第4話 マリア教の教皇専属部署にいた元隊員

 修道服を着た女性と赤毛を三つ編みにした少女が、孤児院の庭で対峙していた。

 女性は孤児院の責任者でもあるウェル。孤児院に居る少年少女達に、模擬戦を通して武器や戦い方をレクチャーしていくのだ。

 最初から懇切丁寧に指導しても、実戦ではほとんど無意味。奇襲と夜襲という、突発的戦闘が主なので、その対処が出来るなら、我流でも邪道でもいい。

 生き残る、生き延びる為、ひいては継続戦闘能力が無ければ、直ぐに早死にする。

 だから、ウェルが知る限りの格闘術と武器の扱い方を、一通り実践して、実戦での格闘手段は少年達に任せておく。

 ただ、格闘等の近距離対人戦闘は基本的に、殴る蹴るが主なので、大半の少年が空手やムエタイの技を覚える。少女は合気道や柔道を覚える事が多い。

 覚えるとはいえ、にわかな付け焼き刃。実戦と訓練を積み重ねて、ようやく最低限の格闘手段となる。

 ウェルは鉄扇を持ち、赤毛の少女が振るうチェーンソーの腹を叩き、軌道を少しズラす。その上で身体を傾け、回転する刃を避ける。

 土煙を巻き上げつつ、地面が抉れていく。

 ウェルが一歩踏み込むと、少女はチェーンソーを逆回転させつつ、手元へ引き戻し、二歩下がる。

 獲物に振り回されてはいないが、片手で振るえるだけの虜力は無い。

 再び振り下ろされるチェーンソーを、ウェルは身体をズラして避ける。そのまま少女の両手首を片手で掴む。

 振りほどこうともがくも、鉄扇が額と鼻を一閃し、痛みからチェーンソーの取っ手を放してしまう。

 だが、手首は押さえられているので、顔に手を向ける事は出来ない。

 ウェルは手首から素早く首へと持ち替え、少女の首を締め付けていく。

 呼吸確保の為にウェルの手を引っ掻いたり、外そうともがく少女。

 流石に反撃を行う余裕は無い様だ。

 正面からの首絞めは、実は悪手。余程相手が弱っていないと、反撃されて負傷するリスクが高い。

 絞めるのではなく、打突による首の骨折り、または、打撃による呼吸困難を期待する。

 そこまでの至近距離なら、首を狙うよりも、顔を狙う方が効果的ではあるが。打突は抜き手や槍の石突き、鞘にしまったままでの刺突や木刀での突きが多い。

 少女が気絶すると、ウェルは少年と少女を一人ずつ呼び、介抱させる。

 チェーンソーを完全停止させ、倉庫に仕舞うのも少年達の背へ向かって頼む。

 ちなみに、鉄扇は合気道で使う為に持っていたが、チェーンソーごと少女を投げると、手放したチェーンソーの軌道を読むのが面倒なので、叩いてシメた。

 本来なら、敗者としての扱い方も教えるのだが、赤毛の少女はまだレクチャーを始めて日が浅い。

 亀甲縛りからの両手足の拘束、少年達へ悪戯――痛い事やエロい事を含む――を強要し、負ける事は恐ろしい事だと言う事を刻み付ける。

 そうして、負けたら死ぬ可能性を念頭に置いて、生き残る様に戦術を組む。

 また、負けても大丈夫な様に、媚びの売り方や嘘を本当の様に言う話術も教えていく。

 あるいは、命を失うのと引き換えに、相手の目や指、耳や鎖骨を折るべく、肉を切らせて骨を断つように仕向ける。

 何が何でも目玉を抉りに行くのだ。普通なら負傷を恐れるので、取っ組み合いではその気迫で有利になる。

 治癒魔法で治す金があっても、痛みは怖いもの。ただの喧嘩で目玉を失うのは、割りに合わない。

 ただし、モンスターは別だ。

 人型はこちらと同じように、骨を断つべく動く事もある。油断はしても、負傷する事を恐れない。

 なので、素手での格闘は人間やエルフ等が相手に限る。

 非常に上達しにくい技術、それが格闘術全般だ。稽古や試合はあるものの、命懸けの死合はほぼない。

 それでも、ウェル的には必須技能と考えているからこそ、格闘術を教えるのだ。

 魔法や異能の効率的運用方法も大事だが、結局は近距離の武器や素手の、範囲内に持ち込まれる事が多い。あとは喧嘩慣れしている方が勝つ。

 素手よりも武器持ちが、一手勝るとも言われているので、銃や弓よりも剣や槍を重点的に使える方が良い。

 壊れたら素手で倒すしかないから、素手でもある程度は戦えると尚良し。

「でも、武器に頼りきりでは、異能や魔法には勝てない」

 そう呟いていると、孤児院の奥から、紺色の長髪を三つの三つ編みにした、色白の男性が出て来た。

AアンチMマジックSスキルへの対抗手段を、教えるのは構わないが、実感が伴うのはまだまだ先の話だろう?」

 男性は見る角度によって、青年とも中年とも、とられる見た目をしている。また、エルフのような尖った耳が特徴的と言えるだろう。着ている服も、燕尾服を執事服に改造し、ダスターコートの要素も詰め合わせ、全体的に灰色を強調した服装だ。

 孤児院はおろかサラリーマンのような、ビジネススーツとは見られない。執事服とも貴族的な服とも違うので、およそどこに居ても、暑苦しい服装をした不審者に見られるだろう。

 肌の露出は顔や首元くらいだが、アルビノ体質を隠す為と言うのが、暑苦しい風体の言い訳である。

 実体は防弾防刃で、ライフル弾すら簡単には貫通させない防御力を持つ。一応はボディーアーマーなので、そこそこ重い。形状記憶合金の外骨格に、パワーアシスト機能の為のバッテリー付きでもあるが、電力切れになったらただの案山子となってしまう。

