ去られたのは今から六ヶ月ほど前。早朝、親子二人で朝食の支度をしていた時のこと。

 何の変哲も無く過ごしていた親子を襲ったのは複数人のローブを身に纏う男たち。

 鍵のかかったドアを破壊して入り込んできた男たちはイヴィリアには見向きもせず、父を力ずくで拘束。イヴィリアをそのままに父を連れ立って何処かへと去っていったという。

 その光景を前に、怖くて抵抗すらできなかったと泣きながらに話すイヴィリアに対し、ツルギは言葉をかけてやることができなかった。込み上げる熱量を押さえ込むように歯を噛み締める。

 何もできなくて当然だろう。怖くて当然だろう。ツルギは滾る気持ちを飲み込んでから、イヴィリアの手を取り、この件に関して、解決することを約束。またそれと同時に、イヴィリアに寝室で休眠することを提案した。

 このままでは彼女の命にも支障をきたす。そう思えるほどに彼女の面持ちは病的だった。

 イヴィリアは俯きながら迷ったが、ツルギの強い勧めにより最終的にそれに応じた。

 ツルギが彼女を寝室へと送り届けてから居間へと戻ると、いつのまにか姿を消していたブローディアが現れた。

 彼女は不機嫌そうにツルギを睨め付ける。

「また適当なこと言って。あんたね──」

「すまない」

 ブローディアの不満をツルギは打ち切るように謝った。言おうとしていることは言わずとも知れている。

 先ほどした約束に関して、解決できるかも、彼女の身を保証できるかも、本当のところは分からない。そして、その約束によって要らぬ重荷を背負ってしまったことも、この重荷がこの先で足枷になる可能性があることも予見できた。

 しかしそれを無視。過去の自分を顧みて、彼女の涙を見て、マコトと重なったその姿がどうしても我慢ができなかった。

 ブローディアという命を受け持っている身として最低の行為であり、プロとしては下の下。己の精神的な脆さが祟った結果であり、彼女が怒るのは当然である。

 目を伏せ、謝ったツルギの重々しい表情を見て、ブローディアは大きなため息をついた。

「そうやって何でも自分だけで背負おうとするのやめなさい。……今は私もいるでしょ」

 ブローディアは恥ずかしげに背を向けて言った。

 彼女なりの優しさであったのだろう。不器用な言葉ではあったが、ツルギの肩にかかる重圧が少しだけ軽くなるのを感じた。

「……ありがとう、ブローディア」

 ツルギはその優しさに感謝し、いつのまにか握っていた拳をゆっくりと解いた。そして一呼吸の間を置いて口を開く。

「カインの部屋に行ってみよう。そこにも情報が眠っている筈だ」

 疲れているはずのブローディアだが、何も言わずそれに頷いた。


 手紙に書かれていた内の一つ、鍵のかかったカインの部屋。

 手紙によれば、家にはカインの自室であり、仕事部屋となっていた部屋がある。その部屋は鍵によって封鎖されており、イヴィリア自身は入れないとのことだった。

 手紙にも記されていたが、カインはよく仕事を持ち帰っては部屋でそれに熱中することがあったらしい。

 イヴィリア自身もまた、そこに父の手がかりがあると考えていたが、その部屋は鍵がかかっており、中へ入ることができないとのことだった。

 抉じ開けようにも、自分の力では無理であったとも話すその扉はツルギの目からしても堅牢。守秘のかかる部屋であることもあり、扉は外的な要因を排除する鉄製。それは大人であっても破壊することは難しいようにも思える。

