第5話 偵察と攻略

 薄暗い部屋で、カイはリクのスコップを聖水に浸ける。

「ソラ本人と廃人達、リクに続いて僕もか」

「監視兼リーダーは、ウェル様だぞ」

 監視としてカイの側に佇む、強面の冒険者は来ない。

 他に、孤児院出身の冒険者やリクが知る先輩方も同行しない。

 前衛を廃人な冒険者で、中衛がリクとカイ、後衛はウェルとソラに役割分担するのだろう。

「ソラは拳銃が撃てていいよね。僕、杖や棒しか持てない」

「弾代が高くつくから、止めておけ」

 杖や棒は耐久力が低い反面、整備性と入手性は高い。同じ理由で、リクの持つスコップやシャベルも、剣と比べて耐久力は高いし、金属部分が取れてしまっても振り回せる。

 剣は刃零れしやすく、自重と遠心力で押し潰すので、鈍器に近い刃物だ。刀は引く動作が加わる為、鉈と髭剃り、或いは鎌として剣と刀は例えられる。

 研ぐ、手入れ、部品の交換、信用出来る鍛治屋、材料の入手と鍛造の日数。どれも手間が掛かる。

 安い日銭しか稼げないうちは、安価で替えの効く武器でなければ、継続戦闘が難しい。

「うっ! 相変わらず酷い部屋……」

 ソラが隔離部屋に入るなり、開口一番で不快感を露にする。

「どうした?」

「ウェル様が支度して集合しなさい。と言う伝言ですよ」

 監視役の冒険者の声に、ソラはリクとカイを見ながら言う。

「わかった。リク、急ごう」

「あぁ、これを押してっ、と!」

 リクが箱を押すと、監視役の冒険者も手伝ったのか、足で蹴り押し漸く動いた。

「カイの分は用意してある。あとは防具だけだな。俺も着込んで来るから」

「はいはい。ウェル様と私はカウンターで待ってるわ」

「では、ロッカーに向かいます」

 ソラ以外はロッカー室へ向かい、クエストに挑む為の防具や荷物を持つ。

「久しぶりの偵察、攻略依頼。腕が鈍ってるかも」

「前衛が二、三人、横に並べば、通り抜ける隙間は無い。大丈夫、棒を振り回すよりも、冒険者達が倒す方が早い」

 ソラの使役する廃人な冒険者は、薬物やらアルコールやらの中毒が多い。他にも事故や手術、病気の後遺症で脳死になったり、身体が満足に動かせなくなった冒険者もいる。

 何故、廃人な冒険者がそんな状態なのかと言うと、医療用ナノマシン注入や義体化、再生魔法等の医療費が払えないからだ。

 また、異能の使用料が長期間払えない場合、臓器や手足を切り売りさせられる。これは強制なので、拒否権は無い。

 失っても再生魔法や一部義体、あるいは全身義体という代替手段がある為、冒険者の末路は犯罪者か、借金地獄が絶えない。

 臓器は魔物使いの使役する魔獣の餌は勿論、悪魔召喚の生け贄や錬金術の等価交換に使われるらしい。

 特定の亜人の予備パーツとして、手足や皮膚、骨が売れている、とかもある。

 囚人となったら、女性は鶏扱い。男性は肉体労働と、枯れるまで種馬扱いされてしまう。

 堕胎させた胎児を用いて、バイオ・チップに加工し、ゴーレムやオートマトンの核に転用する。また、コンピューターの基盤の一部に使い、予測や学習能力を向上させたりと、生体部品の用途は幅広い。

