悪いスキルを有効活用してみた

元音ヴェル

第1話 プロローグ

 とある冒険者ギルドへ、まだ幼さが残る顔立ちをした、少年が持ち場に着く。

 彼は神官見習いのカイ。近くにいる受付嬢と、監視役の冒険者に挨拶をする。

「おはようございます」

 少年より年上の、受付嬢は軽く会釈してくれるが、冒険者は首や顎も動かさない。それに、二人とも返事すら返さない。

 受付嬢は最低限の化粧に、地味な制服を着ている。顔立ちは整っているので、流行り物の服装で身を固めれば、そこそこの美人に分類される方だろう。

 冒険者の格好は、革鎧をベースに所々を金属で補強している。髪は角刈り、横顔すら強面なので、指導教官のような風格が、どうしても漂う。

 カイは、古着じみた黒い修道服を着ている。丈が合わない為、裾や袖を捲っているものの、修繕された跡なのか、少し違う黒色の布や糸がツギハギのように目立つ。

 修道服は真正面から見ると、十字に見えるように、デザインがされている。背面はローブで隠すので、バック・パックや武器を固定するベルトがあった。

 ただ、カイの場合はローブを纏うと、少し強めの風が吹くだけで、修道服と一緒にローブが波うち、着崩れてしまう。なので、ローブは袖を使って腰に巻きつけている。

「今日はどんな用件でしょう?」

「昨日の夜に解呪申請があった。ダンジョンの偵察時にモンスターとエンゲージ。素材と未鑑定のアイテムを回収。その際に怨恨値が溜まり、装備していた防具と、剥ぎ取りナイフが呪われたようだ」

 冒険者が受付嬢から貰った、申し送りに関する報告書を読む。

「と、言う事は、下級の解呪。複数だから中級ですか」

「三人分。と言いたいが、一人は靴だけだ」

 呪われた物を解呪する事が出来るのは、比較的簡単な下級だろうと、一度に請け負えるのが、新人の神官で二、三回が限度となる。

 ベテランなら十近くは下級の解呪が可能。

 ただし、中級は呪いの質が違う。怨念の未練が実体化する事もあり、その場でゴースト・ハントもするし、戦闘後の浄化作業もある。

 怨恨や怨念等の負のエネルギーを放置すると、最悪の場合は生きたままアンデット化したり、てられて魔が差し、犯罪に手を染める者も出て来てしまう。

「分かりました。隔離室へ向かいます」

 カイは冒険者を後ろに従えるようにして、重傷人や死にかけの冒険者、兵士を押し込む部屋へと移動する。

 市街地戦でトリアージの際にも手遅れな人を押し込み、絶望して発狂する事があったとしても、防音仕様なので、ほとんど外へは聞こえない。

 それに場所が場所なので、隔離室を浄化しても、すぐに負のエネルギーが溜まる。呪いが活性化し、侵攻速度が早まりやすい。

 何の変哲もない剣を放置し、一週間後に見に行くと、呪われた剣となっていたりもするのだ。ネズミの場合はアンデット化してしまう。餓死したからではなく、負のエネルギーを過剰吸収した事による、モンスター化という実験結果もあるのだ。

「……うぅ、やっと来たか」

「遅いんだよ!」

 室内は非常に殺伐としていた。負のエネルギー云々は元より、隔離された事による心理的な悪印象、それと元々の性格やメンバーの関係性、呪われた事による管理能力の欠如、責任の押し付け合いもあるだろう。

