第12話 武闘派貴族

 空軍基地から飛んで、外国の空港へと旅客機が着陸した。

 手荷物を受け取り、時刻を確認すると午後五時頃だった。

 玄関口にて、付近の町へ向かうバスを待つ。

「宿に泊まる?」

「野宿するには土地勘も無いぞ」

 毛布すら買ってない。

「向こうの空港で、先方に連絡してあるから、遅れた事は問題ないわ」

 カイ達四人が、これからを話し合っていると、通り掛かった通行人が急に倒れた。

「うおっ!?」

「だ、大丈夫ですか?」

 リクとカイが、介抱の為に話し掛ける。返事は腹の虫が鳴って返ってきた。

「は、腹へった……」

「すぐそこがファミレスですよ!」

「気が抜けたか、間に合わなかったんだな。強行軍でもしたのか?」

 二人で男性の両肩を担ぎ上げ、半ば引き摺るような形で、空港内のファミレスへと連行する。

「おい、兄さん。金あるなら出して、さっさと何か食べた方が良い」

「……右ポケットに財布が」

「自分の財布くらい、自分で出してくれよ」

 手を動かす気力も無いなら、食事は摂れないだろう。だが、人間は飢えていても肉を食べる時は勢いが良い。反面、胃が受け付けず、嘔吐したり、喉を詰めてしまい、呆気なく死ぬ。

 カイ達はマリから、飢えには消化の良いモノを進める様に、と聞いていたので、男性の金で粥を注文する。

 粥の食券を買い、食券に指定された席まで連れて行くと、お冷やと粥が宙空から現れ、カトラリーや箸が転送されて来た。

 ファミレス等では、容量や重量によって、科学技術による転送か、魔法技術による召喚が発動する。

 ウェイトレスが主に魔法を使い、店内のAIチップが調理や転送を行う。

 全てを機械的に処理する事も可能だが、ウェイトレスという最低限の人手は、この世に新しくやって来た人間を相手するのに必要不可欠。

 機械が無い時代の人間にとって、電子マネーやナノマシンは理解出来ないモノだ。魔法と遜色無いのに、魔法とは違う原理で動く。

 また、別の世界では魔法も科学も無く、石器時代の文化水準な人間だったりも居る。

「め、飯だ!」

「そんじゃ、俺達は戻るか」

 カイ達が行き倒れに対して優しいのは、強者が演技している事があると言う話を、マリから良く聞かされていた為だ。

 無視しても、追い剥ぎしてもいいが、相手が弱者の場合に限る。本来は持っている食糧を出して、男性が落ち着くまで面倒を見るのだが、リク達には金も時間も少ない。

「おぉ、待ってくれ。……礼代わりにコレをやろう」

 呼び止められ、リクは男性からハンカチを貰った。背中に翼がある狼の刺繍が施されている。

「コレは、紋章?」

「いやいや、ただの絵柄さ。銀色の糸で編まれているだけで、何かの呪符とかではないよ」

 紋章とは、貴族の家に伝わる絵柄であり、どこの国のどんな爵位を持つ貴族なのかが分かる様に、様々な花や動物、武器を組み合わせて表現される。

 科学が発達しても、政治形態が独裁に固着しても、貴族や骨董品の価値は出る。紋章付きなら高めの値段で買い取って貰えたが、ただのハンカチなら布切れも同然。

「ありがとう」

 お礼を言い、ソラ達と合流する。

「どうだった?」

「ファミレスに連れて行ったら、ハンカチを貰った」

 リクはソラに見せ、手に取ったソラはしばらく見つめた後、クウに手渡す。絵柄が趣味では無い様子。

「ハンカチ。大きめなら風呂敷やバンダナにも使えるけど」

 クウとしては絵柄よりも布面積が重要。とりあえず、オーバーホールのポケットにしまう。

 雑談したり、魔法の応用を話し合って、バスを待っていると、一台の迷彩色の車が、カイ達の近くに停車する。

「えぇ、発見しました。……了解」

 搭乗者席から一人の大柄な男性が降りて、カイ達へ近付く。

「こんにちは。君達はマリ様が送り出した、卒業生ですね?」

「あ、はい。……傭兵に志願しました、カイです」

 順番に簡単な自己紹介をすると、相手はこれから向かう就職先の社員。というか、貴族の私兵だった。

「名前と写真は一致してますね。次に、簡易的な確認です。何か孤児院にいた証明は出来ますか?」

「卒業の証ですか。……餞別で良いなら十字架があります」

 実際には院長の名前や顔、近所の住人等が分かれば良い。卒業の記念品は売られるか盗られるので、自分が孤児院に居たのなら、町や村の地理でも良いのだ。

 裏付け調査も辺鄙な場所でないなら、約十分で済む。

 ここで嘘を付く者は、雑用を押し付けられ、数年は出世出来ないままだ。

 空港の時と同じように調査されるのは二度手間だが、成りすましや変装を見破るのが難しい以上、最も困る事をしなければならない。

 それは相手の時間を浪費させ、非効率な嫌がらせでストレスを与える事だ。

 時間は巻き戻らないし、ストレスは頭髪や胃によろしく無い。また、相手の寿命も縮む。役場でたらい回しにされれば、それだけで無駄な時間となるし、緊急搬送で病院をたらい回しにされてしまうと、普通なら助かる命も助からない。