 これは下手すると義体化した人間が、本人のパーツを使ったゴーレムや、戦闘車両と戦う事もあるのだが、まともな倫理観や道徳、法律を期待してはいけない。

 この世は弱肉強食。色々な世界の一部が転位してくる、混沌とした地獄。

 テクノロジーの格差が酷いので、インフラは国ごとに一律で必要最低限。調査が済んだ土地に村や集落があった場合、電気、ガス、水道が必ず通される。

 同時に軍や警察を派遣し、武力で混乱を終息させ、言語や通貨を統一させていく。

 抵抗がある場合は、麻酔とかのガス弾で眠らせ、ナノマシンを一人一人に注入する。

 そして、村人全員に対して諸々の費用を負担させ、借金生活を強いるのだ。

 転位に巻き込まれた事は気の毒だが、情状酌量の余地は無い。一々、村や町単位の人間への費用を国が持っていては、財政が直ぐに傾く為である。

 当然、災害やダンジョンへの支援も無い。各国のどこを探しても余裕が無い。

 故にどうしようもない時は、強者に頼る他無いのが現状だ。

 断られたら、隣国を襲う。持っていそうな連中から奪う。貴族や商人は、護衛や自衛の為にゴーレムやアンドロイドの開発、改良をしていく。軍も質が良い武装を欲するので、ギルドへのダンジョン攻略を手伝い、資源調達を行う。

 小競り合いの時、強者には強者を当てるのだが、自軍に強者が居ない場合は、蹂躙されてしまう事もある。

 だからと言って、強者が裕福だという事はない。

 上には上がいるし、序列で等級分けされていても、同じ序列が百や千人もいるのはザラ。

 ウェル曰く、百から十一位までは、都市や国一つ、または大陸一つを殲滅出来る程度だとか。十位以上は惑星を破壊出来る実力や異能を持つらしい。

 孤児院の裏方担当な濃紺は、異能を行使して、孤児達に流星群を見せた事がある。

 ウェルは魔法で有名な観光地へと、日帰り遠足をしたりもする。

 だが、お金を沢山持っている素振りはない。孤児院は質素で、食事も質より量。一週間、二食が同じメニューだったり、肉がほとんど無い時もある。

 強者でも贅沢は出来ないのだ。

 酷い場合は連日戦争に駆り出され、強者の相手をする。少しでも力を抜くと死ぬのが強者同士の戦闘なので、肉体的、精神的にも辛い。更には金銭的にも安い。

 かといって、強者を潰すと背後組織が報復に来る。気絶や降伏の言質を録らない限り、何度でも同じ戦争で顔を会わせる事となる。

 実力に差があるようなら、一対多となり、複数の強者を同時に相手取るのもしばしば。

 それでも勝てないなら、ある程度の条件を呑んで、相手より強い序列の者を召集する。

「抜かれた場合、棒で牽制しつつ、リクやソラが仕止める」

「そう、リーチの差を活かすんだ」

 カイは短めの棍棒を、予備も含めてダース単位で背負う。ゴブリンのドロップ武器を流用して、長さと直径が同じになる様に調整したモノ。ネジ穴を開けて連結も出来るので、リーチの伸縮が可能だ。

 壊れやすいものの、ゴブリンの持つ棍棒が元手な為、強度よりもリーチが優先されているのは仕方ない。

 安価で使いやすい、応用も効く、整備しやすくて薪にもなり、数を揃えれば、投げ槍としても使える。

 武器の規格を統一すれば、汎用性と量産性を生み、互換性や応用性に繋がっていく。

 石ころと棒切れがその最たる例だ。

 調達しやすい事も含めれば、武器が手元にあるので、継続戦闘しやすい。

 カイの気力やスタミナが続く限り、また、棒で倒せる範囲の相手である。と言う前提条件になるが。

 洞窟型ダンジョン、初期段階、モンスターはゴブリンのみ、メンバーの力量。

 可能な限り、事前情報は集めて精査してある。

 万が一、ドラゴンや悪魔が現れたとしても、洞窟内部の、広さ以上のサイズや、崩落する程の攻撃手段は無いだろう。

 基本的にダンジョンは自滅しない。ポップしたモンスターによる攻撃で、多少は破損するが、通路と隣接する部屋を、貫通する規模の破壊は無い。

 冒険者側もダンジョンの攻略が面倒だからと言って、ショートカット気味に破壊していく事は出来ない。

 序列や異能、魔法に関係無く、物理法則ごと一定の許容範囲内に押し留めるのだ。

 故に、それを逆手に取った戦術もある。一気に破壊出来ないなら、地道に掘るか、ダンジョン内部の酸素を奪う。或いは水攻めで溺死するのを待つ。

 ダンジョン・マスターの権限を乗っ取り、ダンジョンを私物化する事も、ウェル辺りならやれるかもしれない。

 ただ、今回はウェルに手伝って貰うような事態には、ならないだろう。

 受付カウンターで合流し、リクの案内の元、ダンジョン内部へと入る。

 廃人な冒険者が、ゴブリンを間引く様に倒していく。

 真横からの奇襲にも、ソラの事前の指示に従って防ぐ。

 ある程度の実力が無いと、事前に幾つかの行動パターンを指示していたとしても、反応出来ずに致命傷を負ってしまう。

 しかし、厳選された廃人は、冒険者としての実力だけなら、中堅所並みの技量を持つ。性格や嗜好品への傾倒が、ダメな人間だったからこそ、ホリックな冒険者になってしまったのだ。

