第2話 冒険する冒険者

 薄暗い洞窟内を、二人の冒険者が進む。一人は神官の外套に修道服を着た女性、もう一人は革の鎧を着た少年だ。

 前方を行く少年は、松明をスコップに巻き付け、背中にシャベルを背負っている。

 修道服の女性は、ナイフと鉄扇を持つ。通常は本やロッドを持つのだが、バック・パックに入れている。

「マッピングはどうですか?」

 女性の声に少年は腰のポーチから、自動で書き込まれる地図を取り出し、自分達の位置を確認する。

「えっと、新しく増えた場所は、ありません」

 偵察中、突然ダンジョンが拡張する事もあるが、この世界はダンジョン以外も拡張・収縮する。海、陸地は勿論、果ては月の巨大化も起こる。要するに世界そのものが、ダンジョン・マスターやコアが存在しないアドバンスト・ワールド。不規則にアップデートするので、朝起きたら、隣の家や畑が離れているなんて事はザラ。不干渉地帯も多いし、国同士の小競り合いもあれば、貴族や商人同士の揉め事もある。

 故に、冒険者には偵察関係の仕事が多く、多少の危険を犯してでも、情報を持ち帰る事が求められていた。

 冒険者も人なので、死は勿論の事、四肢の欠損を負うのは嫌だ。

 しかし、それ等を肩代わりしたり、元に戻せるだけの保障や保険、技術的なモノが有ればどうか。

 事前にリターンや、リ・スポーンの場所と自分の身体や精神状態、装備品をセーブ出来るのなら、死に戻りやゾンビ・アタックで、進めるだけ進む事も可能だ。

 ただ、セーブ後の記憶は引き継げないので、残機と報酬金は減る。三回リ・スポーンすれば、クエスト終了。ただし、モンスターを弱らせていれば、他のパーティーが楽を出来る。

「新しく出現したのは、典型的な洞窟型ダンジョン。拡張も無い。モンスターはゴブリンのみ。リク君だけでなく、カイ君も連れて来るべきだったかしら……」

「カイが居たら、剥ぎ取り作業が楽でしたね」

 突如、地面から生えた緑色の手が、リクの足を掴む。ゴブリンの待ち伏せだ。

「……ん? なんだ、鬱陶しいな」

 続いて現れたゴブリンの顔を、松明で焼く。そのまま押し込んで、スコップを口の中へ突き刺す。

 ゴブリンは大きく痙攣すると、死に絶えた。

 リクは脚に力を込めて、大きく飛び退きつつ、ポーチから油の入ったビンを取り出し、酸欠と血糊で消えかけの熱を灯す、松明に振り掛ける。そして、中身がアルコールの霧吹きをワン・プッシュし、松明をそのアルコールが漂う空間ごと薙ぐ。

 勢いよく燃えると、眼前にはゴブリンと振り下ろされつつある棍棒。

 予想していたので、リクは松明付きのスコップを使って受け流す。

 ゴブリンは体勢を崩し、また、奇襲を仕掛けたら、目の前が突然明るくなった事により、目が慣れていない。

 夜目が効くのとは違い、光量の増加に耐する環境順応は、魔法や道具で補うのが手っ取り早い。

 が、ゴブリンはシャーマンでもプリーストでもない、ただのゴブリン。

 棍棒を構えるよりも早く、リクの松明が足を焼く。リーチの差を上手く使い、狙いやすい部分を攻撃し、怯んだ時に急所を穿つ。

 また灯りが消え失せた。

「……次はいませんね」

「そうね、この規模のダンジョンなら、エンカウントするのは一、二体が精々でしょう」

「でもウェル様。二体目のゴブリンって、どこに居たんですか?」

「その辺の壁からです。壁を掘っていたのか、壁の中にポップしたのかは、分からないけど」

 ウェルと呼ばれた女性は、リクの近くに積もった土砂を指す。

 松明を再び灯して近づく。中を見ると、横穴にはなっていない。窪みのようなモノだ。

「回収は私がやりましょう」

 討伐報酬としての証拠である耳を削ぎ、心臓辺りから魔石を取るウェル。

 両方無いと、報酬は出ない。過去にテイムのスキル持ちが、成果を水増しした事がある為だ。

 殺しても耳だけが討伐した証だった頃、捕まえたり、狙って耳だけを落とすように戦う冒険者もいた。

 そうすると、当然ゴブリンの数は増える。また、耳を落とされたゴブリンは人間を恨むし、より攻撃的になる。その親を見て子供は育ち、人間を好んで襲う。死体は親が損壊する為の道具、女の生け捕りはオスの子供を産ませ、男は狩りの的扱い。もしくはメスのペット。