「……確認が取れました。後部に乗って下さい」

 荷雪車等の荷物は、赴任先の町で受け取れる。空港まで牽引して来たのは、道中で起こるトラブル等のチュートリアルだ。野盗こそ出なかったが、列車強盗にテロリストは出たので、概ね成功したと言って良いだろう。

 旅に慣れているなら、最低限の荷物を持って、町や国外に出た先で受け取れば済む。が、最初からそれをやると、行軍や遭難時に困るので、経験を経て徐々に荷物を減らしていくのだ。

 傭兵の先輩方を信頼する意味でも、荷物は最低限に抑え、他は孤児院名義の共有倉庫へ預ける。

 共有とは言うものの、持ち出せるのは預けたモノだけで、名義人以外は他人が預けたモノを取り出す事は出来ない。

 フリーな荷物にカテゴリーすれば、他人の荷物を受け取れるが、基本的にゴミに近い何かが多い。

 しかも孤児院や先輩の卒業生達は、徹底的にリサイクルするので、そのゴミすら薪代わりや肥料代わりに使う上、時には髪の毛も糸の代用品として扱う。

 また、引き出す時と預ける際に、手数料が発生する。倉庫内の荷物を消費する事で、手数料を取られない様に工夫しており、ゴミのような何かが消えるので、荷物が貯まっていく事は無い。

 外国とは言えど、インフラは元居た国と同等なので、他国に居ても町から町への転送は可能だ。

 インフラに始まり、行政サービスは国々でほとんど均一化されているモノが多い。

 税金や異能の使用料も同額だ。

 違うのは国民性や人口。より良い場所へと流れるので、王政や帝国だろうと、どこも同じであれば、基本的に生まれ育った町や村で暮らす。

 戦争や小競り合い、モンスターやダンジョンの攻略で減る事もあるが、蘇生や転生で人口は維持出来る。巻き上げるのは金と労力のみ。

 ほとんどの国家にマリア教が浸透しているので、信者や神官も一定数が居る。

 行政サービス、インフラ、宗教、税金、衣食住、全てがどこも同じ水準なので、その維持管理にお金を使う。また、災害や人災が多発するので、補償も恩給も莫大な金額を予算として通す。

 国家で違うのは予算の内訳やダンジョンの攻略数、人口比率や保有戦力だ。

 特に戦力の維持、拡張、指導が盛んになっている。新しい戦略、保有戦力の維持、少ない予算しか取れない兵科の効率的演習の模索。

 山賊や野盗の取り込み工作に民衆へのプロパガンダ。

 小競り合い拡大抑止としてのオートマトンやゴーレムの配備。

 サイボーグや義体の性能向上に向けた研究。

 災害や人災への復興に、強者への繋ぎ止めも行う。

 人口流出による難民への対策も必要だが、強者が居ないと戦線が瓦解し、最悪は滅亡するだろう。

 止められないと人災が拡大し、復興に時間が掛かる上、経済が停滞する。

 戦争特需や災害特需は、強者の気分次第で乱高下しかねない。

 道中は特に何も起きなかった。傭兵が使う車両を襲う者は、余程困窮しているか、自分のチカラに自信があるバカくらいなもの。そもそも後者は、実力があるなら野盗になってなどいないのだが、それが分からず、徒党を組んだ事で数の暴力を実力と勘違いしているだけの話。

