第25話※※※自動防衛機構※※※

「――っ。ぐっ……」

 桐恵の声で急に体が動かなくなり未紗は刀を振り上げたままピタリと止まった。

 それは未紗に対するもう一つの首輪――〈本来の首輪〉というべきか、波川桐恵による行動制御であった。長い間桐恵の知覚と接続していた影響なのか、未紗は桐恵の言葉を自身のものと認識し桐恵の言葉で制御されるようになっていた。ただし、料理を作れだとか誰かを攻撃しろだとかそのような複雑な行動が絡む事は利かない。あくまでも止まれ・歩けなど一つの行動に限るがその制御力は本人の意思すら上回るものである。

「桐恵……どうして……」

「刀を離して。未紗」

 未紗の身体は否応なしに手を広げ、刀は足元へと落ちて転がった。その隙に香取警部は神木副局長を引きずって部屋の隅へ移動し、そこで彼の傷の応急手当てを始める。未紗の腕を後ろから誰かがそっと下ろした。制御の解除は桐恵が未紗に触れる事だ。振り返ると桐恵が真剣な表情で未紗を見下ろしていた。

「もう勝負はついたわ。神木副局長は喉に受けた衝撃ですぐに喋ることが出来ないのよ」

 そう言って桐恵はお疲れ様、と拾って来てくれた大天那と小桜丸を未紗に差し出す。未紗は黙って刀を受け取ると鞘に戻した。

「……頭が痛い」

「あれだけ派手に蹴られれば痛いでしょう。未紗も手当てするからこっちにいらっしゃい」

 桐恵は未紗を選手に囲まれていた輪から連れ出そうと手を引いた。すると突然警告音が鳴り響いたかと思うと周囲を取り囲んでいた選手が一斉に未紗へ銃口を向けた。

「なんだ、これは」

「神木さん。これは一体どういうことです」

 桐恵が訊ねると、神木副局長はようやく落ち着いたのか、仄かに笑うと痛みを残している声で教えてくれた。

「……首輪のない佐々木未紗さんを人類の脅威対象として合法的に通報させてもらいました。攻撃対象になりましたので抵抗すれば死にますよ」

「約束が違うじゃない」

 睨み付ける桐恵に対し神木副局長は、通報は義務ですとさも当然と言い放った。

「僕のプロジェクトというのは自動防衛機構を使ったこの特殊部隊の事なのです。自動防衛機構というのは〈二重知覚オーバーパーセプション〉の磁場を使用しその脳内に蓄積された殺人行動を人為的に使用させるシステムです。実は佐々木さんがこの局に来てから稼働させていて、磁場は敷地内全体を覆っていたのですよ。この影響下では本来の〈二重知覚オーバーパーセプション〉と違い選手とサポーターに分ける必要はありません。いうなればサポーターが蓄積された殺人行動で、全員が選手であるようなものです。自身に向けられた殺意や敵意に対応して、やられたらやりかえす。相手が斬りかかれば切り返す。撃たれたら避ける。一度動けばドミノ倒しのように波が広がって自動人形のように反射運動を繰り返すようになっています。だから、先程は殺意の存在しない波川局長に対しては動かなかったのです。

 ただ受動的だと防戦一方になってしまいますので、条件付けをトリガーにして自発的に殺人行動を起こす事もできますよ。その条件はなんでも構いません。行動を登録するには条件と行動を声に出す事です。この説明で何か覚えがありませんか。……えぇ、その通りです。あの誘拐未遂犯は 『振り向けば撃つ』と言ったでしょう。つまり振り向くという相手の動作で彼は意識せずに引き金を引いていたのです。振り向かなくて正解でしたね。佐々木さん。

 現在殺人行動を起こす方法は三種類あるのですが、この自動防衛機構がまず一つ目。そして二つ目は東方さんの場合。あれはこのような強制タイプではなく本当に本能的な反射で動いたものです。生存への意志が一定値を越えたことでサザナミの制御が外れ、あの場での最善の行動を無意識に選択したわけですね。偶発的だったとはいえ彼女こそ私のプロジェクトの理想形態。実験は成功したと言えるでしょう。しかしそれにしても波川局長……貴方まで戦闘行為が行えるとは僕にとって本当に予想外でした。貴方のように意識を俯瞰する方法。いわゆる《すり抜け》と呼ばれる方法が三つ目なのですが……この判別がしにくいすり抜け程厄介なものはありません。

 現在通報により隊員は戦闘態勢に入っていますので僕が号令をかければ佐々木さんへの攻撃が始まります。ここで大人しく佐々木さんには退場してもらいたいところですが、波川局長はそれを良しとしないでしょうし、それにこのままだと殺意が感知されない波川局長が全員殺してしまいそうです。僕としてはすり抜けである危険因子をやはりここで排除しておきたいですし、佐々木さんと波川局長両方を排除する条件に変更したいと思います」

「――っ、謙心やめろ!」

 察した香取警部の制止も間に合わず、神木副局長が命令を下した。

「――抵抗する者を殺せ」

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