 人の弱点を知ったゴブリンは、より対人戦闘が得意になる。世代が進むと、もう別種のゴブリンだ。そうやって亜種が生まれる。

 ダンジョンではこのサイクルが短いので、多くの亜種が居る場所も存在する。

「カイ君もいいけど、ソラちゃんの方が、もっと楽になったかも」

「でも、育成に掛かる時間が長いです。選別もするなら、このダンジョンだと、ゴブリンだけになります」

 もうそろそろで、ボスが待ち構えている部屋に出る。このダンジョンはほとんど一本道で、ゴブリンしか遭遇していない。

 ここは新しく出来たダンジョンだが、出来立てだったようで、チュートリアル用のダンジョンみたいなモノ。

 いや、偵察の冒険者で、殺し回れる程の弱いスペックなら、練習用のダンジョン以下となる。

「それもデータ取りの一貫です。しかしまぁ、荷物が多くなってきましたね」

「帰りますか?」

「ボスの部屋に着いたら、そうしましょう。雑魚とは言え、ゴブリンを殺し過ぎて、ダンジョンの収縮に巻き込まれたら、下手すると死にますからね」

 ダンジョン内に長く留まり、延々とモンスターを殺し続けると、ダンジョンの成長や拡張が止まって、自己崩壊したりする。

 外の世界でも、たまに収縮する事があり、陸地や海ごと消えてしまう。それに巻き込まれると、人間や動物を含め、家や武器等も無くなってしまうのだ。

 外界の拡張した土地は、未調査のままだと消失する期間が早く、調査を進めると、収縮する期間は延びる。

 地図の作成や地質、植物の調査と多岐に渡り、結果としてただの土地だったりもするが、拡張した土地の中に村がある等の事例もあった。

 そして、拡張した土地と収縮した土地は、差し引きゼロになる時もあれば、拡張した土地の面積よりも大きく収縮し、その影響で山が削れる事も。

 これの意味するところは、土地ごと動植物の転移。拡張する部分と似通った地図や地質情報を持つ異世界と、合致する現界の部分的な融合だ。

 故に、人と物が入り交じる。だから、異能や魔法、亜人やダンジョンも存在するのだ。

「着きましたね」

「最奥の間、というか、ボス部屋の境は、木製の質素なドアです」

 リクはマーキングとして、ドアの近くにメイドの格好をした、二頭身の人形を置く。

 拡張していれば目印に、取り込まれたら、新種のモンスターが出現するかもしれない。

 とは言え、ダンジョン・マスターが人間か、エルフ等の亜人ならばの話だ。ゴブリンがマスターなら、ポイントへ還元する前に、八つ当たりするだろう。

 あるいは、斜め上の予想として、贈り物扱いされるか。

 殺さずに立ち去るのだ、相手からすれば理解不能とも思う。一般的には取れる時に取るもの。

 それが命なら尚更だ。わざわざ復讐の機会を与えるくらいなら、ジェノサイドして禍根を断つ方が、後顧の憂いにもならない。

「ウェル様、ブービー・トラップにしますか?」

「それだと、高い確率で死ぬから、却下します」

 リクはポーチから取り出した、時限式のダイナマイトを再びしまう。

「メッセージはどうします?」

「仕込まなくていいから、帰りましょうか」

「はーい……」

 地図を確認すると、変化はしていなかった。

 視線をドアに向ける。ボスはゴブリン系と思われるが、もしかしたらダンジョン・マスターかもしれない。

「ウェル様、二人では難しいでしょうか?」

「ボスがダンジョン・マスターなら、リク君を肉壁にして隙を突けば、何とかなるでしょうね」

 別名、囮作戦である。たまにタンク役がそのまま戦い、本命を食い破る事もあるが、弱い奴は良い装備を纏っていても死ぬ。

「帰りましょう」

「次は最低でも、四人で挑みましょう」

 弱いダンジョンでも、確実性を求めるなら、物量で押し込むのがセオリーとなる。経験値やアイテムのランクが下がるとしても、ダンジョンを潰す事には変わらない。

 冒険者として重要なのは、情報収集の手段と複数の情報をすり合わせた結果。それを元に兵士や傭兵、狩猟者や武道家が動く。

 可能なら冒険者のみで動く事も、ギルドから許可されているものの、偵察は最低でも三人から六人はいる。主力と支援はもっと必要となり、必然的にパーティーの人数は多くなる。全員合わせると、一個小隊規模となる事もザラだ。