 長閑な草原と畑を眺め、林を通り抜けると、また畑に林が点在する。

 そうして揺られる事三時間が経過し、ようやく目的地である町が見えて来た。

 モンスターを食い止める堀や栫はあるが、特に特徴らしきものはなく、どこも他の町と一緒な外見をしている。

「我々は貴族の私兵であり、傭兵でもある。が、ここの貴族は最低限の礼節さえ出来るなら、特に不当な扱いはされない」

 三時間の間に、傭兵として雇用されるので、その注意点や雇用主である貴族との接し方をレクチャーされた。

 町中を通り、ほぼ中心に位置する場所へ、貴族の屋敷が建てられている。他の貴族の屋敷を見た事は無いが、軍隊の基地と同等の見た目だった。

 ミリタリー好きなのではなく、最前線で陣頭指揮を執る為、改修する内に似通ったらしい。

 普通の貴族は後方でふんぞり返っているのだが、傭兵達と一緒にモンスターや山賊を狩る。ここ周辺が領地であり、町の運営は町長と代官に任せてある。

 大昔から続く武闘派貴族であり、国境付近を守護する辺境伯という上級貴族だ。

 隣国との小競り合いが多く、常勝無敗なので、相手国の貴族からはかなり恨まれている。というのも、通常の小競り合いは勝ち負けを交互に繰り返す事で、どちらも飢えず、ストレス発散と人口増加の抑制、訓練の成果や戦術の確認になる。要するに八百長なので、貴族は後方に居るモノなのだ。

 しかし、ここの貴族は違う。敵を追い出し、モンスターを狩るだけ。相手の領地には手を出さないし、撃墜したヘリや撃破した車両も相手の領地へ運ぶ。

 ただし、滷獲出来そうな部品は根こそぎ取ってから、嫌がらせの様に鉄屑を捨てていく。

 車を降りて、屋敷に入る。

「良く来た。マリ様の紹介は聞いているよ。また、列車や空港では大活躍したそうだな」

「マリ様と濃紺様の、教えの賜物です」

 四人揃って、軍服を着た男性に会釈する。この男性がこの領地を治める貴族の当主であり、カイ達の雇用主だ。

 白髪まじりの髪をオールバックに整え、血飛沫の取れない跡が斑模様となり、迷彩色のような色合いの服、袖や首元から覗くは筋肉質な体型を想起させる。

「今日はもう遅い。明日、改めて挨拶するとしよう。軍曹、寮に案内しろ。説明も簡単で良いから済ませよ」

「はっ! 着いてこい!」

「し、失礼します」

 斜め後ろに控えていた強面の男性に、駆け足で当主の前を後にする。


「……荷物の抜き打ちチェックをしろ」

「朝にでしょうか?」

「あぁ。マリ様の所の子供。つまりは弟子の弟子になる。何を持っているか、持たされているかで、戦力への変換目安が異なるしな」

 着任早々に荷物漁りをしても、寝入っていない可能性は高いので、挨拶と実力を見るついでに、荷物や魔法を暴く。

 強者の育てた子供だ、常識を知らない可能性もあり得る。

 それはここもそうだったりするから、早めに修正や矯正をしてやらないと、連携は兎も角、分散した際が危険だ。


 軍曹の案内で寮内を巡り、男女別の相部屋へと向かう。

 クウがやや不満そうだったが、来て早々に要望を言う事も出来ないし、何も成果を出していないので、文句を言わず我慢していた。

「ヤバいよ。クウ姉ちゃんが怖いんだけど」

「朝起きたらお前の代わりに、ソラがいたりしてな」

 あり得る状況だけに、カイは頭を抱える。

 一応は男女別の部屋割りだが、共同作業や共有する道具が多く、寝食を共にするので情も湧く。自然とカップリングする上、夫婦で一部屋を使う事も可能だ。

 寮内で男女別にするくらいなら、別に寮を建てればいいと言う人もいるが、女性の割合が少ないので、女性兵士は男性達からシェアされるように立ち回っている。

 新兵は可愛いが、段々とアスリートよりも筋肉質な体つきとなり、ゴリラ並みに変貌する者も出てくる。

「部屋割りは、四人で一部屋だ。自分の寝床はきちんと死守しろ」

 四人部屋なのに、一人だけ出入口のスペースしか使えない。二段ベッドは二つあるが、上が荷物置きにされ、出入口やベッドとベッドの間に空く床に寝るよう、居場所が少しずつ減っていく。