 ウェルを除いて、リクよりも強い。経験もある。中にはワイバーンや、狼系のモンスターとも戦って来た者だっている。

 手元に武器があるなら、ゴブリン程度に苦戦はしない。

 培って来た経験が、身体を勝手に動かすので、簡単な罠にも掛からない。

 本当に、どうして廃人になってしまったのか。と、今でも思うが、人的資源も人生も、ソラなりに有効活用していくしかない。

 本人の意思は無視しているが、抗議するくらいなら、廃人にならなければ良かっただけの話だ。

 治療の為の借金が払えないなら、臓器の一つや二つ、売ってしまえば良い。

 中毒に抗えないなら、急性になるくらい大量に投与して、さっさとくたばれば楽だったはず。

 手術の後遺症に悩まされるなら、義体に置換して、借金生活をするだけで済む。

 死ぬのが怖くては、生きていてはいけない。ウェルの教えであり、生き続ける為に、あらゆる手段の前段階として、格闘や武器の扱い方を師事されてきた。

 異能や魔法は、教えるとキリが無いものの、格闘術は己で鍛練が可能。

 継続するか、魔法に切り替えるかも本人次第だ。

 ウェルはソラの指揮に、少しアドバイスや、異能に頼れない場合の戦術を、模索するよう提案する。

 魔法や異能が効かない、使えない状況も考慮していかなければ、生き延びる事は難しい。

 特に前衛を手駒に肩代わりさせるような、召喚術や異能は、隠れて狙われないようにしなければ、あっさりと死ぬ。

 かといって、リクの様に接近戦が出来ても、相手の方が実力が上なら、呆気なく倒される。

 カイの異能で即死させていくと、実戦経験が身に付かない。

 強い魔法、高度な異能、それらに胡座をかいて良いなら、どれだけの人間が楽に生きられる事だろうか。

 強者は強者と睨み合い、弱者は弱者を蹴落とす。中途半端に強い人や弱い人は、内政や中間管理職でしか生きられない。

 これはダンジョンや、そのモンスターもそう。

 管理されるか淘汰されるか、それは今回の場合、ウェル次第である。

 ウェルはこのダンジョンを攻略する手際を見る事で、三人を孤児院から卒業させて、一人前として扱う腹積もりだ。

 正式にギルド員や冒険者の一人として、独立してもらう。

 断るようなら、強制的に追い出す。ギルドが拒否するなら、友人に借りを作ってでも潰すか、人員を入れ替えるしかない。

 戦闘しつつ淡々と進む。

「目印がありません」

「取り込まれたのでしょう。マリオネットが出るかも知れませんね」

 パペットとも呼ばれる、自立型人形の原型だ。腕力と機動力に個体差があるが、核となるモノを壊せば動かなくなる。

 ボス部屋の扉や通って来た通路に変化は無い。モンスターもゴブリンだけ。

 罠らしい罠も、地面に複数の窪みや落とし穴の作りかけ、盛り土を固めた土壁の作りかけ、尿と土で泥濘を作り、滑りやすくした地面に、掘って軽く埋めただけの軟らかい地面。おそらくは高低差を作る事で、足場の不安定さや間合いを狂わせるつもりだったのだろう。