 しかしこの類の障害はツルギにとっては造作もなく、潜影により、扉の隙間の影から中へと侵入した。

 入った部屋にあったのは大きな机と少数の書物。机には積み上げられた書類がどっかりと乗っていた。

 ツルギは始めに机の埃を確認。埃は放置された月日に応じて積もっており、辺りに埃へと触れた形跡はない。

「一番乗りね」

「ああ」

 得意げなブローディアにツルギも同意。彼の部屋が未だ手付かずであったのは僥倖と言うべきであろう。

 ツルギは埃を払いつつ、積まれた書類の一枚一枚に目を通した。

 そこに書かれていたのは大多数が刀姫に関する事項。彼女たちの開発に関するものからその力に関するものまで様々。

 流し読むこと数十分。積まれていた資料が半分を切るタイミングになったところで、とあるタイトルの冊子が目に留まった。

 ホチキスで止められた数枚の冊子。タイトルには「フライタッグについて」と短く書かれていた。

 書かれていたものの多くは刀姫に関するものであっただけに、一際目につくタイトルだった。

 中身を捲ると、そこに書かれていたのはフライタッグの街に関すること。そして、開発におけるカインの立ち位置と、処遇、仕事内容について。

 これがカイン宛に送られたオファーの資料であることはすぐに分かった。

「ナイスなタイミングね」

「……ああ。これで情報の質が上がる」

 同じことを考えていたブローディアにツルギは同意した。



 ・カインの仕事部屋にて


 夜。大抵の生物が寝静まる時間帯だったが、ツルギは明かりを灯して現況の整理していた。

 一日を通してカインの部屋を調べ漁ることとなったが、それにより、ツルギは重要な手がかりを得ることができた。

 その手がかりとはカインが働いていた施設について。つまりはこの街で執り行われる刀姫計画に関するものである。

 彼の担当する役割は刀姫のコアとなる『禍石』の開発であった。禍石とは禍人の体から抽出される禍が固まった物体のこと。彼はこの禍石の力を引き出すチームの一員であったことが分かった。

 これを受け、セリスから受け取った地図を確認。その地図には街にある百以上にも及ぶ研究施設の詳細が書き出されており、これによって同種の施設を探すことが可能となる。地図によれば、禍石の研究・開発施設は数十箇所。その内のいずれかを当たれば、件の計画に使われている施設を発見できる、というカラクリ。数多ある施設を一つ一つ巡るしかなかったことを鑑みるとこれは大きな収穫である。

 また地図を読み込んでいくと、フライタッグという街の作りにとある法則があることに気づいた。それは同じ分類に属する施設は密集しているという点である。この事実は、かつて様々な機関に属する学者、研究者たちが集う街であっただけに、意外ではあった。

 開発競争をする中で、技術を秘匿するために各機関毎に施設が散らばっているはず、というのがツルギの主観だった。これに気づくとまるで街全体が一つの開発機関であるかのようにも感じられる。

 しかし何にせよ、これはツルギにとって都合が良い。移動の手間が省けるというのは、広大な街において大きなアドバンテージになる。

 これを持ち寄り、ツルギは明日以降の動きを変更することを決意。今現在はその再検討の最中であった。

 ひと段落ついたところで、ツルギは手持ちの時計で時間を確認。針はすでに深夜の一時を指していた。

 イヴィリアはそれまでの疲れが溜まっていたのか、今も眠りこけ、ブローディアにも睡眠をとるように言い、今はツルギの影の中で休養中。明日からはまた長丁場になることを考えると、早めに自分も休みたい気持ちがあったが、出来るだけ明日のルートを頭に叩き込む必要がある。

 また念頭に入れなければならないのは、それだけではない。ツルギは小さく折りたたんだ依頼書を広げた。

 依頼書の目標は二つ。水面下にある計画の調査、そしてこれを企てる敵性者の討伐もしくは撃退。

 これに対し、今はというと刀姫計画が進んでいることは間違いないが、この街の内情は未だ不明。しかしこちらは手がかりもあり、事は順調に進んでいるように思える。

 そうであれば、明日以降から意識すべきは三体の敵性者たちである。敵性者の内の二体は災厄の禍人。その内の一体は『混沌』を欲するモノ、「マコト・クレミヤ」。もう一体は『進化』を欲するモノ。名を「アリスト・モーガン」。そして彼らと共にこの街に潜伏するのは『籠絡』の二つ名を持つ刀姫、「サキュリス」。

 そのモノたちに関して、討伐はおろか接触すらもできておらず、またこのモノたちが刀姫計画に関係するのか、それぞれがどのような立ち位置にいるかは謎。敵対関係にいるはずの刀姫と災厄の禍人とが一堂に会していることを考えると、各々が何かしかの目論みを持ち、結託しているのだろうとは予想できる。

 そしてここから先に核心が眠っているならば、そのモノたちと交戦する可能性は格段に上昇する。

「マコト……か」

 ツルギは依頼書にあるその名前の文字を指でなぞりながら呟いた。

 今回、相手取る敵性者の中でも特に鬼門となるのは当然コレ。彼女から積極的な働きかけはないものとは考えられるが、彼女にはこの世の全てを、そして果てには未来までを見通す『天眼』の刀姫が控えている。今まさに情報を得て、準備を整えるツルギのことさえも、彼女は既に折り込み済みであろう。