 防御力はただでさえ堅牢そのものだが、異能にも魔法にも抵抗力がある素材を使えば、更に堅固となる。

 男性の名前は濃紺ミッドナイト。ウェルが居ない間、孤児院と子供達を守護まもる為、半ば住み込みで掃除や保育を担っている。

 ウェルが目立つように動く為、町での濃紺の実力は過小評価されているが、ウェルと同じ強者の一人。

「何を焦っているんだ、獅子心ライオンハート?」

「……その名で呼ぶな。と、何度言わせるつもり?」

 ウェルの目付きが険しくなり、マクスウェルの悪魔が領域を展開し、濃紺を包み込む。

 怒りによる直情を用いる事で、集中力という必要条件を満たしたのだ。故に即時行使という、異能を異能足らしめんとする事も出来る。

 普通は強い異能になる程、精細な演算をしなければ暴走してしまう。そうなると、自分の異能に振り回されている形となり、強者とは言えない。

 振り回されずに使いこなせる技量、もしくは制御可能な状態を常に維持する。

 濃紺は自身を包み込んだ、悪魔が仕事する空間領域を見据えた。

「チカラ比べで、俺に勝てると?」

 濃紺は目を細めて、小さくため息を付く。

「百回戦って、五回くらいは勝てるわ」

 勝率は低いが、勝てる勝てないではなく、ヤるかヤらないか。つまり、二分の一であり、五分五分となる。ガチャ等で、低い確率でも高レアが出る時は出るものだ。

「……そうかい。なら、勝ってみせろ。そしたら、ウェルだかマリだかどっちでもいいが、名前で呼んでやる」

 それを聞いたウェルは、腕を組んで暫し考える。

「それは前の勝負で、私が勝った時の話だったはず。蒸し返すつもり?」

「ん? ……前は俺が優勢だったはず。邪魔が入ったからノーカウントだろう?」

「はっ! あの時のは、あと七手で私が勝ってたわ」

「そこまで言うんだったら、あの時の続きから、始めようか」

 ウェルの領域が蝕まれ、濃紺の異能が占める。更に濃紺は自分の左腕を肘から吹き飛ばし、右手でウェルの左肩を掴む。

 ウェルも右足の膝下を手刀で切り放し、両目を抉る。

 辺り一面に血飛沫と手足の肉片、流れ続ける血潮の臭いが充満していく。

「そうそう。ここからだったな」

「で、異能を細分化した、副次的な能力を使っていたわ」

 異能は複数の異能が統合したモノもあれば、上位互換や下位互換、同等のチカラでありながら、相性が噛み合わなかったりもする。

 そして、強い異能を保持する者は、幾つかの下位互換な異能を生み出して、限定的だが操る事も。

 ただ、下位互換もピンキリで、副次的というか、副産物的な異能は総じて弱い。

 下級の魔法かそれ以下のチカラ。強者の戦いでは、不意打ちでも通用しない。

 ウェルは濃紺へと、その無意味な異能を展開していく。

 両目の視覚、失なった右足の触覚、体重を支える為の力場、止血に激痛の緩和、貧血による思考のノイズ、及び異能の維持すら下位互換の異能で代替して、継続戦闘。

 無論、濃紺も同じような状況だ。

 違うのは元々の異能に起因する、下位互換な異能の数。また、その操作をしつつの格闘。

 詰まる所、寝技か密着戦か。

 距離は既に、触れられるまでの至近距離。ここから殴る蹴るの技は、些か効率が悪い。

 互いに制空権の中、拳と脚の軌道は読めるし、える。

 真正面に濃紺は居るが、その手が正面から来るとは限らない。

