第11話 テロ
時刻表通りに来た列車へ乗り込み、切符に指定された座席へ座る。
乗り入れが終わると動き出し、あとは空港近くの駅で降りるだけ。
列車は三両に貨物が二両の五両編成。鈍足だが、それでも車よりは速い。
ソラとクウはトイレに向かい、リクとカイは持参した弁当を取り出し、なんちゃって駅弁に舌鼓を打つ。
「全員動くな!」
発砲音が車内に轟く。
列車強盗だ。
アサルト・ライフルと自動拳銃で武装し、覆面で素顔を隠した五人組が、前後の出入り口を塞ぐ。
一両につき十人、計三十人くらいだろうか。
乗客は多い。座席の七割が埋まっている。これは他の車両も同じくらいなので、一人一人から財布を奪うと、それなりの金額になるだろう。
「……飯マズだな」
「まだ肉しか食べてない」
前後の二人が乗客の一人一人を調べる間、前後の三人で他の乗客を警戒していく。
「金を出せ」
「……くそっ」
「そっちのお前もだ」
「腕時計しか無い」
「寄越せ」
金が無いなら持ち物を、何も無ければ命を。盗った物を袋に詰め、前後の仲間へと通路を滑らせる。
「お前等は、弁当か。寄越せ」
「……どうぞ」
リクとカイは食べ掛けの弁当を差し出す。
その場で適当なオカズを食べ、強盗二人は向かいの席へ。
カイはそれとなく、窓から景色を見て、瞠目する。
「……っ!」
ソラが列車の直ぐ側を、爆走していたのだ。
(速いって知ってたけど、そこまで速いんだ)
ダチョウ寄りのハーピー、そのハーフなので飛べない。変わりにとても速く、空気抵抗や慣性の法則を、種族特性と無意識での身体強化魔法で克服している。
走っている時に限るが、銃弾すら効かない。空気抵抗に干渉する障壁が、そのまま防御障壁にもなっていた。
強化された心肺機能と筋力により、スタミナや脚力も上がっている。
カイの反応を怪しんだリクが、外を見ようとした刹那、走行の進行方向である前方から銃声。
カイ達は三両目に乗っており、四両目は貨物だ。
車内に緊張が走る。
が、リクは顔の向きをそのままに、絶句していた。
後方の強盗達は、後ろのドアが勢い良く空いたので、咄嗟に振り返る。木の腕が、足が、浮遊したまま飛び出して、火器の向きを反らした。
それに気付いた前方の強盗達が撃つ。射線上に仲間が居ても、または乗客に当たろうと、関係ない。
仲間が死ねば、取り分が増える。乗客が死ねば、他の乗客から攻撃される。強盗をする以上、殺されるのは覚悟もしている。
何より、この車両を除いて、銃声は威嚇以外していない。つまり、他の車両に居る仲間達は、アクシデントが起こったと知り、次々と逃げ出しているはず。
置いてけぼり、というか、何かあったら捨て駒として、仲間の誰もが残される。
逃げなければ、稼ぎ処か命が無い。そして、誰かが残らないと、仲間達への時間稼ぎにならない。
そう、犠牲や囮は折り込み済み。
ここまでやっても、逃走の成功率は三割だ。最初に、強者へ銃口を向けつつ脅したら、最早そこで失敗となる。
逃走に移る瞬間、金品を奪う最中、乗客が即席の連携で、強盗達を返り討ちにする事だってある。
最後はアジトとなる場所を、軍や警察、冒険者ギルドが襲撃してくるモノ。
通路の二人は誤射で死に、後方の三人は、ガイスト・アーマーの拳と蹴りで沈む。持っていた火器は分離した手足が邪魔で、銃弾は見当違いな方向へ。
その間、カイが略式詠唱による暗黒魔法を、残った三人の強盗へと放つ。
突然の暗闇に三人は驚いて、攻撃されまいと乱射し、手近にいた乗客を次々と殺していく。
通路を真っ直ぐ通り抜け、クウに凶弾が迫るも、ガイスト・アーマーの板が続々と射線上にわって入り、被弾させないように遮る。
次に、リクが分離したメイルを、自律行動させつつ盾にし、真後ろを走って距離を詰める。メイルは小型の盾を前に構え、自分が損傷するのを抑えながら走る。
ショート本体で一人を斬り、メイルと盾の知性的武器が、二人の火器を殴って反らし、暗闇の上から相手の目を物理で潰す。
悲鳴を上げる強盗へ、更に蹴りを入れて腕や手を縛り、他の乗客達の前へ突き出す。
とたんに、リンチの打撃音によるリズムと、文句や怒号のBGMが流れる。
「クウ姉ちゃん、大丈夫?」
「木屑が、目に入った」
カイは無用心にも近寄り、鏡があるトイレの個室へと、二人で入る。残心を忘れるとは情けない。
まぁ、ガイスト・アーマーが居るので、壁には困らないだろう。
車内戦闘の最中、逃走しようとした強盗の内、六人ほどをソラは、体当たりと脚力で負傷させていた。
負傷した強盗は着地に失敗し、枕木の上を転がっていたり、後続の貨物車両に轢かれていたりする。
また、その光景を見た強盗仲間が、衝撃や喪失感からか足を止めてしまった。
追撃して更に三人を蹴り砕き、貨物車両の下へと突き飛ばす。
反撃の銃弾は当たらないし、障壁で防げる。
仕上げとして、強盗達の肉片や武器、巻き上げた金品が入ったバッグを、ガイスト・アーマーの予備パーツでかき集めつつ、車両へと飛び乗る。
流石に疲れたのか、肩で息をしていた。
「……よくて十分が限界ね」
全力疾走からのジグザグに緩急をつけ、段階的に速度を上げていく。これを維持出来るのが十分間。
純血のハーピーなら、更に飛べる。地面スレスレの超低空を、縦横無尽に滑空しつつ走る。何時間でも滑空しては走って風に乗り、高度や速度の組み合わせで急所を狙う。
スライムなら銃弾が当たる箇所へ穴を空け、弾を素通りさせつつ距離を詰めていく。
亜人は異能を使わなくても、また、魔法を使わなくても、種族の強みだけで銃や剣を凌駕する。
人間の種族特性は適応性であり、どんな環境であれ慣れる。慣れる為には道具を作り、新しく発明や発展もしていく。
「お疲れ、大立ち回りだったな」
「クローンという駒に、人間の霊魂。オマケに資金も手に入ったわ」
クローンへ宿す魂は、肉体に刻まれた情報を使う。だから、肉体の一部が必要なのであって、魂は必ずしも必要ではない。
転生や憑依も同様で、魂は要るが、その人個人の肉体は要らない。