 呪われたモノにもよるが、下級だとイライラしやすい。下級が重複して中級になると、不眠症に悩まされる。

 最初から中級だと、攻撃的且つ言動の矛盾、殺人衝動や自虐、自傷行為が少しずつ見られる。

 成長すると、倫理観の逆転や殺気を周りに撒き散らす。

 ちなみに上級の呪いは殺戮に効率的な行動を起こす。挙げ句の果ては悪霊に乗っ取られてしまう。そして、経験値を積んだゾンビに成る。

 モンスター化しても成長や進化があるようなので、ゾンビが生きた者を噛むだけで、生きたままアンデット化し、次々と増えていく事例もある。

 ゾンビを初めとした、雑魚のモンスターは大抵がヤバい存在に成ってしまう。

 故に、スライムやゴブリンはスレイしなければならない。サーチアンドデストロイが、冒険者の義務であり、それがダンジョンだろうと森の中だろうと、遭遇したなら狩るのだ。

「では、早速ですが、解呪します」

「ちょっと待ってくれ。こんなガキが解呪するのか? というか、出来るのか?」

「えぇ、外すだけならとても簡単ですから」

 カイの目の前に立っているのが、リーダー格なのだろう。一人は壁に背中を付けて、貧乏揺すりをしている。もう一人は床で寝ている、というか仲間内で争い、半殺しにされていた。

 恐らく、一番呪いが軽い冒険者だったのだろう。

「本来は中級で銀貨一枚、下級は銅貨五枚。なのですが……」

 カイが後ろの監視役を見る。

「隔離室での呪いの成長。及び、神官見習いが解呪するという、信用性の低さを勘定に乗せ、特別価格で行う。中級解呪は銅貨五枚。下級解呪は銅貨一枚だ。嫌なら、真っ当な神官を連れてくるぞ」

 神官が遅くなれば、冒険者は三人から減っていき、運が悪いとゼロにもなるだろう。しかも適正価格なので高い。あと、内輪揉めの治療は別料金になる。

「なら、そいつでいい。さっさとやれ!」

「強奪、終わりました」

 防具とナイフをいつの間にか、カイが持っていたので、リーダー格の男は首を傾げる。

「……いや、神聖魔法は?」

 その問いには答えず、壁に寄りかかっている男から、手袋とバックラー、外套を取る。

「強奪……強奪。はい、解呪は全て無事に終わりました。勘定はこの人にお願いします」

 最後に、倒れている男の靴を外す。

「おい、このガキは何なんだ?」

 壁に寄りかかって、貧乏揺すりをしていた男が、監視役に詰め寄る。

「その質問には、受付嬢が答えてくれる。まずは金を払ってくれ」

 リーダーが痛めつけた男から、銅貨を盗み、もう一人からも銅貨を出させる。そして、自分の分は盗んだ銅貨で払う。

「……三人分の支払いを確認した。聖水はいるか?」

「いらねーよ! おい、ボコッちまったそいつを叩き起こせ!」

「テメーの一発が重かったんだから、テメーが起こせや!」

 良く見ると、リーダーも含めて、三人の男達は打撲傷や擦過傷がある。一人を徹底的に、殴る蹴るといった暴行を二人で行い、次は二人で争い合ったが、そこそこ拮抗状態だったと思われる。なので、カイ達が来るのが更に遅れれば、半殺しにした二人を残った一人が、死体蹴りにしていたかもしれない。

 まぁ、呪われた場合、こうしたチームの亀裂や不和は、ほぼ必ず起こり得る。

 そして、基本的に解呪、もしくは解呪に相当する事によって、呪いが解けると、徐々に普段通りに戻り、お礼参りや謝罪合戦でギクシャクしてしまう。

「さっさと出てもらおうか。お前等の血や小便を片付けるんだが、お前等がやるか? それとも仲間を治療して、話し合いの場を設けるか?」

「片付けるのでしたら、銅貨一枚をお返ししますよ」

 男二人は少し考え、部屋を見渡すと、床に臥せている男を、二人係りで運び出す。

「……手伝ってくれても、いいんですけどねぇ」

「てめぇのケツも拭かないか。まぁ、自分以外の糞尿やゲロが、まるで年輪のように、積み重ねてあるかもしれないからな。仕方ないか」

「ついこの前、掃除したんですけど……」

 呪いが上級に近い中級の場合、生理現象が止まる事もある。下級では飢えや渇き、排泄や発汗は止まらないので、解呪するまで垂れ流しで過ごすしかない。ただ、呪われた物は基本的に、自力では外せないので、下級の呪われた仮面とかだと、栄養失調で死に至る。

