第1話『異形たちの庭』-その3

 ・フライタッグ、とある地下


 暗闇の地下階段をゆっくりと降る音が響く。足音の主はローブを着ており、その裾が壁に擦れるほど狭い階段降りていく。降りていく先で足音は建てつけの悪さを物語る鈍い音とドアを開く音へと転じた。

 ドアの先は控え目な電灯の明かりがつく、小部屋。その中央には椅子に縛り付けられ、猿轡をも付けられた二十代ほどの女性。その傍らには同じくローブを纏う一人の男が待ち構えるように立っていた。

「首尾は?」

「滞りなく」

 入ってきた上長と思わしき男の問いに、傍らの男は端として答える。するとその答えに頷き、持っていた簡易注射器を手渡した。

 それを見て、ある種の儀式の作法のような手順を感じた。事前情報の規模から察するにこの上長と思わしき男は、おそらくはこれの中間役。注射器を管理する者、つまり内部に精通した者は他にいると予想される。

 縛り付けられた女性はというと、入ってきた男に反応し、身をよじらせ、声を発する。声は言葉として紡ぎ出されることはなかったが、その必死の形相には抵抗と懇願が入り乱れていた。

「打て」

 それを無視して命令すると、傍らの男は女性の髪を持って頭を左に倒す。そして未だ抵抗をしようとした女性の剥き出された首へと注射器を無理やり突き刺し、液体を注入。

 抵抗によって注射針は折れたが、その液体は半分ほど女性の体内へと流れ込んでいる。

「こいつ……!」

 抵抗された事に憤りの声を上げたが、上長の者はそれを手のひらで制止させた。

 液体の影響か、もがく女性は次の瞬間には全身の筋肉が緊張。凍りついたように動きを止め、その後緩やかに緊張がほぐれ、糸が切れたようにダラリと首を垂れた。

「し、死んだのか……?」

 注射器を床に落とし、狼狽した男に上長の者は首を振った。

「死んではいない。……兎に角、薬は効いたようだ。撤収するぞ」

 突然の撤収宣言に、男は女性と上長の者を交互に見た。

「撤収……?この女は?」

「このままで良い。後は別の班が引き取る」

 そう言ったまま、入ってきた扉から出て行く上長へと続いて、男も足元の注射器を拾い上げて部屋を出ていく。

 それを見送り、入れ替わるようにツルギは影からゆっくりと姿を現した。

「何だったの、一体」

 同じく一連を見ていたブローディアがこぼした。

 街に入り込むのと同時に、外皮を纏った仰々しい男に釣られてやったきたが、どうやら感は当たっていた。

 いきなり見つけ出した糸口。不安しかない依頼であったが出だしは高調。

「……別の班とやらが来る前に、終わらせよう」

 高ぶる気持ちを抑え、ツルギは縛られたままの女性へと近づいて俯くその顔を覗き見る。

 女性は意識がないのか、開けたままの目はツルギを見ずに虚空を見つめていた。口からは唾液がだらしなく滴っており、その動きは完全に停止。ただし、首筋に手を当てると脈は弱いながらも健在。

 先ほどの者たちが言っていた通り、死んでいるようでもなかった。

 それに続き、ブローディアもツルギの影から身を出して、女性の注射痕から香りを探る。

「甘いが匂いする」

「禍ではなく、か?」

 ツルギはそれを疑ったが、ブローディアは否定した。

「ええ、禍の臭いは一切ないわ」

「……そうか」

 ツルギは刀姫鍛造の第一工程である「禍の注入」を予想していたが、そうではなかったようである。

 しかし、先ほどの工程がまだ初段階に過ぎない可能性を考えると、刀姫開発の線はまだ捨てきれない。

「……」

 またそれらとは別に、ツルギは先ほどの者たちに妙な違和感を感じていた。

「ツルギ、奴らを追うなら早くここを出た方がいいと思うんだけど」

 ブローディアの意見に対してツルギは暫し、思案。最終的に出した答えは、脳裏に残る妙な違和感の答えを探るべく、工程の先を見ることだった。

「……いや、ここで別の班とやらを待ち伏せよう」


 残留を決め、その場で動向を待ったが、その部屋に来る者はなかった。

 縛られたままの女性はその後、衰弱により死亡。その際には禍の放出をしたが、それ以外に変化という変化は見受けられなかった。人の死亡によって、禍が発生することは珍しいことではない。