 四人で話し合うのは最初の頃だけ、実力が低いとベッドから床、床から廊下、廊下からトイレ、トイレから玄関、玄関から庭と、転々と寝床が移動する。

 それに合わせて食事や衣服にも差が出る上、仕事内容も過酷で劣悪なモノが多くなる。

 先輩の兵士からそんな話を聞き、カイとリクは用意された部屋へと入る。

 ドアを開けると、すぐに二段ベッドがある。壁に鎖で繋いだ分厚い板に、シーツやマット、枕に毛布がある質素な二段ベッド。

 下は床板を回転させたり、外すとベッドマットが埋め込んであるモノもある。

 そう、二段ベッドとは言えど、パイプや木枠で出来ている上等なモノではなく、増設された仮のモノがそのまま残されており、中古品の改造と補強されたモノだった。

 営倉よりマシだが、囚人並みの品質。ポジティブに考えるなら、天井と壁に床はマトモなので、隙間風に雨漏りの心配は無い。

 孤児院では冬の寒さ、梅雨の時季では湿気に悩まされた。

「まぁ、傭兵の寮なんだから、建築物も自分達で建てるんだろうし。穴が空いたら専門家が塞ぐんだろう」

「自己完結した組織って、自給自足もお手のものなんだろうね」

 出入口で話していると、中に居る住人が笑っていた。

「おいおい、どんな田舎だったら、そんな考えになるんだ?」

「全くだ。少年兵、ここは傭兵である以前に、貴族の私兵だ。体面を取り繕う事で、面子やプライドが保たれるんだぞ」

 カイ達より年上の青年二人が、二段ベッドの上部から見下ろす。

「そんなモノ、尊厳と同じくらい無意味だな」

「強者相手に面子も何も、あったもんじゃないし、死んだらそれまでです」

「いや、それはそうだが」

 白いシャツに金髪を刈り上げた青年と、赤髪でタンクトップを着て浅黒い肌をさらした青年。

 金髪の方が、赤髪より年上に見える。

「強者になりきれない半端者は、面子や体裁を気にするんだ。俺はアバン」

 赤髪の青年が軽く自己紹介してきたので、カイとリクは気をつけの姿勢をしてから名前を言う。

「俺はキール。アバンとは同期だが、この中では最年長となるな。四人一組の部屋割りが、そのまま一つの班だ。で、年長者が班のリーダーになる」

 キールは支援兵科で、アバンは剣士兵科。カイ達はまだ決まっていない。

 私兵として領内を交代で巡回し、傭兵として戦場を回る。そのあれこれや兵科についてを簡単に教えて貰った。

「外国の孤児院出身か。まぁ、珍しくはないが、子供だからって訓練は変わらないぞ」

「分かりました。明日から宜しくお願い致します」

 寮の浴室を案内され、汗を流すとクウとソラが合流し、食堂で遅めの夕食を食べ、カイ達は死んだ様に寝た。



 翌朝はキール達と朝食を食べ、貴族の屋敷へと向かう。

 目覚めてからクウは居なかったので、カイは安堵するも、クウと二人っきりになった時が怖い事に気付く。

「当て身で気絶させるか?」

「仲が拗れるし、ゲル化したら効かないだろ。正面から立ち向かえば?」

 リクは頼りにならない。いや、ソラの尻に敷かれているから、下手な事を言うと藪蛇になるのだろう。

「おはようございます!」

 昨日会った、リース家の当主であり、雇い主でもある男性へ挨拶する。

「おはよう。早速だが荷物のチェックと戦闘力のチェックを行う。四人部屋の先輩が相手だ。荷物を全て提出して、訓練所で好きな様に戦え。終わったら適性検査を行い、兵科を決める」

「質問があります」

「荷物に含まれる武器や自律系統の配下は、チェックが済み次第向かわせる。それまでは自分の力量で対処しておけ」

 リクの質問への挙手を予想していたのか、リース家の当主は先回りして答える。リクは黙って手を下ろした。

 荷物を取りに戻り、途中でソラとクウが合流する。

「リヤカーとかもチェックするってさ」

「知性的武器もだ。持ち込んだモノは全部出せって」

「貰ったハンカチに餞別の十字架や短剣もね」

 持ち物から思想を読み取り、病原菌の有無を確認するのだろう。

 手荷物やリヤカーを屋敷の庭へ並べ、ソードを含めた知性的武器に、ガイスト・アーマーと予備パーツも整列させていく。

「……ほぉ、知性的武器か。珍しいが、多いな。レア度薄くなってないか?」

「リビング・アーマーではなく、ガイスト・アーマー? 憑依させた霊魂を使役するのか。ちょっと手間だろうに」

 検査する私兵達は、リクの知性的武器を調べては、人型形態と武器形態の資料として纏める。

 また、ガイスト・アーマーの変形や自律行動も見ていく。

「貰った十字架に短剣か。あ、コレって」

「貨物として、カレー粉にクローンが預けてあるのか」

 貨物や行動ログ、戦闘ログもハッキングして洗いざらい調べる。

 行政の一部の利権を持つ貴族なので、ハッキングしても苦情は来ない。というより、痕跡すら残さないので、電子戦に長けた私兵は手慣れてもいた。

「流石は、という事か。ここまで過剰な戦力を、容易く知人の元へと寄越すとは」

「恐らく、試行錯誤の結果でしょう。ここまでしなければ生き残れないような田舎町。点在する村は特有の排他的な空気、孤児院故に足元を見られる。だからと言って、強者として締め上げれば、近寄りがたい孤児院の子供となります」