また、クローンだと以前の異能は使えなくなり、転生だと異能を引き継ぐ事もある。
魂が異能と繋がっているのではなく、肉体に宿っていた魂の残滓である、記憶情報を使って魂の復元を行う為、持っていた異能を失うのだ。
先天的か後天的か、能力の違いは些細なモノ。強者以外にとって、十把一絡げな違いでしかない。
強者を目指すなら、魔法や異能、特性の違いは理解して措かなければならないだろう。
さて、強盗を退けたと言っても、言い過ぎではない状況であり、物的証拠は雄弁に、カイ達が強盗よりも強かった事を物語っている。
ドアを開けただけで発砲されたので、クウに落ち度はほとんど無い。敢えて挙げるなら、隠密行動を巧くしていれば、発見されるのが遅くなったはず。
「あれ? カイ、お前疲れてないか?」
「……ちょっとね」
魔法しか使っていないのに、肉体的な疲労が出ている。それを不審に思ったリクだが、クウを見て察した。
「公共交通機関を汚さないでよ」
「既に血と鉄の洗礼で、音も匂いも分からない」
ソラも呆れていたが、クウは悪びれてすらいなかった。
しばらく逃げた強盗を警戒してから、乗客総出で清掃活動を行う。
乗客の死体を空きスペースに積み上げた後、ソラ達は乗客へ金品の返還を行った。
車掌は運転手のみで、生身の警護兵は始末されている。貨物車両を守る旧式のオートマトンは無事だった。
強盗等の事件は多く、火器は戦争度に払い下げられる。銃本体は安いが、弾薬は高めに売買されているので、強盗が錆弾まみれの粗悪品な銃弾を、裏で掴まされていたとしても、今回の収穫は盗られた物品以上の価値があった。
ちなみに、虚偽の自己申告を言っても、指紋や汗に含まれるナノマシンによって、簡単に嘘が判る。
だから、取り合いになる事は少なく、仮に取り合いになっても強い人が、一旦預かると言えばそれまで。警察や駅員に渡せば、調べてもらえる。無視するなら殺されるか、ケガをするだけだ。
強者の場合は有無を言わさず総取り。
乗客の死体は次の駅で教会に送られ、蘇生や憑依を施される。強盗達の肉片は病院や研究所へ、そこでクローンが造られる。生きているなら警察に引き渡す。
持ち主がいない荷物は、警察に渡り、遺族へ返還されていく。
クローンは約一週間で完成し、教会や空港、病院、駅や港であるなら、何処でも転送してもらえる。
ただし、行った事がある国や町に限られ、知らない土地や見知らぬ人物へ物や人を送る事は出来ない。
クローンや金は特に厳格に管理され、共通の合い言葉を言う必要がある。更には記憶や記録をチェックされ、齟齬や人違いである可能性を排除する。
受け取りに失敗すると、手足がもげるし、一定時間ロックされてしまう。
下車して事の顛末を、警察官と駅員に説明する。
全員のナノマシンを調べ、整合性を確認して、事情聴取は終了。
生き残りの強盗犯は病院送り、クローンの手続きも並列作業で、実にスムーズだった。
乗っていた車掌や乗客達から人通り感謝され、カイ達は荷物を受け取って空港を目指す。
「空港か。ハイジャックされたら詰むんじゃ?」
「空賊に襲われるかもね」
「その時は諦めて、敵をケガさせて逝こう」
命と引き換えに、目や指を持っていく。実に不等な等価交換。ただし、トラウマ付きとなる可能性もあるだろう。
「空港とか港湾とか、テロの現場にする、奴等の気が知れない」
物資の積み降ろしやデポとなるので、物流が途切れてしまうのだ。
軍も民間も関係無く、全員が不幸となる。医薬品、衣料品、食品、手紙に機材、燃料に武器。手に入るモノが止まり、テロの犯人達が使ったり、解決の為の戦闘で破損する。
空港や港湾のテロは、軍の一部が勝手にやるモノと、空賊や海賊が暴れるモノ、それからモンスターのスタンピードに巻き込まれるモノがある。
魔法や科学がどうなろうと、扱うのは人間なので、モラルや国民性が問われるのだ。
まぁ、強者にエンカウントしたら、そこで殺戮されてしまうが。
昔は、空を飛べる魔法使いが空軍と良く衝突していた。港も水上魔導師や潜水魔導師が、ストライキのついでに戦艦や駆逐艦を蹴散らす。
陸上はそんなにいざこざが起こらない。オートマトンやゴーレムには勝てないからだ。
魔法使いや魔導師では、全身義体と大差無い機動力と反応速度。火力こそ上だが、ゴーレムの回避速度が早くてあまり当たらない。
空港や港湾にも警備や護衛として、旧式のオートマトンやゴーレムが居るものの、所詮は中古品なので何処かしら壊れている。
なので、数で押すか、壁や柱といった質量で足止めしつつ、手足を潰すなり、武器を壊すなりすれば、後は目障りでウザいだけの案山子だ。
とは言え、旧式でも攻撃力と防御力は高い。希に機動力がほとんど無いゴーレムも居るが、平均的には中古品でも人間以上に活動出来る。
その魔法使いと軍隊の確執が民間へと広まり、不満を抱く人々にとって都合が良い解釈をされ、テロの原因となっていく。
テロの大義名分として使い、軍の横暴を許さない。
それが何処の空港で、テロの中身がどうであれ、成否を問わず一定の被害が出る。
「自転車、めっちゃ揺れるんだけど」
「サイドカーやリヤカーも」
振動が直に伝わる時もあれば、ガイストな部品が変な挙動をしたりもする。
三つ編みやショートヘアーが、ヘルメットの紐に絡まり、ソラとクウはたまに確認していた。
服は揺れるも短パンにオーバーホールのデニム。年相応の体躯なので、揺れる胸も貧相なモノ。が、それでも女子二人が自転車のペダルを漕ぐと、男子二人はつい目で追ってしまう。
「……疲れたら交代するよ?」
「いや、カイ。お前はもう少し休んでろ」
クウに声を掛けるカイへ、リクが待ったを掛ける。
「リクは他人の心配が出来るのね。その余裕を、メイル達を点検するのに使ってやれば?」
「待て、この狭いサイドカーでか?! 逃げ場もなければ、動けるスペースも無いじゃんっ!」
着込んでいる鎧から、神通力の触手が湧き出す様に生えてくると、車体を揺らしながらリクの絶叫が上がった。