 ツルギは仕方なくその場を後にした。

 現在時はすでに日が昇り始める午前五時。街を訪れてから七時間、地下へ訪れて六時間ほど経っていた。

 地下の部屋から脱出したツルギは外全体に行き渡る太陽の光に目を細めた。

「……結局、別の班とやらは現れなかったわね」

「……ああ」

 ブローディアは疲れたように言ったのに対し、ツルギも同意。それまで保っていた緊張を解くと、身体に疲れがどっと押し寄せた。

「ねえ、少し休もうよ」

「そうだな……でも、その前に行っておきたい場所がある」

「行っておきたい場所?」

 ブローディアは少し嫌そうに問う。

「センタナルの施設だ」

「死体まみれの?」

 ブローディアの言葉からは先ほどよりも強い嫌々しさを滲み出した。

 センタナルの施設は手紙の情報によれば、死体が吊られているそうだが、中は荒らされた形跡はないとのこと。また、セリスの情報によれば、手紙が来るひと月ほど前から、その支所からの連絡が途絶えているらしい。

「休んでからでいいでしょ。そもそも、何しに行くのよ」

 続け様にブローディアが不満を口にした。

「今はとにかく情報が足りなすぎる。センタナルに行けば何か分かるかもしれない」

 それに対してツルギは解答。実のところ、セリスからの情報と手紙の内容を合わせても、心持たないそれが何よりも気がかりだった。

「……気持ちは分かるけどね。今の手持ちも大したものはないから」

「……セリスは良くやってくれたさ」

 セリスから聞けた情報といえば、街の構造と各施設の配置、街の外情くらいで、核心へ迫れるものは何もなかった。

 その際には、ツルギの他にもこの街へ派遣された潜入工作員がいたこと、彼らは一つの情報も得られず、また一人残らず音信が途絶えたことを耳にした。

 今回の依頼は、そこで困った依頼主があるツテから、ツルギの情報を得て依頼をしたといった経緯があるのだとか。

 つまり今回は、情報が無くて当たり前くらいの依頼なのだ。

 それでもセリスが手当たり次第に情報を掻き集めてくれたおかげで、こうして見当をつけることができているわけである。情報もまた現地調達となったが、不安は多少あれど、不満を口にする気にはなれなかった。

 またそれとは別に、ツルギが今センタナルの施設には向かおうとする理由には、もう一つの思惑があった。

「それに、もしかしたら寝床になるかも──」

 ツルギがそれを言いかけるとブローディアは声を上げた。

「はあ!?あんた、死体の中で休もうって言ってるの!?」

「ブローディア、音量を下げろ」

 ブローディアの批判は分かっていたし、真っ当な意見であることも理解できる。自分とて、死体の群れで腰を落ち着けるなどご免である。

 しかしそうとは言っても、今いる場所は敵地であり、そこは「異形たちの庭」でもある。優先すべきは身の安全の確保できる場所だろう、というのがツルギの意見。

 そこで一番に見当をつけたのは、すでに打ち捨てられたセンタナル施設。死体だらけの建物に誰が来ようというのか。

 ツルギはこれを熱弁。説得を試みたがブローディアは断固として拒否。結局はその案はブローディアの強い反対により、あえなく却下となった。

「ならどうする。他に宛てがあるのか」

「イヴィリアのところでいいでしょ!」

 ツルギが対案を求めると、ブローディアは熱を持ったまま、それに即答した。



 ・ツルギの過去 その1


 マコトは目上の者に対し、常に従順であった。求められたことに対し、素直に応じ、いつだってそれに応える優等生。しかし彼女はそれだけで無く、天性の才覚を持った調律師でもあった。

 通常の人は刀姫と契約する際に生じる「呪いの刻印」に耐えることは不可能である。呪いの刻印は付与された者の精神を急激に病ませ、良くて自殺、最悪の場合死ぬまで強い禍を放出し続ける肉塊になる。

 その障害に対して強い耐性がある者のみが調律師となれる。また強靭な刀姫を従える度量とカリスマ性も必要である。耐性を持っていても刀姫を従えられない者は、刀姫によって飲み込まれ、傀儡と成り下がる。

