第7話 餞別
一時間後、教皇はマリア教の本部へと戻って来た。
「ご協力に感謝します」
虚無とマリ、司教やシスター達が、普通は教皇へ行う最上級の敬礼を、協力して下さった強者達に向ける。
「濃紺への貸しだが、マリへの借りもある。相殺してゼロって事で良いかな?」
夫婦での貸し借りに纏めようと、協力者の一人である男性が発言する。
「……それは、
「入籍祝いでもいいけど」
「ふざけんなっ! 物か金を寄越せ!」
女性の台詞に対して、生臭い神官だが、世知辛いのは強者でも変わらない。
「では改めて、結婚式に呼んでくれ」
「お前等、別室でやってくれ。強者同士のじゃれあいも良いが、幻滅されるから」
虚無の言葉で、協力達とマリが退室する。
「はい、解散! 教皇は執務室に来い」
シスター達が三々五々と持ち場へと戻り、髪は乱れ目元に青アザや頬に手形、両手の指が折れ、足首から下が無くなり、簀巻きにされた教皇を、俵の如く担ぐ虚無。
(スポット・バースト・ショットに二重の極みを至近距離で喰らわせ、鎌で足元を斬ってくるなんて)
(余裕ですね、テレパシーだなんて)
猿轡に目隠し、耳栓もしている状態なので、教皇は主にテレパシーによる対話しか出来ない。
(しかも清掃員に紛れて、同僚としてしばらく接し、油断させて来たのよ)
(良かったじゃないですか。
(アレが初手だったら、ビルごとミンチじゃない……)
協力者の取った行動は、割りと穏便な方である。教皇相手だから、必中と速攻を重視したようだ。
(それに、剣豪の破魔は防げないでしょ)
(殺気は飛ばして来たけどね。自分へと意識を逸らさせる為だろうけど)
容赦ない上、全てが空振りになっても、剣豪が振るう刀で、斬り捨てる算段もあっただろう。
強者同士の連携は本当に巧いので、何が起きたかすら認識出来ない事もある。
(流石に死ぬかと思ったわ)
死んでくれても良かったのに、と胸の裡で思う虚無。
(コレに懲りたら、アルバイトは控えて下さいね)
(考えておこう)
上から目線だが、殺しきれなかった時点で、反撃を許してしまう。連携すれば追い詰める事は出来るものの、殺せない以上は此方が負ける。
教皇程の強者はとてもしぶとい。負けと認めなければ敗北にもならない為、不利であろうと一般人を装うのだった。
退室して、しばらく雑談した後、協力者達は帰っていった。
その後、本部で勤めるシスター達のクローンや手が空いている協力者の弟子、手近な信者達へ働きかけ、ギルド再建への目処が経つ。
マリは濃紺と連絡を取る。
「そっちはどう?」
{国は黙ってくれる。ギルドも本部は黙認するそうだ。元々の連中は消したし、そのクローンには連帯責任として負債を背負わせる}
「他の支部や冒険者の友人達は?」
{恨むだろうが、自業自得だからギルドは関与しない。依頼人へのアフターケアはギルド本部がするし}
「絡まれるかな?」
{孤児院の子供はリラが対処する。カイ達や卒業した連中までは知らないが}
人員の配置や残っている予算を纏め、ギルドの修繕費用に充てる。
「……カイ君、リク君、ソラちゃんの三人に、何か補填しなくてはね」
{餞別なら用意してある}
クローンの転位を虚無に任せ、孤児院へと戻った。
マリア教の本部は、外部の転位は手順を踏む必要があるものの、内部からの転位は邪魔しない。それが教皇の脱走を、手助けしている一因でもある。
「どうせ短剣とかでしょう」
「そっちこそ、十字架がテンプレートだろう」
孤児院の卒業は自立への第一歩だ。身元保証人が孤児院の神官やシスターとなる。
これは序列に関係なく、最低限の保証人と同等なので、一般的には最底辺の極貧生活を強いられてしまう。
だからギルドの冒険者を目指す孤児が多い。
普通の個人経営だろうと、系列会社の社員だろうと、出世はおろか一員としても扱って貰えない。万年雑用係、給料も最低、対人関係は劣悪。必要最低限の生活しか出来ない為、体調を崩して自主退職する事も少なくない。
冒険者も荷物持ちからと、そこまで変わらないが、冒険者や攻略者はエリア間移動の際に、モンスターや災害で負傷しやすいので、生き残っていけばノシ上がれる。
配当金は平等か、やや低い金額となるが、稼げる時はその配当金も高額となる。
野心が強い場合、事故が起こりやすい場所で、仲間や他の冒険者をそれとなく始末する者もいる。