 ギルドを潰した院長のやべー連中、職探しは難航して然るべき。

「十字架は最終手段か?」

「もしくは、宿代わりに使わせるのかと」

 教会一つを貸し切るくらい、持たされた十字架を見せれば容易い。

 或いは、修道士やシスターへと後押しする為だろう。

「次。このハンカチはオリジナルか……」

「くっ、読めない。精神プロテクトが堅すぎる」

 精神感応によるサイコメトリーを試すも、ハンカチに掛けられたプロテクトで弾かれる。

「短剣も読めません」

「十字架もです。マリア教のモノである事は、裏が取れましたが」

「知性的武器の大半が、古い年代物の武器で、最近まで呪われていました」

「教団本部の武器庫では、封印されていた武器が、大量に失くなっているとの事です」

「電脳では、謝罪したマリ様が吊し上げられてます」

「頭を下げた教皇陛下も、吊し上げられそうです」

「あー、酷い炎上だ。教団は世界中のニートを駆逐するんじゃないか?」

 チェックが終盤になる頃には、当主への報告も少なくなる。当主と幹部の私兵達は、知性的武器の出自を調べていく最中に、僧侶の代表格であるマリと、教団の教皇の謝罪が炎上しているのを見た。

「声が大きい奴が煽っているな」

「教団側も情報戦に乗り出してますね」

 歴史的な遺物が、種族の起源にまつわるモノが、等と騒ぐ連中が、炎上の中心だ。

「短剣は、濃紺様からの贈り物の様です」

「それで最後か、ご苦労。……濃紺様と言えば、墓地の管理をしていたな。駆逐されたニートがアンデットになって、濃紺様の部下の下請けにされ、コキ使われるのか」

「墓に入れないから、自動的に一族から除名され、家系図からも抹消されますね」

「混沌様の率いる冠婚葬祭連盟が、葬儀を放棄する可能性だってある」

 マリア教が本気で動くと、世界中で死体が各地の教会前に積み上げられ、やがてアンデットが徘徊する。その上、ゾンビによる疫病が蔓延し、食糧飢饉と暴動がエスカレートして戦争が起こる。