 人員がどうしても足りない場所は、ギルドに所属する者全てが、一つのパーティーとなって動く。

 それでも足りない時は、奴隷や孤児、浮浪者を徴兵の如く駆り出す。まだ足りないなら、複数のギルドで連合を組織し、掛け持ちで各クエストを処理する。

 ゴーレムやモンスターを、頭数に入れないのは、人間による互助会的な組織の恩恵を、受けにくい為だ。

 ドラゴンがギルドの戦力になる事はあるものの、ギルドがドラゴンを守れる保障は低い。ドラゴンに害を成す存在を、ギルドでどうにか出来るなら、ドラゴンを頼る必要も無いだろう。

 それだけ、ドラゴンは強い存在だし、人間よりも亜人のステータスが、上になりやすい。

 優劣が激しい個人的能力値を、魔法や異能で補うのが、人間の戦い方だ。ドーピングっぽいゴリ押しで、瞬間的火力を底上げし、短期決戦で打倒する。

 ただし、亜人側も可能な技術である為、多種多様な手数を繰り出す必要があり、その為には魔法を射出する道具を携帯しなければならない。当然だが、多ければかさ張る。

 そこで、異空間に仕舞えるよう、魔法技術と魔道具の技術、異能力を再現する科学力を持って、大容量且つ、多種多様な手段と目的に応じるべく、ある端末機が造られた。

 が、出来上がったモノはダンジョン・コアの劣化版とも言える代物。登録した者の知識や記憶情報に左右されやすく、電力の残量によっては十全に使えない。また、情報からコンバートした武器も実物と比べて脆かった。

 自分の力量に応じた、モンスターも仕舞えるし、魔法も仕舞える。

 だが、自分よりも上の存在には、まずそれらが通用しないので、使い勝手が悪かった。あと、値段が小国の国家予算並みと、べらぼうに高い。

 それをウェルは持っている。いや、正確には借りているか。

 製作にあたって、様々な異能や魔法が集められた。そして、ウェルが持つ異能も端末機へと使われているので、対価としてレンタルが可能だったのだ。

 なので、本来ならウェルだけでもここのダンジョンは潰せる。それだけの戦闘経験も持ち合わせているので、異能を使わなくても、下級程度のダンジョン・マスターは殺せる。

 ウェルの持つ能力名は、マクスウェルの悪魔。熱や電力を情報として仕切る事で、文字情報等を現実へと変換し、実物の武具を産み出せる。

 魔力や魔法、モンスターの素材を指定し範囲内のモノを直接、熱や電力に変換する事も可能だ。

 ただし、変換には集中力が必要となり、予想外な事態に陥ると変換出来ず、かなりのダメージを負う。なので、生物やアンデット系のモンスターも含め、意思を持つ存在は物理的に黙らせるしかない。

 強力な能力ではあるが故に、使える場面が限られる、という見本でもある。

「そう言えば、今日は赤字ですね」

「ゴブリンの魔石が二十個。対して油やアルコール、松明の消耗にスコップの耐久力低下。まぁ、堅実な生存率を鑑みれば、赤字でも仕方ないでしょうね」

「カイは期待出来ない。ソラは順当な稼ぎ。俺は不安定。というか、今回は赤字」

 リク個人の冒険者としての稼ぎは、薬草採取やダンジョン探索のサポート、適度に外のモンスターを狩るくらいなので、日給は低い。

 ウェルは回復魔法や解呪で、ギルドの冒険者達から、金を巻き上げる。ついでに寄付金の募集もするし、孤児院の遣り繰りもある。神官としての下準備もあり、司教クラスの説教へ、信者を集めたり、場所の掃除も行う。