底辺から上に上がれば、自分の思うがままに、パーティーを動かせると夢を見るのだ。
間違ってはいないが、大抵は次に消される番となっていく。
攻略者も同様で、モンスターに殺される番だ。
だからと言って、信用出来る連中と組んでも、クエストが達成出来るかどうかは、自分達次第となる。
知識を得て、実戦して知恵に変え、経験を積む。
基礎や基本が出来ないなら死ぬだけ。
頭脳を使うのが苦手なら、囮役か荷物持ちとして稼ぐしかない。
そう、冒険者も楽では無いし、攻略者はモンスターの餌食となると、遺品や骨も残らない。
冒険者以外の選択肢が、ほぼ無いのが現状だ。
世間一般的には、と言う但し書きが付く。マリが運営する孤児院で卒業した場合、冒険者、攻略者、研究者、傭兵、娼婦の五つが選べる。
研究者は異能や召喚術を駆使して、ゴーレム開発や武装の調達。
傭兵は魔法使いとしてか、銃を持って戦場送り。
娼婦は男性なら娼夫として、色々とテクニックを覚える必要がある。
女性専門の娼夫、男性専門の娼婦、あるいはどちらもイケるとか。
または、借金返済に苦しむ娼婦のメンタルケア、客の胃袋ではなく性癖を掴んで放さないレパートリー。狭いようで奥深い業種だ。
無論、傭兵も同様。生き延びるには劣勢を跳ね返すだけの、個人的射撃術は勿論、集団を効率的に叩く精神攻撃も欠かせない。
ゴーレムやロボットを攻略する時間稼ぎも要る。
強者の猛攻を耐える事も重要だし、食糧や弾薬の兵站管理、デスクワークもこなす。
「あ、そうそう。ネイビーに話があるんだけど、裏庭に呼んで?」
「話なら俺がつけた」
捜索と捕縛に時間と労力を費やし過ぎたか。と、マリは内心で思う。
「教皇は反省しているんだよな?」
「ボロクソになっているわ」
良い気味だ。と互いに微笑む。
「……で、どうする。離婚するかい?」
「今更何を。濃紺からプロポーズして、それを受けたって事にしときましょう」
「マリ、愛してる」
「私もよ、濃紺」
流れと勢いに任せて言ってみたが、既に同棲している以上、照れも少ない。
「……雰囲気が出た時に言って」
「あ、はい」
濃紺はマリの台詞へ、全面的に同意するしかなかった。
若干の気まずさを誤魔化しつつ、情報交換する内に、夕食の時間となったので、作り置きの料理を冷蔵庫から出す。
順次出して、テーブルへと子供達が並べていく。
それと同時作業で、コンロや電子レンジを使い、温めるモノは温める。たまに焦がす子もいるが、かき混ぜるのを面倒臭がったり、よそ見して自分の仕事に集中していなかっただけだ。
その場合は、その子が責任をもって食べるしかない。
炭と煮え滾るモノの混合物。それがダークマター手前の、廃棄物であっても。
「マリア教の女神へ、感謝を込めて、いただきます」
『いただきます!』
マリの口上を皮切りに、子供達は一斉に咀嚼していく。
食事中に喋る事はしない。会話して出遅れたら、おかわりが少なくなる。
育ち盛りだが、量を作っても足りない。分量には限りがあるので、他人を押しのけてでも食べるしかない。
そこに年長だから、体が小さいから、と言う理由で施すと、相手は付けあがって来る。
そしてそれが当たり前になると、主従関係が逆転したような感じになる。
食べれる時に食べる。食欲がなくても胃に何かを詰めるのだ。
何かと世話しない食事が終わると、マリと濃紺はカイ、リク、ソラの三人を自室へと呼ぶ。
「自立の為の交渉だったけど、ギルドは私の事を舐めていました」
「お陰で、有力な冒険者と職員が、軒並みクローンに置き換わった。しばらくはマリア教の関係者で運営するから、ギルドの仕事による需要と供給は保たれる」
クローンを学習装置に放り込んで、現場で促成栽培しつつ、短期間の詰め込みで経験に変える。
職員はコレで数だけは揃うが、攻略者や冒険者は経験の他にも、技量や力量、応用力が必要となってくる。
だから、即戦力となる強者の弟子や関係者で、抜けた戦力が整うまで穴埋めしておく。必然的に、上級の冒険者や攻略者が多くなるので、溢れたら雑用のクエストに振り分けられる。
その際にクローンの育成も並列して、力量や技量を底上げさせていく。
「つまり、冒険者はダメと?」
リクが絶望的な表情をする。
「続けてもいいが、魔法で行き詰まるから、嫌気が差すぞ」
リクの場合、魔法は下級しか使えない。教えてない以上、素質や才能だけでは、上級や中級の魔法は会得する事が難しい。