 大惨事待った無しだろう。

「近い内に、無能な長男や次男が減り、貴族の内訳がスッキリするな」

 親が有能でも、子は平凡であり、天才性は引き継がれない。

 魔法使いの家系でも、魔法が使えない人はいるし、異能しか使えない剣士もいる。

 そして、そんな疎まれる存在はただ生かされるだけであり、不要なら真っ先に始末される。

 村の口減らしも、地域によってはいらない存在を売るだけで、労働力としては期待されていない為、安値で買い叩かれるのだ。

「マリア教は世界的一神教。その庇護下にある多神教も多い」

 多神教の中の唯一神が、マリア教の唯一神が演出するアバターに組み込まれている。故に神様は色々な姿を持つ。

 そして、マリア教が庇護下の宗教へ口を出せば、大抵の貴族は破門されてしまう。

 破門されると転生や蘇生が出来なくなるので、ネットを炎上させた者を勘当しなければ破門の取り止めはされない。

 破門処置を放置しておくと、アンデットとして処分されるか、貴族の恥晒しとして社会的に取り潰されるか。

 まさにノーかいいえとなるのだ。

 電脳世界では、マリア教の異端審問部が現れ、教皇への不適切な書き込みをした存在を特定し、家や職場へ神兵と警官が押し掛けていき、強制摘発と現行犯で留置されていく。

「お、早いな。炎上が物理的に鎮火していくぞ」

「異端審問部は、泣く子もキルするが代名詞ですからね」

「ま、教皇陛下をバカにすれば、教団もそれなりに動かないと、体裁や面子が保てないからな」

 強者をバカにすれば、殺されても文句は言えない。教皇は本物の強者。烏合の衆を纏める弱者の代表ではなく、強者達を束ねる真の強者だ。

 そんな教皇を倒せる存在も居るが、そちらに異端審問部は動かない。勝てないのが分かりきっているから。

「……ところで、新兵の様子は?」

「リクという少年、クウという少女が粘っています」

「ソラという少女は勝ちました。カイという少年は逃げていますね」

 ソラは相手である先輩の女性兵に対し、微笑みながら近づいて、ヤクザ・キックの初動を速くし、意識ごと身体を蹴り飛ばした。

 クウはゲル化で打撃や投げ技を回避する。

 拳や蹴り、木刀等の練習用の武器も通じない。だが、クウの攻撃はリーチの差で届かなかった。

 ゲル化して腕を伸ばしても、距離に比例して腕力や握力が落ちていく。

 なので密着して、寝技に持ち込めれば、ゲル化した手足の指を相手の体内へ潜り込ませられる。

 中身を刺激するのに、握力はほんの少しで充分だ。カイで試したので種族特性の限界も分かる。

 近づければ、しかし、リーチの差は覆せない。

 なら、相手の息切れを誘うしかない。

 こちらの種族特性が使えなくなるか、相手が息切れするか。通常ならこの二択だ。

 クウ達はマリと濃紺の育て子であり、間接的な弟子でもある。

 強者の弟子は、強者とは何かを身をもって知っており、半端者と弱者が勝てない理由も分かる。

 それは如何なる状態でも、命賭けな行動が出来るかどうか。

 死への救済策があるこの世界において、自己犠牲に等しい行動は無意味となりやすい。

 捨て身と命を賭けた攻撃は、似て非なるモノ。人が化け物を倒せるのは、命を賭した全力の攻撃を繰り出すからだ。少なくともクウはそう言う風に理解している。

 スライムと人間のハーフだからこそ、人間が人間たらしめんとするモノを本能的に察してもいた。

 故に、前へ出る。

 相手の拳をゲル化せずに受け流し、伸びきった腕を捕まえると、組み付いて体勢を崩す。

 伸びきった片腕に子供がぶら下がると、力ずくで引き戻すのは難しい。ましてや、ゲル化で対処すると言う先入観もある。

 だめ押しで触覚魔法により、腕や神経の感覚が狂う。

 混乱する暇もあればこそ、クウは瞬時に狙いを定めて気絶させる。

 先入観を植え付けるのに時間が掛かったが、クウは勝った。


 リクは先輩のアバンと対峙し、木刀で打ち合う。

 しかし、膂力の差ですぐに劣勢を強いられてしまった。

 挙げ句、打ち合う際に手が痺れ、木刀で防ぐ折りに吹き飛ばされてしまう。

 無手となったが、こんな状況を見越しての格闘技だ。

 普段はスコップで近接攻撃をするが、殴る蹴るが苦手ではない。

 むしろ、直接攻撃は異能である魅了のパッシブが溜まりやすくなる。

 ただ睨み合うだけでも効果を発揮するし、言葉を交わして逃げに徹してもいい。

 時間稼ぎをして、知性的武器の到着を待ち、完全装備による装備の性能で真っ向勝負。或いは、知性的武器の人型を戦術人形として代用し、圧倒的な数の暴力で押し込む。

 そう、リク個人の武器でもある為、知性的武器を頼る事は卑怯でも何でも無いのだ。

 しかし、リクは前進する。

 強者の弟子とも言える存在は、武器や状況を言い訳にしない。

 技量不足は死ぬ、力量不足は死ぬ、情報不足は死ぬ、装備や準備不足は死ぬ。この世界では一寸先は死、だから体調不良や整備不良、抑止力の低下に次善策の不備は自業自得。

 千年前迄は死ねばそれまで。

 今や死へのペナルティは、膨大な借金と異能の喪失だけ。濃紺からはそう聞いている。

 言うなれば、金さえあれば何度でも生き返れるし、異能も使い放題だ。

 それはそれで殺伐と成り得るが、逆に言うと死んでも、きちんと死にきれないと蘇る。

 アンデット化しても、隠れて亜人として登録すれば、国の庇護下だ。

 手足を失っても、クローンから移植したり、再生魔法を掛けて治すので、致命傷を負っても死ぬだけだ。

 つまり、生きて足掻く事が少なく、死を簡単に受け入れてしまう。それは人間ではなく家畜も同然。

 そんな畜産的人間は、そう遠くない内に廃人的冒険者になる。

 個性は無い、生きる気力も無い、異能だって無いに等しい。

 路傍の石ころも同然な魂に、気まぐれや幸運は降りて来ないだろう。

 こんな世の中だからこそ、みっともなく足掻き、生に執着する人間は少ない。

 その少数派を強者と呼ぶ。

 振り回される木刀を、半身になって回避し、時に空振りした木刀の後を押す事で、相手のバランスを崩す。その隙に間合いを詰め、振り降ろされた木刀を踏みつけ、地面に縫い付ける。