 もし仮に彼女が、件の計画に本腰を入れようとするならば、それを止めることは不可能に近い。

 ツルギは自身の心臓が高鳴ってきたのを感じ、それを落ち着けるように深く息を吐いた。

 しかし結局のところ、彼女の筋書き通りであろうとも自分自身のやることは変わりない。最善を尽くす。ただそれだけ。

 ここからが正念場だ。

 ツルギは自身の胸を叩き、縮こまりそうな心の臓に喝を入れた。



 ・世界背景 その2


 世に知れ渡る刀姫計画とは、全世界を巻き込んだ刀姫の開発を意味する。全世界を巻き込む、ということはつまり、全世界の協力と承認を得る必要があるということ。

 その頃には既に「国」という概念は崩れ去っており、世界を牛耳るのは後に『ルーラー』と呼ばれる名だたる財閥たち。

 人類の滅亡も囁かれた世紀末、人類史上に残る没落期に刀姫計画の首謀者ダン・スリーランはルーラーたちが集まる場において、それを発表。ダン・スリーランの提示した刀姫計画と彼の研究の成果である刀姫はルーラーたち全員の首を縦に振らせ、見事、世界の承認と協力を勝ち取った。

 こうして発足し、人類を救うこととなる刀姫計画だったが、後にその開発が禁止されることとなった。理由はあまりにも強すぎる刀姫を作れてしまうから。結果として、刀姫は人の手を超え、逆に脅かす存在となった背景もあり、これについては誰もが納得する事実である。

 そしてこれに加えてもう一つ、計画を禁止させる至らしめた理由がある。その理由とは刀姫開発の非人道性にあった。

 刀姫は禍人の身体から抽出される『禍石』と女性のある部分との融合によって作られる。そのある部分とは「子宮」である。通常であれば禍石から力を取り込もうとすれば、その力を制御できず、逆に禍の力に取り込まれて禍人と化す。しかし子宮という器官は禍の力をある程度まで制御する能力を持っていた。人体における唯一の制御器官である子宮はこれにより、安定的に禍の力を取り込むことができる。子を育むはずのその器官は禍の力をその身に取り込むのに最も適した器官でもあった。

 命を冒涜するかのような、あまりにも惨い開発模様。承認をしたルーラーから達せられたその内容に下々からの反論の声はあった。しかし、ダン・スリーランが作り上げた刀姫の力の前に人々はその口を噤んだ。それほどまでに人類は困窮していたことは言うまでもなく、人々は生きる残るために刀姫を作った。

 そして禍人を退け、文明を築き上げた人類はやがて、欲を満たすために刀姫を作り上げるようになった。栄華を極めた人類は、今度は物として扱い続けてきた刀姫の叛逆を受け、大打撃を被ることとなり、人々の怒りはその責任の所在を探した。しかし、これに関して責任の所在などない。言うなればこれは人類の責任である。しかし、どうしても拠り所を欲した者たちの手は最終的に刀姫計画そのものへと辿り着いた。こうして刀姫計画における悪虐の数々を槍玉に挙げ、この凄惨なる計画を追及。その結末は刀姫計画の中止とルーラーを除く先導者たちの処刑へと帰結した。


 刀姫計画の頓挫により、再び禍人の脅威は復活。おまけに刀姫に逆襲にあった人類は、度重なる災難に対抗するための代替品を必要とした。そして代頭したのは刀姫計画に変わる『プロト計画』であった。これは刀姫のプロトタイプ、いわば劣化版を作成する計画である。禍人や刀姫への対抗策であるこれは意思を持たず、そして刀姫が発現する特殊能力を抑止したもので、刀姫の危険性を排除した上で、さらにはその製造も容易。もちろんこれに対して、人権の側面から声を挙げた者もいたが、結局、人類存続のためとその全てが封殺され、白羽の矢はこれに立った。

 人類のこの傲慢な選択は、自らの存在を否定するに等しい行為として刀姫たちを憤慨をさせた。人類と刀姫との間の溝は深まり、ここから自然と「刀姫VS人類」の構図が出来上がったが、図らずもこの溝を埋めたのは災厄の禍人であった。全てを脅かすそのモノの存在により、窮地に立った人と刀姫を歩み寄らせ、そしてその架け橋として調律師が生まれた。

 ──しかし、全ての刀姫が人と歩み寄れたわけではない。今もなお、モノと扱われ、挙句に存在を否定した人間を異常なほどに敵視し恨むモノや下等生物と卑下し、しがない命と弄ぶモノは少なくない。

 フライタッグに潜伏し、支配したサキュリスもまたこれと同様であった。

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