 剣の場合は、手が片方だけ塞がるものの、打ち合いの際に汗で外れたり、握力が弱まって取り落とす事が無くなる。

 また、呪いが成長やら進化やらして、下級から上級までに至ると、九十九神のように、道具が自我を得る事もあるとか。

 強奪して得た呪いの武具を持ち、カイは部屋の片隅へ歩く。壁の煉瓦を操作して、隠してあるモノをスライドさせ、壁から少し離す。

 それは黒い箱だ。中身が聖水で満たしてあるのを確認して、黒い色合いをした、鉄の箱に漬け込む。更に、箱の周りには円を描く様に浄めた塩を盛っていく。

 純粋な鉄と浄めた塩は、東西を問わず、オカルト関係に良く効くとされている。聖水はぶっちゃけると、その辺の井戸水や川の水とかを、信仰やら聖力による付加価値で、さも効果がある様にしている商品だ。

 確かにアンデットへの効果はあるが、聖水そのものを介した、生産された場所の信仰心や徳が、その中身となっている。つまり、本人ではなく、他人の心がアンデットの弱体化を補っているのだ。

 霊能力者は悪霊に語り掛けて、時間を掛けてでも成仏や昇天を促す。だが、宗教の聖職者は拳で殴るかの如く、信仰心をぶつけて考える暇を与えず、力ずくでの強要によって、昇天や成仏させていく。

 銃や剣を使い、悪霊や悪魔を退治するのは、自分達の宗教に合わない、もしくは邪魔する連中を、可及的速やかに排除する為だ。

 それが異教徒だろうと、モンスターだろうと、消してしまえばいい。と言う過激な連中が目立つから、定着しているのが現状だ。

 しばらくして箱の蓋を閉じ、監視役の冒険者がスライドさせるレールまで押すと、再び隠してしまう。

「どの程度で浄化は終わる?」

「今回は三日くらい、でしょうかね」

「あの冒険者が復帰するのに、個人個人なら、休暇と仲間へのお礼参りを挟んで、早くても明後日からとなるか。遅いと、パーティーの整理とかでごたつくが、可能性の話だ」

 話しを聞きつつ、カイ一人で吐瀉物や血痕、糞尿を片付けていく。

 監視役は力仕事以外は、カイの見張りに徹している。

「……給料天引きで違約金の支払いを」

「はっ、今回の取り分でチャラだ」

 薄利多売、加えて薄給。オマケに監視付き。

 何故なら、カイのスキルが危険視されている為だ。

 スキルは異能力に分類される。先天的なモノと言われていた。

 魔法は後天的異能力とも言われ、教えて身に付く異能力。

 先天的異能力は例え、他人とかぶったとしても、指導して身に付く事は無い。

 だが、後天的異能力は努力次第で習得可能。

 スキルは本人が強く望んだモノが発現しやすいのだが、またに変な方向へと延びる。そして、良い悪いに関係なく、チカラに振り回される奴が出て来る。

 強力なモノほど制御が難しい上、自制心が緩みやすくなるのだ。

 ただ、カイの場合はちょっと違う。登録の際にスキルを話した結果、監視付きでスキルを活用する方向となったのだ。

 何も悪い事をしていないが、スキルについて黙っていると、あらぬ冤罪を吹っ掛けられてしまう。ならば、個人的信用がゼロに近いうちに、所有するスキルについて知ってもらう方が、途中からドロップアウトするよりは、だいぶマシだ。

 こそこそと使うのも、見咎められた時のリスク。そこからの風評被害での信用失墜を考えると、ダメージが大きいと思われる。

 それに、スキル等の先天的異能力は使わないと、いざと言う時に巧く扱えないリスクもある。また、能力が性格を歪める可能性もあるとか無いとか。

 とにかく、カイは多少の打算も込みでだが、ギルド職員や監視役の冒険者達からは、馬鹿正直な奴として見られている。

 実際、不正なスキルの行使は、今まで無い。

 年齢的には、生意気やら反抗的な態度も考えられるのだが、追跡調査で、生まれ故郷での生活態度とかを調べ上げたが、可もなく不可もなかった。

 やや閉鎖的な村の出身で、魂も普通。スキル名も申告通り、ただ、本人が全容を把握しているのかは、鑑定した職員でも分からない。それに、スキルは類似したモノを参考にする程度なので、鑑定しても全てが判る訳でも無い。