「鉛弾は痛かったし、擦れたら痕も残るので、ちゃんと手入れしないと、可動域が減ります」
「盾は硬いですが、角度を付けないとフルメタル・ジャケット弾は貫通します。拳銃弾は貫通しませんけど」
リクの手足に絡んでまとわりつき、内部へと侵入しつつ、メイルとショートが魔力や精力を吸い取る。
鎧や剣は武具として整備しても良いし、魔力や精神力を分けてやる事で、自動的に修復や復元が始まるのだ。
魔法を習っているなら魔力のオーラを放出する事も自発的に出来るが、リクは独学なのでオーラが不安定にしか出せない。
また、ショートが言うには、魔力や精神力、またはオーラにも味があり、感情や精神状態で違うそうだ。
好みの味も知性的武器の種類によって違うが、共通して好む味はある。その一つが、味見して知る事で、これが知性的武器全体に万人受けするモノだと分かる。所有者の体液だ。
血液や老廃物等には、魔力や精神力の残りカスが混じり、バランス良く含まれていて、感情や精神状態も良好なのが絶頂時のオーラや体液となる。
遊び半分でリクを責めている訳ではなく、必要な事だから。消耗や損傷は回復しておかなければ、道具として役に立てない。
「リク、大きな声は出すなよ? 余計に疲れるから」
「でも、出す時は教えて欲しい」
「そうね。不意打ちはズルい」
「クウ姉ちゃんの場合は口を塞ぐから、喋れないんだけどね」
「音を立てると、見つかりやすい」
リクは触手により、上下前後の穴が拡張されていく。
「……くっ、オムツがいるな。括約筋が仕事してない」
「しばらくは血も出るし、小便の時は痛いよ?」
カイはクウによって開発されていたので、リクに同情する。
「しかもさっきので、触手魔法を覚えた」
「やったね、小麦粉と鉄板があれば、たこ焼き食べ放題!」
「いや、魔法的なモノだから食えない。千切れたりしたらしばらくして消えるぞ」
「そう言えば、私も魔法を覚えたんだった。カイのお陰ね」
クウも魔法を覚えていたが、使い道が接近戦に限られるそうだ。
それを聞いたソラは、内心で焦る。自分だけ、まだ魔法を覚えていないから。
「触覚魔法っていうの」
触手魔法は、タコの触腕やイソギンチャクの触手のようなモノ。基本的に細長い。
ただし、霊的な触手なので、実体が霊的な精霊やアンデット系にしか効かない。
物理干渉は低めなので、スケルトンも足止め出来ないモノだ。
触覚魔法は、相手の感受性を無視して、感度を上げ下げ出来る。
痛み、快感、冷気等の感度を操れるし、鍛えれば感度十倍も可能。
触覚魔法は自分を中心に、円形の力場を発現させていく。手から武器へと伝えたりは出来るものの、一時的に武器そのものへ付与させる事は、今のクウでは出来ない。
「それはヤバいわね」
「触手も相当だけど?」
「実体が無いから、まだビックリする程度で済むわ」
霊が見えないなら、視覚的にも安心出来たが、下手に見えるだけにソラでもビックリはする。ただ、物質としての影響力は皆無なので、ゴーストの捕獲にしか使えないだろう。
「ちょっと残念?」
「カイ、お前は言葉を選んでくれ。下手な事言うと、クウの玩具にされるんだぞ?」
「リクこそ、ソラの尻に敷かれてるよね」
何を今更とばかりに、カイは辛辣な台詞をリクに言う。
「クウ、カイを貸せ。触手魔法の餌食にしてやる」
「ダメ。私の触覚魔法に使うし。触れただけで昇天させるんだから」
「コンビ組もう。触手魔法と触覚魔法で、カイの性癖をぶっ壊す」
「分かった、上半身を好きにして」
「僕の意思は!?」
空港に着いたら離れなければ、という具合に逃げ支度を始めるカイ。それを見てクウは、愉悦の感情で微笑む。トイレに追い詰めるか、試着室やロッカーに追い込むか。
そんなこんなで、空港に到着した。
ソラは空港のスタッフを捜し、チケットの確認と各種手続きを済ませ、リヤカーやサイドカー、ガイスト・アーマー等を貨物として積み込ませる。
リクは適当にカイを追い掛け、クウに任せた後、ソラと合流して売店を見て回った。
「お土産は饅頭系が鉄板だと聞くけど、どう思う?」
「カレー粉や飴も喜ばれるらしいぞ」
野生動物やモンスターを食べる際、一番の難関は独特な臭みとなりうる。だったら強い匂いと味付けで、無理矢理胃に押し込むしかない。
飴等の甘味は、戦場では貴重品だ。偵察や哨戒、即応待機時や移動中の合間に、食べる事で空腹を
「魔法は、接近戦でしか使えなかった?」
「よくて五メートル以内が、触手魔法の発動範囲だな。後は相手次第、見えない奴には見えないみたいだし」
「相手の魂を縛りあげるとかは?」
「受肉済みの相手や人間、モンスターとかには無理だろう。技量が足りないだけかもしれないけど」
カレー粉や飴を四十個ずつ買い、貨物へと積んで貰う。
「肌着や靴下も買いましょう」
「そうだなぁ。カイのは選んでおくから、クウのを頼む」
「だったら、まずは私のを買おう。どっちがいい?」
「……え、自分で決めれば?」
とは言うものの、ソラの右手に持つ靴下を指差す。
「……ちょっと試着してみるわ」
靴下を態々試しに着けてみる。リクには理解出来ない。
(マスター、恋人の選んだモノですから。自分の好みと相手の好みを図っているのでは?)
(うおっ、その声はショートか。念話って奴だな。なるほど、こんな風に心へ語り掛けるのか。……これを四六時中、前の所有者がノイローゼを起こすはずだな)
(……それはトラウマなので、勘弁して下さい。後でソラ様に言い付けて、カイ様と同じ末路を辿って頂きますよ?)
知性的武器が脅して来る。これが道具に使われる所有者と言うモノか。等と思いつつ、ショートの本体を軽く叩いて黙らせる。
(この鞘か、それともこのガードか。マスターを売る口は!)
(痛いでふ、引っ張ったり、引っ掻くのは止めてぇ)
「ねー、リクー。これの色違いを持って来て。リクの好きな色でもいいからさー」
(おっと、これはソラ様の好きな色の靴下も、要るパターンなのでは?)