 ウェルの無い方の足もまた、蹴り上げるだけしか出来ない訳では無い。

 お互いにそれは良く分かっている。強者は強者を知り、もしもに備え続けるものだ。

 酔っていたから、風邪をひいていたから、風呂に入っていたから、流れ弾が飛んで来たが、回避出来なかった。そんなモノは弱者の言い訳でしかない。

 バッド・コンディション、ネガティブな状況、それらの真っ只中に居て尚、実力を発揮しなければならない。

 例え相手が神であっても、対峙した場合は退ける。

 それくらいの気迫や胆力を持つ、強者足り得んが為の心構えだ。

 異能が全てでは無い、魔法が強いだけではイケない。

 この世は鬼だらけ、親、友、袖触れうたえんの、赤の他人。全てが敵となり、自分次第で味方になる。

 日頃の行いは関係無い。運は他人の行動で潰れる。ならば掴み取る必要がある。手繰り寄せるのに、最適なモノは何か。

 異能や魔法では難しい。何故なら自分が持つ以上、相手も持っているから。対等な状況、然りとて強弱の差はある。

 必然的に、残ったモノ。人間が研鑽を積み重ねてきた、肉体を下地にした武術。

 徒手空拳全般、己そのものの身体が武器。そもそも、人間は獣とは違って、申し訳程度の爪や牙しかない。硬い皮膚も体毛も無い。

 それでも、人間は骨肉の塊である以上、その肉体に準じた握力や腕力を持つ。

 無邪気に体当たりすれば、幼児でも大人を転倒させられる。打ち所が悪ければ死ぬ。

 これは運が悪いのでは無く、鍛え方が足りない為だ。上手に転けられなくて、手を着くのが遅れたから、頭を強く打ってしまった。という因果応報。

 不幸や不運では無い。運とは願うモノでも、頼むモノでも無く、実力で粉砕するモノだ。

「肉体の代わりに異能で補う。五感を魔法で補完し、戦いながら血肉をパッチワーク。まぁ、普通だよな」

「亜人としての自然治癒でのごり押し、魔法による遅効性の罠。スタン・グレネードによる、人体の反射行動を逆手に取った、強制的な拘束もあるわ」

 思考する事で、経験と知識を積み重ね、肉体を強靭にしていく。足りない部分を補うべく、道具を生み出し、そうした道具を元に異能や魔法が創られた。

 が、人間は生まれで既に差が生じる運命にある。生まれつき視力が弱いと、運動神経は良くない。本能的に視力に頼る為だ。障害者が努力して人並みに動ける時間が経過する時、健常者は秀才に届く運動能力を得られる事だろう。

 差は埋められない。世の中、綺麗事で誤魔化し、公平や平等を押し付ける。

 脳死状態から奇跡的な復活を遂げたとしても、過ぎ去った歳月は取り戻せない。独りだけ、過去に取り残されるのだから。

 そうした、埋められない差を縮めるには、道具に頼るというのが普通だろう。

「対策されたら、後手に回るぞ?」

「攻めに転じ、流れを引き寄せた。それを慢心と言うの」

 下位互換の異能がぶつかり合い、ウェルが持つ十字架を基点に刀剣化したモノと、濃紺が外骨格に仕込んでいた盾が火花を散らす。

 間合いなんてほとんど無いが、魔力を顕現させて剣としたモノなら、重さや駆動範囲は十字架を動かせる程度で済む。防ぐ事も想定内。濃紺の視線は十字架に固定されている。と、見せかけて右足を警戒しており、逆にこちらの注意を、同じような状態である、濃紺の左腕に向けさせていく。