 このことから調律師になれる者は限られた一握りの人物のみ。加えて調律師が扱える刀姫は一体までが限界だった。

 しかしマコトはその枠組みや常識から大きく逸脱していた。

 三つ子の多胎児で唯一命を保ったマコトは、同胞2人の命をも受け継いだが如く、その身体能力と精神力は屈強かつ無比。

 また調律師としての適正は他の追随を許さないほどに桁違いで、彼女は刀姫三体の契約を可能とした。そのカリスマ性も特出し、最強と名高い『天』と呼ばれる刀姫たちを見事に従えてみせた。

 その圧倒的な存在感と卓越した能力はかつての原初のモノを彷彿とさせた。彼女は元々、物腰も柔らかい性格だったのが、それに拍車をかけた。

 当初、彼女は原初のモノの再来だとして、その矢面に立たされた。しかし彼女が調律師としての才覚を示し、『天眼』『天穹』『天忌』の二つ名を持つ刀姫たちと契約を交わすと、世界は手の平を返すように態度を一変。瞬く間に彼女の名は世界に轟いた。

 また彼女は自分の特別性や力を誇示しようとしなかった。その度量は英雄色を漂わせ、轟いた名は彼女を世界的なスターへと押し上げた。

 それに戸惑ったマコトであったが、じきに受け入れ、世界の為に戦うことを誓った。

 そんな彼女だが、ツルギの前では妹としてツルギにだけは甘えてきた。顔を合わせれば和やかに腕を取り、何かと「兄様、兄様」とこちらを呼びたがる。

 しかしツルギはマコトのことが大嫌いだった。様々な人に愛されながら、それでもなお妹として甘えてくることに怒りさえ覚えた。

 出来の悪い自分は周りの人たちからは腫れ物扱いされ、妹のマコトは様々な人たちから大きな寵愛を受けた。

 その事実は強い劣等感をツルギに与え、ツルギはより一層マコトに強く当たった。

 しかしマコトはそれに反発しなかった。むしろ遠ざけようとすればする程、彼女は自分に寄り、甘えてきた。

 今にして思えば、彼女は寂しかったのだろうと思う。一人の人間として、愛されることがなかった彼女は普通の愛に欠乏していたのだ。

 それに対し自分はというと、優秀な妹に頼られ、それを無下にすることに心地良さを感じていた。

 矮小な兄と打算的な両親と取り巻き。本来ならば世捨てでもしたくもなるがしかし、世界は彼女を必要としていた。優秀な調律師として、人類の大きな戦力として。だが醜い大人たちの渦中は、少女の身にはあまりに過酷な世界だった。

 もしあの時。少しでもマコトのことを考えてやれたら。彼女に寄り添ってやれたなら。彼女は暴発しなくて済んだのかもしれない。

 彼女が転化したあの日から数年経った今でも、それはツルギを苛む過去。忘れられない後悔の歴史であった。



 ・イヴィリアの家へ


 セリスから受け取った情報には手紙の主「イヴィリア・ミドラージュ」のこともあった。

 イヴィリアは今年で十四歳になる女性。出身はフライタッグより遠く離れた都市「マーセナルシティ」。マーセナルシティといえば世界経済の中心と言われ、ある程度の資産を有していなければ移り住むことができないとされる超経済都市である。

 彼女がフライタッグへ移り住んだのは約半年ほど前のこと。父の仕事の関係で親子二人でその街に越してきた。

 イヴィリアの父カインは刀姫や禍を専門とする学者で、とある研究機関からのオファーを受けたのだという。また同じくして、様々な分野の技術者が集められていたらしい。そうなるとやはり水面下では刀姫開発を目論んでいたことは間違いなかった。

 わざわざマーセナルシティを出て、辺鄙なフライタッグへと移住した理由もここから推察できた。カインは刀姫や禍を研究し、その存在を追い求めた者として、開発への好奇心を止められなかったのだろう。

 ツルギ自身にも学者の知人が一人いるがその知人を含め、学者という生き物は好奇心の純度が高すぎる、と感じていた。彼らのように一つのことに打ち込みたい欲を持たないツルギには、到底理解し得ない境地である。