「教えを請うのは?」
「請うたとしても、先輩として教えられる範囲まで、だろうな」
中級までは教えてくれるが、それから先は教えない。誰だって奥の手の一つや二つは、隠しておきたいからだ。
更に言うと、貸し借りに繋がるので、相手の要求を呑まなければならなくなる。それがどんな状況でも、借りを返さない奴はクズ以下となり、周りからハブられやすくなってしまう。
「カイやソラもギルドの職員は、長続きしないだろう」
マリア教のシスター達が居る以上、解呪やカウンセリングの必要性は低くなる。
「ソラの研究はパトロンが無いから、研究者としても続かないでしょうね」
異能による人的資源のリサイクル。需要はあるが金が掛かるテーマだ。
インテリジェンス・アームズとゴーレムや、ロボットの開発に注ぎ込んだ方がマシと言われる位、費用対効果や結果が出にくい。
「娼婦はツテが無い事もないが、ちょっと……」
濃紺が言い淀む辺り、危険な場所とか、客が酷いとかで地雷臭い。
一瞬、マリに気を使っているのかと思いきや、マリも目を背けている。これは確実に何か知っているのだろう。
強者が口を閉ざす程の地雷だ、踏む前どころか、足を感知した瞬間に起爆するタイプだろう。
「残る選択肢は、傭兵だけですか」
「うん、そうなるが……」
「ただ、傭兵も娼婦と同じくらいヤバいから。オススメは現状維持しつつ、パトロンを捜して、ソラちゃんをカイ君とリク君で支える。ソラちゃんは助手として、二人を養うとかもある」
究極の二択、いや、三択だ。
カイとリクがヒモになるか、男としてソラに尽くすか。
傭兵になるか、娼婦になるか。
「今回はギルドの落ち度もある。異能の使用料はギルドとマリア教持ちにした。あと、自立して貰うに当たり、餞別がある」
カイ達は短剣と十字架を貰った。
「その十字架は、持っているだけで運気が上がるものです」
十字架の裏側には、教皇から獅子心へ送る。獅子心よりカイへ譲る。と、とても小さく彫られているが、文字が詰まっていて読みづらい。
「短剣は頑丈に作ってある。特定のモンスターに対して、特攻効果があるものだ」
短剣は両刃で、長さは包丁より短い。柄は両手用、鍔にあたるガードは小さく、鞘は緑色をしている。
「いらないなら売っても良い。が、鞘は持っていてくれ。ドラゴンから攻撃されにくくなるから」
「特攻効果のあるモンスターって、ドラゴンですか?」
「ゾンビ等のアンデット系だ」
では何故、ドラゴンのヘイトを下げる効果があるのか。
「友人にドラゴンが居て、そいつの匂いを鞘に込めてある」
強いドラゴンのマーキングが施されている為、一定の強さに達していないドラゴンは逃げていく。
短剣の剣身には聖属性の付与がしてある。
「……それって、弱いドラゴンが討伐対象だったら、近寄って来ないって事もあり得ますよね」
「まぁ、そうなるな。ゾンビとかは弱い奴も近づくけど」
ちょっと迷惑な短剣だが、実体はかなり違う。
濃紺の異能によって、時間が無い空間を作り、そこで造り出した短剣。時間という概念が無いので、劣化も破損もしない。刃零れもしない。聖属性の付与も消えない。
もっと言うと、大抵の剣や魔法を物理的に斬ってしまう。
剛性や弾性が変化しないので、相手の得物にダメージが、そっくりそのまま跳ね返る。
鞘は友人のドラゴンから貰った、分厚い鱗を加工したモノ。その友人はドラゴンの中でもかなり強く、寧ろ攻撃してきたドラゴンと対峙したら、カイ達は瞬殺されてしまう。
ペンダントタイプの十字架は、教皇のオーダーメイドなので、マリア教団に属する教会を利用出来る。
勿論、女神像の前で使えば、本部に転位も出来る。
こうした餞別は、卒業する子供達全員に渡しているが、ほとんどが使われる事無く、モンスターの胃袋だったり、遺体と一緒に埋葬されたりしていた。
どちらも持ち主が死ぬと自壊するので、下手に騒がれる事もない。
そして、今回も事実は伏せる。何故なら、詳しく聞かれなかったから。
強者が平凡なプレゼントを渡すなんて、その発想自体が誤りなのだ。
この世界では弟子だろうが、養子だろうが、自給自足が安定するまでに、死ぬ確率の方が高い。
さりげなく、しかし、絶対的な保険として、最高のモノを贈る。
それが強者からの餞別だ。
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