(あぁ、そうか。嫌そうなら代わりのモノも、用意するべきだしな)
靴下を見繕って持っていく。
「中に入って」
「えぇ、何でさ?」
「カーテンの開け閉めが手間だし、触手魔法で試してみたい事もあるの」
「霊魂を宿すのなら、買ってからでもいいと思うけど」
お邪魔しますと少し緊張しつつも、ソラが居る試着室へ入る。良く考えなくても二人っきりだと思い出してしまったのだ。知性的武器達は思考の外に追いやる。ほとんど異性で、肉体も霊的なモデルを実体化させたモノ。つまり、神通力の触手は触手魔法で抑えられるから、邪魔はされない。しかし、助言や警戒はして欲しいかも。
「来たわね。突然だけど、鏡に写ったモノって、霊的なモノの写し身と言うじゃない?」
「聞いた事はある。カメラで撮られたら、寿命が縮む的なのもだったよな?」
鏡には魂の姿や、真実の姿が写る。吸血鬼は写らないとかも聞いたが、濃紺やリラは写っていた。
鏡は別の世界にも通じるし、霊的なモノも写す。
「触手が写るなら、鏡越しに着替えをする事も出来るはず」
「鏡に写った自分が着替えられるなら、それは物理的なこちらにも反映されると?」
確かにあり得るだろう。試みが上手くいけば、鏡越しになるが触手で攻撃する事も出来るはず。
結果、布を動かせる事は出来た。かなり遅いし、鏡越しだと触手の感覚も分かるらしい。金属は動かせず、チャックやボタンも外せない。
「要練習ね」
「ま、試行錯誤は当たり前だし、覚え立てだし。……鏡越しだと距離も無視出来るようだな。二次元は平面、遠近感や奥行きも鏡に写せば、無関係なのか」
リクは後ろから触手で、ソラの袖を捲る。かなりシュールな光景だが、タコの魚人やイカの魚人もいる世界なので、ソラ達は気にしない。
とは言え、触手そのものは慣れないと驚く。
「スカートも試着しておくべきだったわ」
「余計、入りづらいんだけど!?」
「タオルやカーテンも動かせるみたいだし、これは頑張ったら、着替えもやってくれるかしら?」
「ズボラだな、それくらい自分でやれっ!」
「いや、でも、麻痺や身動き出来ない状態の時は?」
「……回復魔法を覚えるか、習得している奴と組む」
「あと、自分の面倒を自分で見れると、精神的にも楽だよね」
「あー、それはそうだなぁ」
とにもかくにも、練習あるのみ。
靴下と肌着、それからオムツを買い、また貨物に積む手続きをする。
しばらくして、クウとカイも合流。カイはクウに肩を借りて、支えられつつ歩いている。目は虚ろで、口元から荒い呼吸をしていた。
「触覚魔法、しゅごい」
「感覚を0.2倍から1.2倍まで増幅出来たわ」
思ったより硬い、覚悟した以上に痛い。そんな感じになるが、快楽や快感だと、より敏感になってしまう。
人間は痛みには堪えられるが、笑うような刺激には堪えられない。
同じように、感度を上げれば感じやすくなり、やがては快感から苦痛へと変わる。いきなり、感度を十倍に引き上げられたら、下手すると自分の呼吸する動きだけで苦しむ。痛みによるショック死もあり得るだろう。
暗殺にも使える恐ろしい魔法だ。そもそも、五感の一つを冠する魔法なので、使い道は幅広い。
「クウ姉ちゃん、手先をゲル化出来るから、奥の奥まで入るんだぁ」
「カイの括約筋は、もう、死んでいる」
胃腸の蠕動運動と、腹筋を込めるだけで、前立腺を必要以上に刺激する。また、尿道から前立腺、精嚢、精巣までゲル化した指が入るので、感じにくい場所も感度を上げれば普段とは違って戸惑う。が、快楽には勝てない為垂れ流しとなるのだ。
「カイを廃人にするのは止めてよね」
「貴重な異能持ちなんだから、利用しないとな」
「リクやソラって、打算的過ぎない?」
「貴女には言われたくないかな」
ソラが苦笑し、カイの尻を蹴る。
「あうっ!」
「正気に戻れ」
「はうっ!」
リクも腹を蹴る。
しばらく悶絶していたが、カイはようやく立ち上がった。
「……くっ、酷い目にあった」
「それで済むのか。カイはメンタル強いなぁ」
勝手に鍛えたリクが、カイの精神に驚嘆している。
「コレ、お前の分な」
オムツや肌着をカイに渡す。
「お、ありがとう。着けて来よう」
「ファミレスで待ってるから」
「トイレはこっちだ」
リクに連れられ、カイは近くのトイレへ向かう。クウ達は空港内のファミレスへ入り、適当な安いランチを頼む。互いにじゃんけんして、クウが勝ち、リクの奢りになった。
「リク達は弁当を食べていたわ。列車強盗に盗られたようだけど」
「だからって、定食のオカズを取るのは、やり過ぎじゃない?」
「これはカイに対する食い物の恨み。弁当すら盗られるなんて、強奪の異能持ちが情けない」
「さっきもだけど、カイを締め上げるのは止めなさいよ。カロリー不足で倒れるわよ?」
「考えておこう。ところで、私達が居ない間、ソラはリクとイチャイチャしなかったの?」
「イチャイチャはしたけど、そんな雰囲気では無かったわね」
女子二人で会話していると、店内の出入口から閃光と爆音が駆け巡る。
そして、耳鳴りとふらつきが治まり始め、ソラ達がなんとか目を開けると、武装した男達がファミレス内の客達へ弓矢を構えていた。
「従業員はこっちだ」
「客は全員店内から出ろ。空港は我々、特殊空挺大隊が占拠した」
見せしめとばかりに、近くの従業員と客を一人ずつ、頭を焔の矢で射抜く。
騒ぐ客は順次、魔法と矢で始末していき、反抗的な態度を取る従業員や客も、目や耳をナイフで削ぎ落とす。
空港内部の客とスタッフを、ロビーに集めているのか、ちらほらと客や売店の従業員が居て、大隊の兵士二人一組が追い立てながら、包囲網を狭めていく。当然、リクやカイも少し離れた場所に居た。
続々と客が来ると、それに比例して混乱や喧騒が大きくなる。客同士の無事への安堵に、便乗しながら合流して、ソラ達は落ち着いている集団の近くで、一先ず座り込む。
客とスタッフは別けて集まっており、おそらくは従業員のリストや、旅客機の搭乗員リストでも持っているのだろう。
強者を警戒してか、包囲網の兵士も客に比例して増える。
格好や武器はバラつきがあるものの、概ねサラリーマンな民兵が多く、弓やナイフ、腰には木製の大きな拳銃も見えた。魔法を使える兵士も居るので、迂闊に動くと周りを巻き込む。
かといって混乱したままだと、死ぬのが早まるだけ。従順に相手へ従っている内は、それだけ死の順番が遅くなるだろう。
現に、煩い赤ん坊や幼児、足腰の弱い老人は、既に殺されていた。オートマトンやゴーレムも壊されているのか、やって来ない。
特殊空挺大隊の人数不明、目的も不明。
いまだに説明が無いまま、集められた従業員達が、射抜かれては焼き殺され、逃げる者へは電撃と突風の魔法が命を奪う。
その凶行に、落ち着いていた集団からも、冷静さを欠いて恐慌状態に陥った客達が、散り散りに逃げようと動くも、包囲網の中へと弓引かれて死ぬ。