「ディア」

 とある家屋の前で立ち止まり、ツルギはブローディアを呼んだ。

 その呼びかけに応じ、ブローディアは潜影の性質をツルギに付与。ツルギは影へと潜り、それを伝ってドアの隙間から煉瓦作りの家屋へと侵入する。

 侵入した家屋は、手紙の主イヴィリアの住居。ブローディアの言う通り、イヴィリアの家も宛ての一つとして、あり得る選択肢。

 しかし、ツルギとしてはそれは極力避けたい選択肢であった。理由はイヴィリアの手紙の所以。

 それがマコトの差し金によるものであれば、イヴィリアがそれと接触をしている可能性が高いから。だとすれば、すでに罠が張られていると考えるのが妥当。むざむざ罠へと嵌まる必要性はない。

 ツルギがそれを言うと、ブローディアはその可能性を排除した。曰く、マコトの差し金であっても罠がある可能性はないだろう、とのことだった。

 ブローディアはその理由として、マコト・クレミヤという『災厄の禍人』の性質を挙げた。


 マコト・クレミヤは様々な意味で高名である。彼女の動向に関しては世界中のあらゆる人々が着目するが、その中でも名だたる学者、研究者たちは一際、それに目を光らせた。

 その焦点にあるのは能力ではなく、彼女の持つ性質。彼女は能力だけでなく、その性質もまた、他の災厄の禍人たちと一線を画すものであった。

 元来、災厄の禍人はそれぞれが持つ強い欲求によって、突き動かされるモノである。人と同様に高い知性を持つがそこに道徳などの観点は一切なく、言ってしまえば、善意も悪意もない動物や虫などと行動の原理は一致する。

 それ故にその性質を究明することができれば、対策や対抗の手段を取ることはそれほど難しくない。

 マコトの性質も同じく、様々な事例やその生い立ちから導き出そうとしていたが、結果としてその解答は人類にとって答えになり得ないものだった。

 導き出された答えは「混沌」。つまりは場をかき乱し、更なるエントロピーを生み出すことが彼女の欲を満たすという。

 これまでの災厄の禍人たちの例を見れば、これは馬鹿げた発想とも思われた。「性欲」を満たすモノ、「殺人」によって欲を満たすモノ、物理的により大きな「爆発」を発生させることで欲を満たすモノなど、災厄の禍人の持つ性質は様々。しかしその過程で混沌が生まれることは必然であるが、それは帰結となり得ないのが普通である。

 もしそれが真実であればマコトの欲は珈琲にシロップを混ぜ合わせるだけで少なからず満たされることになる。

 生物としてはあまりにも消極的な動機。

 しかし、それを否定する者はいなかった。災厄の禍人の権化というに相応しい、その性質は彼女の得体の知れない畏怖の正体にピッタリと合致していたのだ。また識者たちが暴き、危惧するこの性質はツルギ自身にも覚えがあった。

 ブローディアの主張の味噌はそこにあった。ブローディアは自分たちの潜入がより彼女のとって好ましい混沌を生む未来を作り、その混沌こそが彼女の狙いであると指摘。直接投函された手紙の正体がこれを裏付けた。

 当初は「お前はセンタナルが嫌なだけだろ」と思っていたツルギもその主張に納得をした。

 彼女の推察が正しければ罠にかけて邪魔をする可能性は低いし、彼女のやり口を考慮すると充分に筋が通っている。

 ツルギはブローディアの意見を採用。こうして現在の状況に至るが、とはいえ正面から入るにはあまりに不用心。そこでブローディアの能力を使って彼女と接触することにした。

 ツルギは玄関と繋がった居間へと入ると、誰もいないことを確認しつつ、一度影から顔を出し、そこで静止。じっと耳をそばだてて、音を探る。

 すると、正面の扉からシャワーから流れでる水の音を察知。また同時にわずかに香るシャンプーの匂いを感じとった。

 どうやら入浴中のようだった。

「待つか」

「当たり前でしょ、女性のシャワー中に潜入なんて絶対認めないわ」

 ブローディアは即座に言った。

 ツルギは「男だったらいいのか?」というツッコミを胸に秘めつつ、影から脱出。イヴィリアが出てくるのを待った。


 待つこと十分。潜影をせず、物陰に隠れたツルギの目の前に石鹸の香りを漂わせながら出てきたのはパジャマを着た少女。金色の髪に大きく切れ長の目。美形の顔に背丈は百六十センチメートルくらいで、やや長身。モデル向けな風貌である。