 また、特許料の一部も入るので、一番稼いでいる。

 それでも資金が足りない。

 だから偵察もするし、孤児院で面倒を見ている者すら働かせる。

 皆で稼ぎ、一体何に金を使うのかと言うと、異能の行使に伴う使用料の支払いと、段階的な買い取りだ。

 異能は持っているだけなら、何も言われないが、使うと使用料を国から支払うように請求される。

 カイが持つ異能の使用料は、ギルドの経費で落ちるよう、行政方面から根回し済み。ウェルの場合は、能力の行使に関する権利自体を、特許料を貯めたもので買い取ってあった。

 その為リクやソラ、その他の孤児が使う異能の支払いが大きい。

 使用料金は異能の危険性や、戦力のランクに応じ、十段階で分け、それぞれの階級で一定の金額となっている。

 後天的なモノについては、特に使用料は取られない。場所によっては、使うと罰金が課せられる程度だ。

 リクの異能は魅了。古典的な異能だが、男女関係無く、相手を骨抜きに出来る。しかもモンスターにも効く。

 ただし、強い魅了を使うと、使用料がとんでもなく高くなる。

 あと、解除した時の反動も強く、相手の好感度は下へ突き抜け、リクは常に、死と隣り合わせで生活しなければならない。

 魅了と似た異能に、カリスマがある。こちらもデメリットがあり、パーティーを率いて負けると、仲間から色々とむしりとられる。

 こうした能力の根底にあるのは、信頼や信用だ。

 好感度等は、個人的に好きかどうかとも言える。

 個人の感受性によって、信用とかはバラつきやすい。とてもではないが、パラメーターとして表示されたとしても、その数値は平均値なのか、背後関係を加味した値なのか、今一つ懐疑的となる。

 が、わざと落とす事も出来るし、時間を掛けて上げる事も可能というモノ。これは運気よりも現実に反映されやすい。信頼や信用は見えないが、目に見える形として、紙幣や硬貨が存在する。ならば、相手への信頼、または国家としての信用を、引き合いに出すのも頷ける。

 リクは下級クエストを受ける傍ら、町中を駆け回り、周りの通行人へと元気良く挨拶していく。この時、笑顔で相手の目を見る。自分より幼い子供には握手もするし、困っている人を手助けする際、さりげなく肩や膝へと、接触するように心掛けていた。

 これは初対面の相手でも、もしくは見知った人でも、良い印象が残りやすく、安心感や親近感を感じる。信頼関係を築く為、最小限で出来る技術だ。

 これは異能を用いていないので、使用料を取られる事もない。

 第一印象をほとんど崩さない様に接触し、優しい少年であると周りに認識させる。徹底して善人を装うのは、魅了を悪用したと吹聴された場合の、ある種の保険でもある。

 更に言うと、嘘つきの究極形は正直者という言葉があり、他人を気遣い、下級とはいえクエストを毎日受ける。そんな社畜のような存在を、悪く言う人は少ない。

 そうして、味方になってくれる人を増やし、冒険者としての顔を広げる。

 リク自身の戦闘力は高くないが、顔の広さ、フットワークの軽さで、先輩後輩を問わず、冒険者同士の懐に入り込めた。

 この町はさほど大きくは無いので、異性への出会いが少ないと愚痴る人もいる。

 良くあるのは、冒険者の男がパン屋で働く少女と付き合いたい。しかし、幼馴染の青年と付き合っているらしい。不自然にならない様に別れさせたい。

 そこでリクに頼む。幼馴染の青年と接触し、それとなく話を聞いていく。腐れ縁なので、別に少女とこのまま添い遂げたい訳ではない。と口を滑らせる事が多く、リクは独身の女冒険者を紹介し、ちょっと火遊びめいた感じで、青年と女冒険者の背中を押す。

 上手くいけばカップルが二組出来る。上手くいかない時は、男に甲斐性を見出だせなかった少女と、女冒険者の乙女心を弄び、やっぱりガサツな女性は無理と悟った青年が、そのままくっ付く。あとはあまり者同士で、パーティーを組む程度だろう。

 ちなみに、リクにヘイトは集中しない。例え男の冒険者が恨んだとしても、頼み込んだ結果でしかなく、女冒険者は婚期が遠退く。青年と少女の信頼は失うかもしれないが、またコツコツと信用して貰うように、印象操作していくだけだ。

 失う事を前提に、信用や信頼を積み立てる。これはお金と同じだ。使って減るのが怖くては、お金は回らない。

 逆に男を、社会的に責める事が可能だ。弱みや脅す材料として、別の女性に、独身男性の情報として売れる。

 まぁ、一般的な冒険者の個人情報なんて、二束三文もすれば良い方だ。

 リクのカップリング成功率は、異能無しで四割、異能を使えばもっと簡略化出来る。それこそ、人間関係を気にしなければ、町中の独身者が既婚者ないしは、童貞や処女をゼロに出来た。

 ロリとショタをベッドインさせる事も、未亡人に操を捨てさせる事も、リクの魅了なら容易い。

 しかしながら、そんな事をすれば、ウェルが黙っていない。

 魅了の能力も万全ではなく、ウェルの異能、魔法技術、近接格闘、どれをとってもリクを軽く捻る程の、歴然とした差がある。

 孤児院でウェルに逆らえる子供は居ないのだ。

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