「……さて、 関わった職員やスタッフも死んだ。ここを占拠する以上、我々以外は不要だ」
隊長らしき人物が、淡々と部下からの報告を聞き、強者は居ないようだと結論付けた。
「構え、射て!」
発砲音とほぼ同時に、閃光と爆音が三回連続で、別々の方向と場所にて巻き起こる。
リク達は伏せて矢への被弾面積を減らし、メイルと同等の知性的武器をカイ達に貸し出して、流れたりずれたりした矢から身を守る。
更に盾や剣も貸し出し、カイ達は互い違いに盾や剣を立て、リクへ見える角度で、その金属光沢に包囲している兵士達を写し、触手魔法で手足を拘束していく。
次に、クウの手を掴んだソラが、拘束された兵士達の元へクウを送り、まだ拘束されていない兵士達の方向へと突っ込む。
別の方向にいる兵士達は、眩んだ目が見えるようになったら、暗闇しか映らず、夜戦行動に移行し二人一組が幸いしてか、背中合わせとなって警戒していた。
魔法耐性が高い兵士や魔法が使える兵士は、すぐに暗闇を打ち消していたが、カイの接近に気付いて動くと、何故か足を滑らせて転んでしまう。
仕組みは単純、ただ呪いを連発していただけだ。レジストされる端から掛け、死体の一部を剣の知性的武器が引き摺って運び、転ぶ要因を作る。抵抗力が強くて効かないなら、外的要因によって転びやすくなる様に思わせるしかない。
血が近くの床を流れている以上、魔法以外でも転ぶ。兵士は死体も血も慣れているし、血の上は滑りやすい事も分かっている。それが微量の血痕であれ、踏んでいないという自信は無い。何故なら、ここに来るまでに血や死を振り撒いていたから。
負の感情による呪いと、他人の血を用いた呪い、二つを使うのでレジストされても片方は通用する。もっとも、呪術の呪いと魔法の呪いでは、レジストするステータスが違う。呪術では精神や霊力、魔法では属性魔法耐性が必要だ。カイのメンタルは兵士より少し上なので、連発すれば呪術に掛けられる。
腕を交差させて防御体勢になるが、盾の知性的武器は刺を出し、カイののし掛かり気味の体当たりによる勢いで、穴だらけになる。
付近の兵士はメイルの交代要員が、剣の知性的武器を何度も振り下ろし、沈黙させていた。
クウは拘束されて戸惑う兵士に触れ、感度を上げて混乱させていく。呼吸だけで股間が硬くなり、勝手に果ててしまうのだ。
別の兵士は呼吸による痛みから、苦悶しつつショック死。隣の兵士は笑い転げて過呼吸による酸素中毒。また別の兵士は、あまりの暑さから徐々に大量の汗をかき、戸惑う間に脱水による衣服の冷たさや寒さから凍え、血圧の変動に脳血管が切れてしまう。
ソラは壁や柱を蹴って、縦横無尽に駆け、ついでとばかりに、兵士の爪先を
効かない兵士には手首に巻いた紐をほどき、首や腕に巻き付け、速度でもって切断する。
リクは隊長格の男へ、斧の知性的武器を横に振り回した投擲を行う。が、部下の一人が回転する柄を掴んだ。
使おうとして、かなりの重量を感じ、たたらを踏む。
その隙にリクは、ショートが薄い板を加工した手裏剣を投げ打つ。投擲方向へ加工の際に出た、尖った木屑も撒く。
別の兵士がナイフで叩き弾き、木製の拳銃を撃つ。撃ち出された弾丸は、メイルと盾の知性的武器が弾いた。
斧に写る兵士を触手魔法で拘束し、斧の抵抗や拒絶を大きく感じさせ、しばらくは手放せなくさせる。
ショートが、交代要員の剣の知性的武器を持って、兵士へと切り込む。
隊長は短時間で増加した武器と抵抗する弱者を見て、目障りな障害と認識する。
大隊の兵士達が次々と殺されているが、援軍となる兵士は民間人を装い、次の旅客機に全席満員で乗っている。また、金属探知機を逃れるべく、楽器類やスーツケースを分解して、再度組み立てた
機長や管制室の職員達は、この時の為に退役した協力者。賄賂も各部署へ送っているし、強者が居ても大丈夫な様に、切り札も用意してある。
眼前の子供は頑張っているが、まだまだ弱いし、大局も見えていない。
こちらが軍の人間である以上、軍隊の強みと鍛練の年数が違う。
まず、大隊という言葉はブラフで、援軍がいる可能性を考慮していない。
更に言うなら、子供と見て手心を加えるとか、武器や体術、魔法が効かないとかの事態を、想定していない様にも見える。
自分以外の兵士には効いているが、それは周りが弱者の兵士だからだ。
強者は単独で、国家と戦える存在。さりとて、自身は強者ではないが、弱者でもない。
しかしながら、これ以上の損耗は避けねばならない。
この国の軍隊を相手にする以上、犠牲は小さく、抵抗は粉砕しておく必要がある。
「召喚」
首のドッグタグと同じように下げた、使い捨ての召喚魔法を行使する。
大隊長と副長が持つのだが、副長はなんとか斧を手放そうとして、途中で矢と投げ槍による時間差の刺突にさらされ、首に槍が刺さってしまう。
召喚対象は龍系統のランダムで、召喚者を攻撃出来ないだけの誓約しかない。
つまり、召喚したモンスターが暴れれば、空港の敷地内にある建造物は全壊し、隊長しか生き残りはいなくなる上、滑走路も破損する。
占拠する以上、なるべくなら建物はあった方が良い。瓦礫の山の中をテント生活して、占領出来たと主張するには、些か印象が悪いし、プロパガンダに使うのも難しいだろう。
が、ここでもし全滅すると、後続の援軍への士気に関わる。
手加減や油断、慢心が招くリスクを減らすには、使える手立てがある内に使うしかないのだ。
魔法陣が周辺の空間へと浮かび上がり、ロビーの天井が焼き切れていく。ガラスやコンクリートを融解させた臭いが漂いつつ、その開いた穴から、炎を頭部に纏った龍が隊長の真上に降り立つ。
かと思ったら、すぐに上空へと飛び立った。
「は?」
通常は召喚者を確認してから、何かしらのアクションを取る。指示や目的を問う事も多いし、召喚者が気に入らないなら、無視されてしまう。
「た、戦え!」
隊長は真上に見える青空へと命令するも、炎龍は戦いたくないと返した。
--なんてヤバい事を命じるんだ、あの御方の関係者を攻撃しろだと? 住みかを焼き討ちされてしまうわ! 我は無関係だ。お、ちょうど良い。召喚者の傲慢な態度に苛立ってもいるので、鉄の鳥を落とすとしよう。--
隊長の脳裏に炎龍の念話が送り込まれる。恐怖とストレスを帯びており、好戦的なはずの戦意は鎮火していた。
「止めろ! それは我々の--!」
隊長の叫びは、突然の銃撃によって遮られ、最後まで紡がれる事は無い。
他の兵士達も自律して補助する知性的武器と、ソラ達の連携によって、次々と死んでいく。
「我々を殺しても、援軍がお前達を葬るだろうっ!」
「うっさい、御託は結構よ。来たとしても、お前等の生き残りを捜索するだろうし、ここの現状を行政が放置する事もないと思うしね」