 アバンが格闘に移るも、柄を握っていた為、中途半端な構えからの蹴りは、リクに当たらない。受け流すと間合いを詰めて、軸足を払い、地面に倒れるアバンの腹を突く。

 一発では流石に無力化出来ないので、反撃される前に腹部へ飛び乗り、何度もアバンの上を跳び跳ねる事で、勝負は決まった。


 カイはキールと魔法戦を行うも、聖魔法と暗黒魔法では相性が悪く、暗闇には発光、呪いには解呪を掛けられ、容易く相殺されていく。

「略式とは、ガキのくせに出来るな。普通は初級や下級でも、詠唱するもんだぞ?」

「詠唱魔法は隙だらけになるから」

 魔法はイメージが重要で、呪文詠唱は自分へのイメージ補強、相手が詠唱を聞いた際の予想によるダメージ補正、魔力の収束や発現の効率向上が見込める。

 ただし、呪文に集中するので足が止まる上、途中で区切るとキャンセルされたり、魔力の暴発が起こって自滅する。

 戦闘中に詠唱するのは、的や囮、或いは陽動となるのだ。しかし、余裕を持っての奇襲や詠唱しなければならない魔法を、行使する時は別だ。

「……暗闇と呪いだけか。闇の濃度や、呪いのデバフのバリエーションしか使えないようだな」

「まだ覚えたてなので」

 覚えたてで略式、ある程度の応用、そんなふざけた魔法使いは、普通なら早々に自滅して魔法を使わない。使えても魔法を使った時のトラウマが蘇るので、教師役の教えが悪いか、本人の理解力が悪い為に、巧く扱えないだけとなる。

 理解力が無い事を教師役が見抜き、生徒役に合わせた説明と実践が出来なければ、教えた魔法使いの手腕が下手となる。

 故に冒険者ギルドで、ジョブとしての魔法使い役に成りたければ、魔法使いの学校に通う。

 定時制で通い基本を覚えれば、そこで卒業出来る。冒険者と学生の二足の草鞋は長続きしないし、金銭面でも負担となるからだ。

 逆に、基礎や応用をきちんと習得し、魔法の開発や改良の成果を出して教育期間満了で卒業すれば、軍隊やギルドの教導員に就職出来る。

「我流の魔法運用。なら、やりようはあるか」

 基本的に冒険者は定時制なので、基礎も儘ならない魔法使いモドキも一定数出て来る。魔力の使い方が下手で効率が悪い、あくまでも使えるだけの魔法使い。魔法の制御が甘い、魔法に振り回される魔法使われ、そんな魔法使い。

 キールは魔法使いでありながら、僧侶や神官の資格を持つ。

 ジョブを得るには系統に沿った育成機関を、卒業するのが手っ取り早い。

 ギルドで登録してなれる冒険者や、コックとしてアルバイトを続けてなれる料理人、軍隊に入ってなれる軍人というジョブもあるが、違いは補正値に表れる。

 効率も違えば、経験の差も違うので、ジョブの資格持ちは強い。

 下の中から中の下程度には強く、その辺のチンピラから奇襲されても返り討ちに出来る。

 神官の支援魔法、僧侶の攻撃補助、魔法使いの黒魔法補正、軍人の格闘適正。冒険者の戦闘補強に農民の肉体動作支援。

 これらジョブのバフは重複しないが、数値が高いステータスが適応される。

 大人気ないが、子供や年寄りすら戦場では敵となるので、キールはカイが相手でも全力だった。

 補正によって増強するステータスは、種族の限界を超えるも、体感時間や知覚、思考時間に身体の反応速度は当人次第となる。

 ステータスが上回っていても、魔法や異能、武器による攻撃は通るので、過信は出来ない。どんなに防御力や体力が高くても、銃弾を脳天に食らえば死ぬ。

 だから俗に言うプレイヤースキルが、身体の使い方が基本となる格闘が上手いと、回避や素早さはステータス以上にもなり得る。

 カイはリク達よりも出遅れてはいたが、それでもマリ達の教えは受けていた。

 ジョブの他にも補正が掛かるモノがあり、所謂アプーチメント等の称号だ。

 称号は人の噂になりやすいモノが多く、有名になれば成る程二つ名やジョブが、称号になりやすくなる。

 カイの持つ称号はダンジョンの攻略者、嫌われ者、使徒の育て子、弟子候補、吸血神の加護、叛逆僧侶の加護。

 称号はジョブの補正よりも強力で、死んでも魂が砕かれるまで消えない。

 また、称号やジョブは世界が進化すれば追加されていくし、人の噂やマスコミによって有名になれば、存在しない称号も効力を持つ様になる。

 キールとカイの総合的戦闘力を比べると、キールの方が人生経験の差で、ステータスやジョブ補正が勝る。しかしながら、カイはプレイヤースキルと称号によって対抗出来ていた。

「暗闇!」

「またか、聖光!」

 称号補正でジョブ補正とステータスの差をひっくり返し、メンタルでプレイヤースキルを補っている。

「聖なる矢!」

「黒い霧!」

 強い精神力が魔法の略式詠唱を可能にし、イメージ補正で消費と威力の効率を向上して、発想力と閃きが魔法の常識を打ち破る。

「闇を晴らす光に、光を呑み込む漆黒。相性的には相剋だぞ」

「そのようですね。でも、暗闇は夜であり、夜明けは来ます」

「発想力でバリエーションを増やしても、属性までは変化しない」

「晴らった闇は影でもあり、影ある所に光あり、光ある所に闇があると言います。ブラック・ライト」

 可視光の外側には紫外線と赤外線があり、どちらも黒い。なら、それは闇の光とも言える。見えない光は透明であり、無色ならどんな色にも染まる。例えそれが濃紺色で、黒やら藍、濃い紫や暗い血色にもなる。