 壁を掘り、拡張しようとした形跡がある。または、土壁で二重にして、監視や奇襲しやすくするのが目的だったのか。

 きちんとした作りだったなら、効果も望めたが、ゴブリンだけでの作業では、完成しても拙いモノなので、素人や駆け出しの冒険者以外には通用しない。

「では、装備品のチェックをしましょう」

「ウェル様。ゴブリンのホブ、ナイトにシャーマンが出ますか?」

「可能性としては、マリオネットとゴブリンのキメラかも知れません」

 基本的には、フロアに居たモンスターの上位種がボスとなる。しかし、全く関係無いモンスターが出て来る事もあり、油断や慢心をしていると、窮地に陥ってしまう。

 廃人を先頭に、カイ達がボス部屋へと入ると、死臭が鼻に付いた。

 広くなっているボス部屋の中央には、臓物が飛び出したゴブリンのゾンビ、ゴブリンの骨で造られたスケルトン、ゴブリンの怨霊が元となったレイス。

 そして、その奥ではマリオネット・ゴブリンが、シャーマンと一緒に、棍棒で補強したパペットを作っている最中だった。

「……マリオネットの素体は、木製人形。棍棒で模型を作り、霊魂を宿らせれば、即席のパペットにはなります」

 まさかの製造過程に、リク達は呆気に取られてしまう。

 そんな中、廃人達がスケルトンやゾンビを排除するべく、迎撃に向かい、ウェルが相手への分析を話す。

 要するに、ゴブリンの死体があれば、シャーマンがアンデットとして使役しつつ、死体とセットになっている武器で、パペットを作る。

 質よりも量、数の暴力。それがボス部屋で行われようとしていた。

 通常なら、ボス部屋は高い質のモンスターと数で戦うモノ。

 それなのに、このダンジョンでは多対多で、冒険者側の数的有利が喪失している。

 ただ、真っ向からでは、戦闘では数よりも質。戦争なら戦いは数だが、ダンジョン内部と戦争は違う。

 質が上回っている方が勝つ。雑魚の処理は作業でしかないのだ。

 確かに、疲弊や疲労は蓄積するが、短期的に効果が出る訳では無い。

 一対一の勝負なら、疲れが見えた所で逆襲も出来るが、多対多では交代すればカバー出来る。

 そして、廃人達は多少は不利な相手でも、雑魚に遅れを取る事は無かった。

 身体に刻まれた経験が、戦闘の手順をも変化させる為だ。

「リク君、マリオネット・ゴブリンに火を。カイ君はシャーマンの魔法を中断させて、注意を自分へと向けさせなさい。ソラちゃんはシャーマンの頭とパペットの核を狙いましょう」