 監視役が複数いるのも、スキルの行使時に変な事が起こらないか、または、どの程度まで使えるかを調べる目的がある。

 結果、中級までの呪われた武具は、承諾無しでも強奪可能。財布の中身から、指定された金額を抜き取る事も可能。

 権力の場合は、ギルド内ならギルド・マスターの印鑑を、ギルド・マスターと閉まってある場所から離れていても、印鑑を手元に持てる。

 人体実験もした。ピアスや指輪、腕の中に残った鉄片、回収可能。臓器や骨も、生きたまま抜き取れる。モンスターからは魔石や延髄、固有器官も、存在を知れば生きたまま取り出せる。

 スキルも認識すれば、劣化したモノを使えるが、使うと消える。魔法も放たれた火球の制御を奪える。しかしながら、この辺りは真偽不明。スキルは使えば強化され、更にパワーアップするので、今後もどうなるかは分からないのだ。

 チート並みのスキルだが、だからこそ自己申告したともとれる。もしくは、スキルへの風評被害がどうしても立つので、良いように売り込む方が、立ち回るのも楽と考えたのだろうか。

 こればかりはカイのみぞ知る事だし、一周回ってアホの子なのかもしれない。

 当然、ギルド内ではスキルの有効範囲や効果が、どうしようもなく危険極まりない。と、訴える監視役や職員が出て来る。

 だが、まだ問題を起こしていない。スキルへの偏見だけで監禁するのは難しい。

 それに、スキルは危険でも、所有している本人はまだ、成人すらしていない子供だ。ギルドが飼い慣らせるように調教すれば、その異能力がもたらす影響力は、莫大な富と利権に化ける。

 そこで与えたのが、実験や実践の時からの方便である神官見習いの役職。

 薄利多売且つ、神官専用の仕事を独占的に取り扱える環境。衣食住は神官が住む修道院兼孤児院。

 そこの神官は、ギルド専属で常駐している訳ではない。孤児院の経営の為、出張して解呪や治療を施すのだ。その傍ら冒険者と一緒にダンジョンへ潜り、未開拓の森や平原を調査するのに忙しい事もある。

 だから、神官見習いを代わりに常駐させ、孤児院にカイを住まわせる事は、そう難しい事ではなかった。

 一人増えたところで、エンゲル係数はそこまで増えない。それどころか、カイの給料から家賃と食費を引く事で、僅かだがあてに出来る。

 ちなみに、カイの給料は一ヶ月で銀貨五枚と銅貨が数枚しかない。これは天引きされる金額を抜きにした、基本給だ。毎回の解呪で天引きされるので、働けば働くほどマイナスになりやすい。お蔭で食費しか残らず、毎月の家賃は滞納気味だ。

 しかし、孤児院には寄付や喜捨もある。足りない分を神官が遣り繰りしてきた。つまり、家賃とは名ばかりの孤児への寄付金である。

 寄付金が、借金としてロンダリングっぽくされ、金でカイを縛る為の方便でもある。

 その事には、何となく気付いているが、家賃滞納には代わりなく、ギルドや神官の息が掛かった、弁護士もいるので、裁判は必ず敗訴してしまう。

 今回の仕事にしても、取り分と違約金がトントンである。武具のレンタル代は、中古品の使い回しなので無料。また、カイの事を説明した以上、呪いの浄化には時間が掛かる事を伝えてあるはず。

 使う聖水はほぼネームバリュー、塩や鉄の箱は経費で落ちる。

 まさに生かさず殺さず。

「魔法の本は、何時になったら買えるのかな……」

「盗めばいいだろ?」

 分かっていて、笑えない提案を口にする監視役に、カイは嘆息する。

 そんな事をすれば、嬉々として警察やギルドから、吊し上げられてしまう。

 そして、奴隷よりも酷いモルモットにされ、使い勝手のいい駒として一生を費やす。

 異能スキルを隠しても、別の異能で看破される上、悪事に使えば牢獄行き。そんな風評被害が酷いモノは幾つも存在する。どんな異能も使い手と使い方次第で、良くも悪くもなると、カイを引き取った神官は言っていた。

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