薄桃色の心、黒々と壊されて。【中上】
横断歩道を渡ると、右手から銀色の車が走って来ました。私が信号無視してしまった訳ではありません。ちゃんと歩行者用信号は青でした。ですがその車は急に加速し、私に向かってきました。私が異様なエンジン音に気付いてそちらを向く頃にはもう50mはない所まで近付いてきていて、走り出そうとした頃にはもう手遅れでした。私は車に撥ね飛ばされ、引き摺られ、最後に見たのは赤色の血が飛び散った黒いアスファルトと横断歩道でした。私の血は思ったよりも明るい色をしていました。性格の暗さと血の色の明るさは関係しないということを学びました。車のドアが開く音、誰かが歩いてくる音、何か恐ろしい物を見たような驚いた声、誰かが走り去る音、車のドアが閉まる音、車が走り去る音、それらを聞きながら私の意識は遠のいていきました。
なんだかありきたりな、白い壁に囲まれた部屋。私は白色の掛け布団を捲って、そのベッドの上に起きました。少しバランスが崩れたのを疑問に思いながら、ピッ、ピッ、という規則正しい音が聞こえるのに気付きました。その方へ向くと、折れ線グラフの様なものと数字が書かれたテレビの様な機械が見えました。それが心電図モニターと呼ばれる事は後で知りました。私だって分かります。この場所は病室です。ここで私は車に撥ねられた事を思い出し、その経緯を頭の中で再生していると、ドアが開き、バインダーを持った看護師さんが入って来ました。看護師さんは私が起きている事に気付くと、私に声を掛け、私が返事したのを受けて「先生をお呼びしますね」と言って部屋を出ていきました。しばらくするとまたドアがゆっくりと開き、白衣を着た男の人が入ってきました。男の人は「落ち着いて聞いてください」と言った後、話を始めました。まず、事故が起こった後に通りがかった車の運転手が倒れている私を見つけ、救急車を呼んでくれた事。そして次に、布団を捲ってくださいと言いました。言われた通りに捲ると、そこにはあるはずのものがありませんでした。いつも下を向いていた私にとって、恐らく何よりも長い間見ていたものです。それは、両脚でした。起きる時、バランスが崩れたのはこの為でした。両脚が無くなったのを理解した後、最初に思ったのが恐怖や動揺などではなく「何で今の今まで気づかなかったのだろう」という疑問だった理由は死ぬまで分からない事でしょう。男の人は私がそんなに驚かない事を不思議に思わなかった様で、何故こんな事になったかその経緯を話しました。私は男の人が驚かなかったことの方が驚きでした。医者だからといって、こんな患者は軍医でもない限りなかなか見ないでしょうに。男の人は簡潔に話を終えた後、「それでは御家族をお呼びしますね」と言って椅子から立ち上がりました。部屋を出る前に今日の日付を聞くと、お父さんと喧嘩した日から7ヵ月経っている事を知りました。
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