ソラによって斧で頭をかち割られ、最後まで生きていた兵士を始末する。
滑走路に近い上空では、着陸や誘導をしない上、連絡が取れても混乱している管制塔と、定刻通りにやって来た旅客機が口論をしていた。
その最中、突如として航路上にドラゴンが割り込んで来る。
炎属性の古龍とおぼしきモンスターだ。
「機長より乗客の皆様へ、航路上空に炎属性のドラゴンを確認しました。攻撃の意思ありと判断します。誠に勝手ながら、当機はここまでと判断致します」
空港のみならず、機長や乗務員すら、他国の軍隊への息が掛かっているようだ。
「こちらグレイ01。機長、防殻と障壁では堪えられないか?」
「機長よりグレイ01へ、機体と荷物は諦めて下さい。相手は古龍らしきドラゴンです。空挺魔導師だけならば、突破も戦闘も可能でしょうが」
「グレイ01、了解した。目的地までは近い。輸送に感謝する」
乗客はサラリーマンや旅行客のような、変装をした空挺大隊のご一行である。
空軍と陸軍から選び抜かれたエリート達。後詰めではあるものの、他国の空港を実行支配する為の戦力だ。
兵士以外には医療品や嗜好品を積んでいる。
「総員、離脱開始!」
短い現状説明の後、旅客機を内側から破壊して、隊長の判断で飛び立、空中で三個中隊のグループを形成する。
機長達は不時着させようと、高度を下げるも、ドラゴンの火球の二連射で焼失。
各軍隊の魔導兵科において、一個小隊五人が基本の兵員。三個小隊で一個中隊、三個中隊で一個大隊。つまり、四十五名の兵士全員が、魔法使いの素質を持つ。
機動に優れ、長期的作戦に堪えられる兵士達。確かに、一個大隊なら古龍が相手でも、勝てるかも知れない。
だが、不十分な装備、不確かな敵対情報、先遣隊や管制塔との連絡不備。
魔法頼みでは負ける。使える武器は使い捨てで、長期戦や持久戦には向かない。
実際、ドラゴンには弾かれた。魔法も効果が薄い。技量不足でも練度が低い訳でもなく、単純に装備の品質が劣悪なので、通用する魔法の威力が低いのだ。
普通の装備なら、古龍でも連携でなんとかなる。他の兵科や戦闘機の支援があれば、古龍よりも上のドラゴンとだって戦える。
装備に頼らないでドラゴンを倒す。その戦術を使えば、二、三日も掛かってしまうだろう。
鬱陶しいとばかりに、ドラゴンが大気を燃やし、衝撃波で空挺魔導師達を散らす。
これを見て、短期では無理と隊長は悟る。
だが、ドラゴンによる追撃と反撃への統制魔法射撃を行う刹那、召喚獣の帰還魔法陣が現れた。
どうやら、ドラゴンは召喚魔法によって出現していたようだ。
隊長は兵士をまとめ上げるも、このような妨害をしてくる者が、この先の空港にいると思い、どうしても気が滅入る。
「クソっ、空港の占拠は失敗か?」
「連絡が取れません、管制も音信不通です」
強者の召喚魔法なら、ドラゴンももっと強い。あのクラスなら中途半端に実力がある者だろう。
百位以下は、そんな有象無象な半端者で溢れている。
だが、奇襲すればあっさりと殺せるし、包囲する合間に間引く事も出来る。
強者のように、銃弾が見切れる訳でも、魔法の発現が早い訳でもない。
詠唱魔法やキーワードによる略式魔法となるので、魔法を使われる前に殺せるのだ。
しかしながら、それは魔法を知っているだけであり、理解している認識とは言い難い。
一瞬の状況判断力、集中力と空間認識力、それらが備わっていれば、詠唱もキーワードも要らないし、高い精神力と少しの魔力だけで、魔法を無詠唱にて発現させられる。
故にメンタルが重要であり、格闘戦で魔法を併用すれば、技量が低くても相手のメンタルは、肉体と状況に応じて刻々と変わるので、レジストされにくく、こちらの魔法は効く。
技量に差があっても、数秒は魔法に掛かってしまう。そうなると隙になり、間を詰められやすくもなる。
それが強者の基礎であり、カイ達は補い合って、部分的に成し遂げた。
弱者から強者への一歩を踏み出す。半端者よりも先に行く以上、数は問題ない。
「よし、行くぞ!」
「了解しま--」
気を引き締めて、空港を目指そうとした空挺魔導師達の進路上に、召喚魔法陣に似た転位魔法陣が現れる。
光の中から現れたのは、先程のドラゴンよりも強大な存在。
何故か人の姿をしているが、本性はドラゴンの系譜だろう。それは魔法陣の大きさと質が物語っている。
勝てない。戦いにならない。ましてや逃げる事も出来ない。
それは半端者はおろか、強者でも三十位以上の上位陣でなければ負ける。
隊長を含め、兵士達全員が動けないし、気絶すら許されない。
強過ぎる存在感は、やがて小さく儚げな弱者と、勘違い出来るまでに薄くなる。
ここで迂闊な行動に出ると、部隊が消滅するだろう。見間違いや勘違いでは無い。
「私のー、友人の庇護する者をー、襲うアホはー、一体誰かなー?」
間延びした口調で、辺りを見回す。ローブだけを着た女性の目には、空挺魔導師以外には、青空しか映らない。
「おやー? 炎系統の古龍がー、近くに居たはずなんだけどなー? 召喚だったのかなー?」
隊長が恐る恐る挙手する。
「何かなー?」
「発言をお許し下さい。あのドラゴンは、召喚によって現れていました」
「そうかー。……すぐに居なくなったからー、私の鱗だと分かったんだろうねー。まぁー、追々報告でも上がってくるかなー」
あっさりと納得し、古龍よりも上だと匂わせ、ついでに古龍とドラゴンの違いについて、目を瞑る懐の広さを醸し出す。
ドラゴンと古龍を混同するのは、ドラゴンをトカゲと言うレベルの暴言になるのだ。普通に話し合いから虐殺へと移行するものの、隊長は女性の気まぐれで生き延びた。
「国へ帰りなさいー。さもなくば死ぬぞー」
緊張感の欠片もない脅しだが、この女性がその気になれば、空挺大隊は瞬時に全滅する。
「あー、殺してもいいのかー。どうせ生き返るんだよねー」
まるで雑草を引き抜くような感じで、考えを改めつつ、大隊へと手を向けていく。
なけなしの勇気を振り絞り、部隊一丸となって防御と乱数回避を行うも、女性はさして迷わずに毒と衝撃波で、空間ごと潰して大隊をミンチにした。
そんな攻撃が収まる頃、戦闘機が一機近づいて来るのを察知する。
知っている気配だったので、女性は警戒していなかった。ただ、話しが拗れる可能性はあったので、さっさと大隊を捻ったのだ。
戦闘機は空中で失速しつつ、ホバリングのように停止すると、コックピット・ハッチを開いて、女性が身を乗り出す。
ヘルメットやパイロット・スーツは着ていない。半袖短パンからは褐色の肌が露出している。少し暗めの朱色をしたショート・ヘアーを気流に任せ、反対側を腕で遮りつつ、ローブの女性へ声をかけた。
「おーい、濃紺とこのネフライト。空港をぶっ壊したのはお前さんかー?」
「知らないー。久しぶりー、
「そっか。……事故じゃなく、実行支配の先兵っぽいわね」