 色の三原色、光の三原色を混同すれば、黒と白が混じり濃い灰色めいた闇だろう。形もイメージして、ショート・ソードにすれば魔法の剣となる。

 見えない光を具現化した闇色の剣。カイはそれを構える。

「……だ、だとしても、闇属性には変わりない。光よ!」

 光を束ねた剣を握り、キールが袈裟斬りを繰り出す。カイは下から斬り上げ、地面を味方につける事で力負けしない様に斬り結ぶ。

 発光する光の剣は、見えない光と相殺され、強度が足りなくなり、地面に剣を打ち込む衝撃が加わると、光が闇に負けるかの如く半ばから折れた。

「は?」

「魔法的には相剋ですが、科学的には闇の方が優位です」

 ブラック・ホールは光すら逃がさない。そんな事を濃紺やリラから聞いている。

「セイント・ウォール!」

 呆けるも直ぐに立ち直ったキールは、聖属性の壁で闇の剣を防ぐ。

「打ち払われた影に、吸い込んだ光を。白夜よ!」

 カイは相殺された闇を影に見立てて、左手に再度剣を持ち、今まで相殺された分のやみを盾にして右手に持つ。

 相手に相殺された質と量の分だけ、闇と光は発現する。何故なら光ある所に影はあるから。

 そして、時期や場所によっては太陽が沈まない夜もあり、不夜となる。陽光と宵闇が同居するイメージを持って、何度でも具現化させられるのだ。

「光の矢、聖なる槍!」

 カイの剣には、光の矢を滞空させて相殺し、光の盾はより強い聖属性の槍で粉砕するキール。

 闇属性で吸収変換した光を、より上の聖光で塗り潰す。魔法の相剋に則ったゴリ押しだ。

 光を光で消されては、暗黒魔法の応用で光を生み出す為の吸収変換は出来ても、光を自前で用意出来ないはず。そうキールは考える。

 が、カイはそもそも魔法と科学を一緒くたにしているので、闇属性から光を生み出す事も出来た。

 光と闇があるなら、白と黒の色合い、色彩もある。可視光の内側なら当然だろう。

 カイにとって剣の間合いは苦手だが、キールに剣の形と所持している事を意識させる必要がある。

 光には波長があり、重量もほとんど無い。だから大剣でも大盾でもいいが、光を用意出来る光量や影の濃さには限界があった。

 武器化した闇と光を維持するだけで、カイの魔力も目減りしていく。

「ちっ、まだ使えるのか。応用と略式の連発。魔力は何故尽きない?」

「はぁっ!」

 何度も打ち合い、その度に闇と光を消す。

 キールはカイの振るう剣筋や動作から、不慣れな付け焼き刃である事に気付く。

 カイのはリクの模倣なので、我流剣術だ。足さばきもなってない。

 分かれば転ばせる事も、空振りや大振りを誘う事は簡単だった。

 キールも剣術は苦手だが、型通りなら扱える。

 避ける際に足を引っかけて、カイを転ばせ、首に剣をそえた。

「これで終わりだ」

「そうでしょうか?」

 負けを認めないカイの首筋を、軽く切ろうとしたが、キールの光剣は見えない何かに弾かれた。刃が通らなければ、死に体な姿勢でも殺せない。

「なっ!?」

 キールが咄嗟に構え直して斬りつけようとするも、カイが剣を真後ろに伸ばす方が速い。

「闇や光に、速度で敵うはずありませんよ」

 キールの腹を突き、体勢を崩す。その最中にカイは立ち直って闇の剣の腹を掴む。

「黒い槍」

 そもそも、剣の形状をしているからと言って、必ずしも切れるとは限らない。光の剣は熱量で斬れるだろうが、闇は剣の形をした棒に近いモノ。切れ味までイメージしていては、相殺されると消費魔力に釣り合わないので痛い。

 そう、質量や重量より、闇の濃度に比重をおいていたので、相殺される事が前提だったのだ。

 何度も作り出せるカラクリは、ただの棒状の闇で、ほぼ自分の影を利用していたから、消費する魔力も少しで済んでいた。

 濃度や形状の維持の方が激しく消耗したが、キールはほとんどを直ぐに相殺してくれた。

 カイにとって睨み合いこそ、最悪の状況であり、遠距離戦も自信が無いので、距離を詰めつつ魔法か剣かの間合いで戦っていた。

 槍ではやや不向き、剣では少し遠い、魔法戦だと近いので広範囲、高火力、タメが長い魔法は除外される、そんな絶妙な間合い。

 これもマリの教えの賜物である。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る