 掴まれた肩は離されていない。離したら、ウェルが距離をとる。格闘に適した間合いで遅れをとる事は無いが、加減が難しくなるので、殺し合いになってしまう。

 武器の間合いや拳の間合いよりも、内側に居るこの状況こそ望ましい。不意打ちでの魔力武装も防げる。

 これがウェル以外の魔法使いなら、もっと強い魔導師だった場合は、密着戦どころか格闘戦すら怪しいものだ。

 神官は回復や支援系が主なので、魔法職としては攻撃力が低い。

 ウェルの異能は、強者としては防御向きだが、発想次第で幾らでも化ける。

 イマジネーションとイメージ・トレーニングは武術にも必須だ。

 手持ちの武器、格闘、地形、援軍の有無、ありとあらゆる状況を考え、その時々によって最適な生き残り方を模索する。

 濃紺の異能による代替した左腕が、短絡した空間を通り、真後ろからウェルの首を締め付けようとする。

 が、ウェルの右足による蹴りが、それを阻む。

 やはり予想通り。

 だが、違和感を感じる。

 ウェルは読んでいたのに、右足で防いだ。更に前へ出るという選択肢もあったはず。

 懐に潜り込むのは危険と判断したのだろうか。

 それとも、この刹那の思考からの逡巡しゅんじゅんが狙いか。

「目は口ほどにモノを言う。さて、私は本当に喋っていたかしら?」

「……口腔内の、いや、吐息の酸素濃度か」

 指向性を持たせた酸素という猛毒を、直接吹き掛ける。

 確かに効くだろうが、それにしては距離がある。

 いや、毒の吸引ではなく、燃焼の為の酸素供給。もしくは、電撃と圧力によるオゾンの生成。

「待てよ、辺りの血? 酸化による血液凝固……」

 この場にある、入り混ざった己れと相手の体液を使う。

 それは、濃紺にとって効果が薄い技。濃紺自身が使うと、ウェルは抵抗も出来ない。それくらい技量の差があるモノ。

 当然、認識した瞬間から、血液操作の主導権は濃紺に移る。

 しかし、ウェルの視線は、代替した目や表情は崩れない。

 それどころか、ウェルの眼を見れなかった。顔の輪郭がボヤけ、次第にウェルの身体全体が曖昧にしか、見えなくなってきた。

 注意が血に移った瞬間、視線を通して精神を乱され、認識阻害まで掛けて来たのだ。

 触れているこの至近距離にも関わらず、感触すら空を切る始末。

 濃紺は触覚、視覚を騙されたが、相手の未来位置を予想して、拳と回避も兼ねた足払いを繰り出す。

 手応えは無い。

 代わりに右側頭部に激痛、足払いの体勢で踏みつけられたのだろう。下手すると、拳を振るう時から、自ら地面に寝転んでいた可能性もある。

「いつ枝をつけた?」

「肩に触れている最中、ハッキングを開始。魔力剣と盾の攻防による火花で思考トレース。誘導妨害の防壁は下位互換の異能を多重重複で、そちらの異能ごと相殺して穴を開けたの」

 つまり、魔法や異能、格闘技の読み合い全てがブラフ。

 ナノマシンや電脳空間という、サイエンスを軽視したツケが、濃紺の敗北要因。

「宣言通り、私の勝ち。ここまででいいでしょう?」

「粘ってもいいが、まぁ、現状は俺が負けているか。ふむ……掃除が大変だな」

 濃紺から足を退け、お互いに治療して、戦闘前の状態に回復する。

 ふと、周りを見回すと、孤児として引き取り、まだ日が浅い少年少女はもとより、年長組の子供達すらドン引きして、遠巻きに見ていた。中には泣きながら漏らしている子も居るし、惨劇に嘔吐している子も少なくない。

「…………えっと、これはね」

「よせ、今は静かだが、状況が落ち着いたと理解したら、阿鼻叫喚待った無しだぞ」

「……気絶させていくしかないか」

「スコップとか、シャベルはダメだ。子供相手に手刀も大人気ない」

 ウェルは孤児院を包む結界を張り、内部の気圧と酸素濃度を下げて、無理やり子供達の意識を奪う。

「たまに、聖職者なのか疑ってしまうな」

「慈善事業で食っていけるのは、偽善者だけよ。宗教は弱者へ施すのでは無く、搾取する為に希望と詭弁を説くの」

「カルトの真髄?」

「教皇の受け売り。骨までしゃぶって、骨から出汁を採り、骨粉にして肥料にするとかなんとか」

 濃紺は深く嘆息する。宗教はクソだとハッキリした。

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