混沌は挨拶もそこそこに、人化しているネフライトへ、空港の管制塔や墜落した機体のブラック・ボックスの通信ログを、電脳空間からサルベージして、事態への追加説明を一方的に話す。
「最近多いねー」
「政府の一部が賄賂やら、癒着やらで、他国を手引きしていたからよ。ギルドへの情報規制もあったし、教会は情報を掴むのが少し遅れて、棺桶の発注にシスターの派遣と大騒ぎ」
「だからー、駅や空港でドンパチの空騒ぎー?」
転生の際は土葬や火葬になるので、棺桶と燃料が要るし、葬式をする事もある。
転位直後の村や集落では、抵抗されやすいので、大量の死体が山積みにされ、燃料を撒き散らし魔法やライターで燃やす。その後、残った霊に聞いて、クローンか転生かを選ばせてゆく。
テロでも同じで、終活や遺言、遺書が無い人を中心に、霊を降ろしたりして問いかけるのだ。
「ところでー、混沌が来た理由ってー、テロへの粛清でー?」
「ギルドの件で濃紺が政府を脅したら、何故か教会にまで癒着の話しが来てね。どこかで情報を握り潰している奴がいるってんで、本部から葬儀部門の私に、制空権の確保を依頼されたのよ」
混沌は強者なので、国一つの空港全ての電脳を監視し、怪しい場所へ戦闘機で飛んで行ける。ドッグ・ファイトもこなせるが、変態機動に着いて来れるエースは少なく、最近では輸送機代わりだった。
ネフライトはこの世界の属性龍がナンバー2。木属性の真龍であり、ワイバーンを含めたドラゴン種、その原点である龍の中でもかなり強い部類だ。
各属性ごとに居るナンバー2の中では弱いが、強者でなければ倒せない程度には、戦闘力と戦闘経験を持つ。
仮に、目の前に居る混沌と戦えば、どうやっても負ける。種族的身体能力は違っても、異能と属性の相性が悪いから、時間稼ぎにもならない。
真龍では、
同僚であるマリや虚無と戦っても勝つ。異能による拘束力が続く限り、格闘での接近戦に持ち込めるので、混沌が有利な土俵に、相手はどうしても上がって来ざるを得ない。
自分に有利な状況を作り、主導権を常に握る。勝つだけなら、これを守るだけで良い。相手を知り、己を知り、基本に忠実であり続ければ、ゴリ押しされても負けない様に、修正も可能だ。
だが、自分と同じ土俵に上がって来る者の方が少数派。故に搦め手への警戒を怠らない様にしている。
「そうなんだー。ならー、邪魔しちゃ悪いしー、私は帰るねー」
「えぇ、濃紺に宜しく!」
会ったら伝えておくねー、と去り際にネフライトが手を振り、帰還の魔法陣の中へと消えていく。
(……アートに会った事を自慢するの忘れた。まぁいい、龍に教皇の捕獲なんて関係ないし)
協力者の一人に、真龍達の恩人がいたのだが、教会の恥にも触れる為、黙っていた事にする混沌。
上には上がいる。教皇の捕獲を手伝った協力者達は、混沌でも簡単には勝てない。
格闘だけならまだなんとかなるが、異能だけで互角に戦えるのは、濃紺くらいだろう。
龍の恩人である、アートという強者とは、戦って勝った事もある。その兄弟姉妹とも、妹の
結果として、フィールドにした孤島を海中へ没したが、再建したので問題ない。
「ん? ……ネフライトの鱗持ちって、濃紺の弟子よね。そんで、マリの孤児院の卒業生だから、マリの弟子とも言える。ついでに二人は夫婦で、近いうちに教会にも来るはず。なるほど、先輩として助けろって事だったのか」
実際には、濃紺としてはギルドの運営を見直せと警告しただけで、今回の空港テロに偽装した侵略と虐殺は関係無い。
枢機卿の一人が、今回の情報を掴み、空軍に話すも準備に時間が掛かってしまい、空港の二つから四つは落ちてしまう。という見解を示してきたので、混乱なくエアカバー可能な凄腕を探すと、たまたま混沌を見かけたので頼んだのだ。
混沌は教会本部のスタンドアローンな戦力。一人で国をボコれるので、局所的な戦域を予想して、更に絞り込める。そこにどの程度の戦力があるかも予測出来るし、保険として使える戦力を、近くから引っ張って来る事も考えていた。
今回、初動は普通だったが、途中で予想外の戦力が現れる。
それが濃紺達の卒業生であり、弟子と言っても過言ではない。
使える戦力もピンキリなのだが、マリや濃紺の弟子なら、囮としては十分に使える。
強者に会ったら逃げるくらいはする筈なので、ていの良い陽動だ。弱者と侮っていたら、強者だった。問答無用で棺桶にぶち込める。
と、そんな絵を描いていたが、タイミングが遅かった。
マリと濃紺は、卒業生が死にやすい事を憂い、改良に改善を重ねた。結果、いざという時のメンタル、咄嗟の行動力を養い、可能な限り強くして送り出す事にしていく。
カイ達は異能に頼らずとも戦えるが、本来は空港で死んでいる。
列車強盗はじっとしていれば乗りきれるが、空港ではどうやっても死ぬ。
知性的武器がなければ、あっても少ないならば、四人中三人が死んでいたし、生き残りを救う為に混沌かリラを向かわせていただろう。少なくとも濃紺は、リラを差し向けるだけの用意をしていたし、侵略してきた軍隊と相手国を物理的に粉砕する。
家族も同然な卒業生が死んだなら、報復は必然だ。
召喚魔法にも濃紺の保険はきちんと発動した、ドラゴン以外だったなら死んでいたかもしれない。
卒業生の大半が死んでクローンになっている。カイ達も仲間入りして、借金地獄を強いられていただろう。
クローンもピンキリで、性別反転や、生育不良によるステータス低下が起こる。下手すると、クローン体が出来たら、そこでクローンは完成したという理由で、臓器を抜かれたり、殺されてしまう。二度目を行えない事情を政府へ説明し、遺体を火葬する事で証拠も焼失する。
マフィアやヤクザな連中と癒着していると、政治家も人口調整に悩まされなくて済む。仮に秘密裏に飼育されていても、強者による事故で設備ごと潰せる。
死にやすくも生き返りやすい世の中だが、食糧や金属等の資源は有限。富める者と強者が搾取する一方で、貧しい者達には最低限の生活環境を与える。中世と近代な人間が転位する以上、それだけで衣食住は改善され、昔と比べれば転位後の方がマシとなり、それを手放すくらいなら、金銭的に貧しくてもインフラを享受する事を選ぶ。
誇りが無くても、衣食住があれば生きていける。衣食住が揃わなくても、誇りがあれば生きていける。
どちらもなければ死に体で、どちらもあれば、惰性気味な暮らしとなる。礼節が無いなら傲慢に、あるなら謙虚に振る舞える。
(占領されそうな空港は、他にもあるようね。こっちはミサイルを二発撃ち込んで、違う空港に向かおうかな)
混沌は滞空させていた戦闘機の機内へ戻り、近くの空港をロックオンして、ミサイルを管制塔へと発射する。と同時に反動で反転して、別の空港に向かう。
空港の管制塔が二つほど、ミサイルによる爆発で、露天となり風通しが良くなった。その代わり、人員の大半が死んだ。