 スリーサイズはデータ上では七十五ー五十四ー七十六となっていたが、しかしその見立てでは八十五ー五十九ー八十一言ったところだろうか。そこに少し違和感を感じたが、思春期の女性であるし、その成長にも頷けた。そして個人的にはより、好ましいものである。

「何か変なこと考えてない?」

「……いや」

 ブローディアの冴え渡る勘を流しつつ、ツルギはその少女を眺める。

 何はともあれ、目の前に現れた少女はセリスの資料にあった顔写真とほぼ一致。彼女こそが手紙の主であるイヴィリア・ミドラージュで間違いないだろう。

 イヴィリアはそのまま椅子に座ると、息を吐く。

 気配を消しつつ、ツルギは接近。机を挟んで少女の目の前に立ち、その顔を窺う。

 彼女の影を落とした表情は暗く、やつれた顔には疲れの色も窺える。こちらにはまったく気づいていないようだ。ブローディアはイヴィリアの顔へと鼻を近づけ、一嗅ぎ。そしてツルギへと視線を移し、首を振った。

 それは禍の匂いはしないという合図。ツルギは頷いてから、イヴィリアから少し距離を取った。

 今、イヴィリアからはツルギが見えない状態にある。これはブローディアのもう一つの能力『幻術』によるもの。

 ツルギの目を通して発生するそれは対象となる者の視覚、聴覚、嗅覚を支配する能力。今現在、彼女が見聞きしているのはツルギたちのいない普段通りの部屋の景色である。

 程度はあるが、外部からの接触や強い光、大音量、猛烈な臭いなどがなければそれに気づける者は一握り。イヴィリアに関しては全くの素人なので、完全その術中に嵌っており、彼女に触れなければ、これに気づくことはない。

 この能力はより出力を高める事でその精度は進化し、触覚や味覚を奪うことも可能。そのレベルになると、もはや『幻術』であることを分かっていてもその術から逃れることは不可能で、対象者の精神を破壊するにまで追い込むこともできる。

 しかし、この『幻術』は力の程度によって使用者であるツルギにも大きな負担を強いる。なので、イヴィリアにかけた幻術は最低レベルの一段階。それに気づいていない彼女はおそらくは白。マコトから何かを仕込まれている可能性も消え去った。

 ツルギはゆっくりと目を閉じ、視界のイヴィリアを幻術から解放。薄っすらと、そして徐々にその輪郭を表すツルギを見て、イヴィリアは狼狽えた。

「……誰!?」

 叫んだイヴィリアにツルギはポケットから折りたたんだ手紙を広げた。

「この手紙を書いたのは、君か?」

 ツルギの問いにイヴィリアはしばらく無反応。思慮を巡らせる。ツルギがそれを待つとイヴィリアは恐る恐る近づき、手紙を覗き込んだ。

 自分の書いた手紙であることを確認したイヴィリアは、ツルギの顔と手紙を交互に見た。

「あなたがツルギさん……ですか?」

 少女は大きな目を更に大きく見開かせてツルギを凝視。ツルギはそれに応えた。

「ああ、俺がツルギだ。助けにきたよ、イヴィリア」

 出来るだけ優しくそう言って、微笑んでみた。

 笑顔が下手だと、昔セリスに言われたものだが、今はどうだろうか。上手く笑えているだろうか。

 そんなツルギの杞憂はイヴィリアの涙を見て、吹き飛んだ。

 どれほど不安だっただろうか、どれほど寂しかっただろうか。そして今、どれだけ救われた気持ちになっただろうか。ツルギには分からない。

 その姿はかつてのマコトの姿と重なって見えた。あまり気が進まなかったツルギは結局、ここへ来て良かったと確信した。

 感極まり、飛びつこうとするイヴィリア。

 それをツルギが抱きとめてやろうと腕を伸ばしたその最中、ブローディアが図っていたかのように出現。二人の間に割って入った彼女はツルギの代わりにそれを抱きとめた。怖がるものと思われたが、イヴィリアはツルギの意に反してブローディアの胸の中でわんわん泣き出した。

 自分に他の女性が触れようとするのを、ブローディアは猛烈に嫌がる。そのことは知ってはいたがこんな時であってもそれは変わらないようだ。

 どこまでも空気の読めないブローディアに呆れたが、溜め込んでいたものを吐き出すように泣くイヴィリアを見て、ツルギは肩を竦めた。




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