「了解しました」

 リクがアルコールの入った筒を、マリオネット・ゴブリンへ投げ、松明を灯して再度投げ、盛大に着火させていく。

 マリオネットは痛覚が無いものの、自分が焼ける事を認識し、転がって消火しようとするも、元々の材質がぬいぐるみめいた人形なので、よく燃えており中々消えない。

 カイは棒を長くして片端を持ち、突然上がった炎に驚いているゴブリン・シャーマンの杖をつついて、シャーマンの意識を杖へと向けさせる。そうして、短めの棒を投げた。

 少し距離があるものの、シャーマンは咄嗟に棍棒をかわす。投擲された方向を向き、カイを見つけた。

 が、反撃の魔法を放つ前に、頭を撃ち抜かれてしまう。

 パペットは一部をマリオネットからの炎で炎上し、消そうと動くも、動作が遅く、右往左往している所で、核を破損してしまい稼働を止める。

 ゾンビの動きも、シャーマンが死んだ事で停止した。

「ボスは倒しました、よね?」

「マリオネットも燃えクズ、廃人達にケガは無いわ」

 ボスを倒せば、次への扉が現れる。仕掛けを探さないといけないパターンは少ない。

 カイはウェルを見る。

「どうやら、ボスは他に居るようですね」

 鉄扇を天井に向け、リク達の視線を上に向けさせた。

「天井に何が……?」

「ちょっと待って、なんだか近いような」

「壁も近い気がする」

「ついでに言うと、地面も動いていますよ」

 古典的な罠、狭まる壁に吊り天井。その上、床も動くから出口の扉が下へと移動していく。

「抹殺系の罠をボス部屋に配置するなんて!?」

「脅し、いや、絶対殺す系か。リ・スポーンするしかないかな?」

「罠そのものがボスなら、止めるか解除すれば、倒した事になるのかしら……」

 チェック・ポイントの設置はしていないので、死に戻りした所で、ここで詰む可能性が高い。

 ならば、突破する他、残された道は無いだろう。

「罠の解除か、どうやって?」

「突っ張り棒とか?」

 数は足りるだろうが、強度に問題あり。

「動いているのなら、ダンジョンの一部であって、一部では無いと思う」

「罠用の壁や床と、それの奥の壁や床は別物って事?」

「だったら、魔法とか爆弾で壊せるかもな」

 出来て直ぐのダンジョン、モンスターがモンスターを量産していたし、回収出来た死体をリサイクルしてもいた。

 なら、こうした罠にポイントやら魔力やらを注ぎ込み、確実に始末しようと考えるだろう。

 ダンジョン・マスターに知能があるなら、リ・スポーンする事が常識として知っている可能性もある。

「広範囲、高火力の魔法。または異能。……無いな」

「そのスコップとか、棒で叩きまくるしかないんじゃない?」

 時間的猶予は少ない。が、無いモノねだりも不毛なので、やるしかない。

 カイとリク、廃人達も剣や盾で叩き、殴り、打突して、壁を削るように破損させていく。

「おい、なんか手応えが……」

「土の下は木材で、更に下は、何だコレ?」

「軟らかい生地のような材質ね。まるで、ゼリーのような……スライム?」

 心持ち遠くから俯瞰していたソラの言葉に、カイとリクが顔を見合わせる。廃人達は黙々と作業を続けていた。

「嫌な予感しかしない」

「逃げ場は無いぞ、おい」

 ゼリー状の壁から、触手が生えるも、廃人達は剣や盾で潰しつつ掘削する。

 が、突然大きな穴が開き、剣や盾の先端が空振りした瞬間に閉じ、廃人達は武器ごと身体を呑み込まれてしまう。

 あっという間に、スライムの胃袋へ移動し、リ・スポーンするまで消化されるのを待つしかなくなった。

「……ヤ、ヤバい。消化物を点検してやがる。金属とか服を選り分けてるから、生物かどうかを調べているのか?」

「うわっ、口やケツからも触手を突っ込んでいる」

「え、ちょっと、あんな所にも!?」

 穴という穴が触手責め、唯一の救いとして、廃人達には自意識が無い事だろうか。

「……うーん、下調べが足りなかったかも」

 ウェルはソラ達の精神的ダメージや、今後の成長への影響すら考慮していない。

 何故なら、特段に止める必要性を感じないからだ。なまじ強者故に、これくらいは普通で、生ぬるいとすら思っている。そして、映像記録を端末機へ保存し、そういう薄い本を趣味としている友人への、臨時資料の思わぬ収穫に、内心では貸し借りの皮算用をしていた。