空港内は勿論、行政との通信も電磁障壁と攻勢防壁でカットされている。管制塔のみ、旅客機や戦闘機と通信出来ていたが、それすら物理的かつ人的に途絶。瓦礫でコンソールのタッチパネルが割れ、死体へのショックからか、生き残りの職員もパニックだった。
残された手段は外部からの強制着陸や使い魔による伝達方法。ナノマシンによる位置特定は可能だが、外部の状況は分からない。
そんな状態を行政が気付かない筈もなく、空港から近い空軍基地が空港の機能を代行して、旅客機や戦闘機を捌いていく。
政府から空港が落とされたと判断され、陸軍の二個中隊と傭兵一個中隊、空挺一個小隊に魔導兵科も二班加わり、奪還指示が下された。
迅速に敵を排除し、空港を利用していた客と職員を、肉片になっていても回収しなければならない。
ただ取り返すだけなら、強者に頼むだけで済む。後始末を含めて揉み消せば、政府への不満に繋がる。
部隊集結から空港へ着くまで、約二時間掛かった。転位魔法を使っても遅いのは、空港の障壁や結界を無効化させるのに、時間が掛かってしまう為だ。
混沌から空港の監視ツールを譲り受けた際、軍専用にするという無駄があったのは事実だが、それでも他国の張った障壁を抜くのに、手間取ってしまった。
しかし、現場に着くも他国の軍隊による抵抗は無い。
「生き残りを発見!」
夥しい死体の数、客か敵かの判別も難しい中で、隊員の一人がカイ達を見つける。
この非常時にも関わらず、呑気な事に、ファミレスのソファーで寝ていたのだ。
知性的武器を見張り要員にして、リクとソラは肩を寄せ合って眠り、カイはクウに眠ったまま捕食され、クウは無意識なまま貪っていた。
ショートの呼び掛けに、リク達が起きると、自国の軍人達が半包囲していく。
ソラがカイとクウの身嗜みを整えてシバく最中、リクは軍人達へ事の顛末を伝える。
幸いにも監視カメラが無事で、消されたデータもサルベージ可能で、証言とほとんど一致していたので、リク達は解放された。
説明していると、死んだ筈の隊長格の男性が動き出したので、軍人達の半数が聖属性の魔法で浄化する。
だが、浄化の魔法では効果が薄いようなので、ナイフで床に縫い付けて、その場へ封印した。
ソラは死体や霊魂、殺意や敵意が充満した場所に居た為か、死霊魔法を習得する。
異能による捕獲のパッシブで、霊魂は見えるし、今では触れるだけで捕獲完了となる。また、魔法的にも捕獲出来るので、パッシブの使用料だけで済む。
状況終了後、相手の軍人は元より、職員と客の霊に触れていた。死体の大半にも触れたので、当然、隊長格の男性も捕まえた。
生き返ったのは、事前に仕込んでいた魔法か道具の効果だろう。ソラにはゾンビやスケルトンを、選別する時間的猶予が無いので、霊魂は捕まえても、死体までは捕まえない。
アンデッドとはいえ、霊魂は使い魔的ポジションなので、浄化出来なかったのだ。死体への所有権は得ていないので、憑依した
教会や病院関係の他、上級の魔導師や魔法使いが蘇生する。あるいは作成した魔道具による蘇りなら、蘇生した者と見なされる。だが、死霊魔法やテイマー等、蘇生資格を持たない者が蘇生させると、どんなに完璧な蘇生でもアンデッドとして扱われてしまう。
今回はソラがパッシブで捕獲した魂が、魔道具によって肉体に戻った為、隊長格の男性はアンデッド化した。
他国、いや、敵国の軍人というだけでも殺されるので、アンデッドはほぼモンスターと同等に処理される。
モンスターは万国共通の敵とも言えるので、正当な免罪符。処分に精神が削れる事も無い。
ソラは捕獲の異能持ちだが、テイマーや召喚士もモンスターは殺す。
ただ、誤作動したままでは、使役に支障をきたすので、霊魂を取り出すか、肉体を捕まえてハードの上書きをする必要がある。
が、アンデッド化しているとは言えど、クローンの素体でもあり、ハードに刻まれた魂の記憶情報が多いので、まともなクローンや転生が出来ない可能性がつきまとう。
要するにこのままだと、蘇生措置違反の罰金を払う事になる。それを回避するには、捕獲した霊魂を手放すしか無い。また、元の肉体に魂が受肉しているようなモノなので、霊魂を取り出す事は難しい。
「勿体無いけど、諦めるしかないんですね」
「クローンにしても、現在進行形で、元の肉体情報と魂の情報が混ざっている。劣化したクローンは、本来のクローンとしての能力より格段に落ち、情緒不安定なので管理も大変だ。異能でなんとか出来るとは言えど、その分の使用料は減額されない」
つまり、蘇生不可能として処理するしかなく、ソラの勝利者としての我が儘は関係無い。
制度で決まっているから従うしかなく、変えたいなら裁判所で争う必要がある。
はっきり言って、時間の無駄だ。
罰金と通常の使用料、どちらも高いので、両方は払えない。
手放したアンデッドは火葬され、魂を砕き、相応の努力と状況を書面化して、敵国の政府と教会の本部に送られる。
「孤児院の卒院を証明するモノは?」
「……証明書か何かの事ですか?」
「いいや、記念品とかの事だ。売ったなら、どんな形状や名称なのかも教えて欲しい」
孤児院と質屋に確認する決まりがある。特に無いなら、院長やシスターの名前とかでも良い。
「選別に貰ったモノなら、あります」
リクが十字架を手渡す。
「……ふむ。正十字、マリア教本部の製品。一致するな。院長がマリ、修道士はミッドナイト……ん? 牧師の間違いかな?」
「牧師でも修道士でも良いって聞いてます」
「まぁ、孤児院に居た確認が取れれば良いか」
隊員は懺悔した者を匿っていると思い、ミッドナイトの実在はどうでもよく、リク達の在籍の確認が重要と判断した。
「では、聴取を終わります。捕獲した霊魂と、拾った武器の所持、クローンの所有権、その他諸々は約五分後に決まると思われます。しばらくお待ち下さい」
軍にとって不都合な事実があったら、口裏合わせて書類を誤魔化す事になる。
国家は民衆に優しくは無い。この場でカイ達を死体にして、陸軍が奮闘した事にも出来る。
だが、それをやると、強者が生き残りだったら瓦解するので、穏便に済ませる努力を払う。
暴力装置が暴走していては、肩身も狭くなるし、国益を損なう上に国民も流出する。
しばらく待つと今までの規定通り、カイ達はクローンと霊魂の所有権を得た。銃等の一部の武器は研究用として押収されるも、一定数が金銭に変わる。使い捨ての道具や既に解析済みの武器は、カイ達に渡った。
「近くの空軍基地から、旅客機の発着を行っています。目的地へ向かうなら、この認証カードと手持ちのチケットを見せて下さい」
別の隊員から、認証カードを貰い、軍用バスで基地へと向かう事になる。
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