 ウェル個人としては、アリな部類である。友人に期待しよう。

 濃紺をスライム責めした本とか、母胎回帰系とか。

 ちなみに、倫理観は投げ捨てているので、ソラ達の見学や巻き添えも止めない。寧ろ記録として保存する。

 自分は被害に遭わないからこそ、高みの見物体勢だ。

「……ど、どうする?」

「スライムには、凍結や電撃、熱とかしか効かないわよ」

「物理的衝撃波は、浸透系を交差させないと、内部破壊しないんだっけ?」

 次は自分達なので、スライムを倒す手立てを模索する。

「と言うか、一個体ではなく、複数からなる群体だよな」

「核も複数あるから、溶かされる前に粉砕するのも、難しいね」

 スライムとバレたからか、廃人の消化に忙しいからか、天井や壁の動きは止まっている。

 取れる手段は少ない。そもそもスライムはこんなに大きくは無いし、群れてもいない。

 今の内に少しずつスライスしても、触手が来るのを早めるだけ。

 核は幾つあるかも分からず、効果がある魔法は習得していない。

「松明で、スコップを熱していくか」

「棒を燃やして、無理矢理道を作って、剣を回収し、それを熱して、なんちゃってヒート・ソードにするとか?」

 カイの考えでは、棍棒を松明で燃やす。ついでに松明を周囲に置く。

「酸欠で死ぬし、木材部分が炎上するわよ」

「いや、この際だ。今ある床や壁を燃やして、中は高温だと錯覚させ、スライムの危機感を煽る事にしよう」

「土を掘り返して、真ん中に集める時間は?」

「手早くやって、油を撒けば、それなりに燃えてくれるはず」

 酸欠や火傷が怖いが、何もしないよりはマシだろう。

 それに、土は燃えないが、熱を通す。粉塵は爆発するので、大きく動くと粉塵爆発が起こり、煽りを受けて死ぬかもしれない。

 また、上手く火点を配置して扇げば、火災旋風のように燃焼範囲が拡大する。

 熱気は上に向かうので、スライムは天井から壁へと退いていった。

 次に壁から床へと退く。

 天井が落ちて来たものの、開いた壁側に傾き、スライムの胃袋へと突き刺さる。

 熱源を取り込んだスライムが、廃人達を残して溶けていく。だが、残された廃人達は天井の残害に埋もれ、更に周りの炎で燃えていき、焼かれつつリ・スポーンした模様。

「おっ、ラッキー。扉だ」

「粉塵を舞い上がらせろ、置き土産だ」

「もう燃えているのに、効果あるかしら?」

 三人はカイのローブで土煙を立ち上げ、扉へと走る。

 体当たりするかの如く強めに開き、アルコールを入れた筒と松明を投げ入れて閉める。と、同時に耳を塞いで扉の横へと移動。

 その直後、爆音と煙、衝撃波をやり過ごす。

「置いてきぼりは、酷いですよー」

 ウェルが遅れてボス部屋から出て来るも、当然の如く無傷だ。

 そもそも、カイ達はウェルの心配なんて、最初からしていない。

 今回は想定外が重なり、廃人達が脱落したものの、ボス部屋からの脱出は出来た。

「すみません、ウェル様なら自力で何とかするかと」

「まぁ、それは正解ですけどね」

 少ない時間の中で、カイ達は思考と会話から閃きを得て、窮地を打開する。

 運にも恵まれ、ボス部屋が一方通行でも、倒すまで出られない事も無かった。扉が内開きでも、スライド式でも無かったので、すんなりと通れたのも大きい。

 廃人達を失なったが、所詮は肉壁なので、そこまで惜しくもない。

「小休止もほどほどで、先に進みましょう」

 扉の向こうは、元来た通路ではなく、奥へと続く短い通路。

 そもそも、入って来た時は扉ではなくドアだった。

「階段。二階層ですか」

「金策、もといポイントを遣り繰りして、フロアを広げたのでしょう」

 だが、ダンジョンの拡張にはポイントを使う。モンスターの配置と召喚にも使うので、撃退でのポイントも、ほとんど無いのが現状となる。

 偵察の際に、モンスターを倒すのは、ポイントを削る意味合いもあるのだ。

 故に、階段の下はダンジョン・コアやダンジョン・マスターの、部屋である可能性が高い。

「強いんですよね?」

「自分に割けるポイントがあれば、強くなる事も出来ます」

 しかし、管理職は後方で戦うモノ、指揮を安全な場所で執るからこそ、知識と経験から応用や打開策も思い付く。

 前線で戦える度胸も無ければ、腕力や体力も無い。

 罠とモンスターを突破された以上、交渉で活路を見出だすしか、生き残れないだろう。

 ただ、交渉とは口の巧さでは無い。戦える実力があって、相手と刺し違える覚悟を持つのが重要だ。

「ゴブリンがマスターか」

「だから、ゴブリンが多いんだな」

 あと、意思疎通が可能で、相手にテーブルへ着く用意があると、交渉もしやすい。

 残念ながら、この世界ではダンジョンの生存率が低く、意思疎通が出来ても殺される。

 ダンジョンの持つ機能は便利だが、既に再現の目処が立っているシステムの為、条件付きや譲渡も無駄に等しい。

 ダンジョン・マスターはソラの銃弾で苦しみ、リクの刺突で息絶えた。

「これで、攻略完了です。三人ともお疲れ様でしたね」

 ウェルはコアである、拳大の水晶を引き抜き、カイに手渡す。

「では、地上へと帰りましょう」

 動力源が絶たれたダンジョンは、次第に崩壊を始める。ここで上書きすれば再度ダンジョンとして機能が戻るものの、コアがダンジョンの外へ出ると、ダンジョンへ繋がる出入口も閉じ、完全に消滅する。

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