第24話※※※決闘※※※

 銃弾は彼の頬を掠め、傷口からじわりと血が滲んだ。

「……次は当てるわ」

 桐恵は苦々しく言う。

「……っ、そこまでだ。波川桐恵。謙心もその辺にしておけ」

 香取警部が桐恵に対して麻酔銃を向ける。

「あら、貴方はそちら側につくのね」

 意外だと桐恵は少し驚いた顔をした。

「そちら側もこちら側もない。謙心の話の信憑性はともかく、現にあんたは銃を撃った。それだけだ」

「私はともかく未紗まで殺すって言われて黙っているわけないじゃない」

「ではお二方、僕のプロジェクトの邪魔をしないと約束していただけますか」

「嫌よ」

「お断りします。サザナミを使い続ける事には賛成したいですがもう再構築すると決めたので……神木副局長にも再構築に協力して欲しかったのですが、自分を殺そうとした人物と一緒に仕事は出来ません。そちらが退いてくれると非常に助かります」

 未紗は一応の提案をしてみたが、神木副局長は静かに首を振った。

「それは僕も出来かねますね。そこで提案したいのですが、決闘はどうでしょう。僕は自分のプロジェクトによる新システムを使います。佐々木さんは〈二重知覚オーバーパーセプション〉を使ってください。そして僕と佐々木さんの真剣勝負で勝った方のシステムを使う。わかりやすいでしょう」

「……いいでしょう。わかりました」

 確かに決闘が一番わかりやすく簡単な解決方法だと思う。

「その前に、大天那を回収させてもらいたい。どうも二振りないと落ち着かないので」

「希代の二刀流と謳われた方が一振りだけというのは僕も気になりますのでぜひどうぞ。本当に保管されているのでしょうかね」

「ちゃんとあるわよ」

 心外だと憤慨する桐恵はコンテナ群の一角を指差した。その先を見ると向こうの方から晴夏と典礼がやってくるところで、晴夏の手には大天那が握られていた。

「晴夏。どうして刀の場所がわかったんだ」

 ありがとうと言って受け取ると晴夏は桐恵を見て言った。

「桐恵ちゃんが教えてくれたんだ。神木副局長の話が長いから今のうちに取ってこようと思ってね。一応てんを護衛に」

 そう言えば桐恵が晴夏を突き放す前に何か言っていたように見えた。神木副局長はそんな未紗達をみて声をかける。

「それでは始めましょうか。勝利条件は相手が降参した場合もしくは死亡した場合です。波川局長も晴夏君も典礼さんも、手出しはしないでください。もちろん史人さんもですよ」

「……」

「桐恵、大丈夫だから」

 黙って頷く三人に対して桐恵はしばらく渋っていたが、ようやく銃を仕舞った。

「無銘――なのですけれど、私の刀です」

 神木が腰に履いていた刀をゆっくりと抜刀し構えた。その型が佐々木流と全く同じな事に気がつき未紗は思わず目を見張る。偶然ではないだろう。未紗が佐々木流の頭目とは知っていてもそれがどういうものなのかまでは知らないはずだ。彼の新システムによって蓄積された戦闘行為が未紗のデータである事は紛れもない事実である。

「さて佐々木さん。〈二重知覚オーバーパーセプション〉の準備などはよろしいのですか。あぁ先程波川局長の手出しは禁止と言いましたが〈二重知覚オーバーパーセプション〉なら構いません。言った通り、磁場は同じですので回線さえ開けば使用可能です。これは嘘ではありませんよ。選手の佐々木さんに勝つ事で僕のプロジェクトの実証にもなりますし。ドクターストップといっても使えないわけではないでしょう。この勝負で最後にすればいい。違いますか」

「彼の言う通りよ未紗。というよりドクターストップというのは本当なの……私、初めて聞いたけれど」

「……言うつもりはなかったから。本当だよ。試合の終盤あたりは結構ギリギリだった」

 黙っていた事がバレて気まずいのを誤魔化すように未紗は困ったように笑った。桐恵は悲しそうに目を伏せる。

「私が気づくのがもっと早ければ……」

「まぁ丁度タイミング良く退役になったから良かったかな。……だからもう〈二重知覚オーバーパーセプション〉は使わないよ」

「未紗……」

「それで僕に勝てると思っているのですか。〈二重知覚オーバーパーセプション〉を使わない戦えない貴方に。ご実家は剣舞の名家でしょう。僕も襲名披露は観に行きましたよ。とてもお綺麗でした。ですが、いくら真剣の扱いに長けた剣舞の名家といえど剣術とは違います。降参を薦めます」

 神木副局長は残念そうに言って刀を鞘に納めた。未紗はそんな神木副局長と対称的にヒールを脱いで裸足になり、軽く準備運動を始める。

「妙だとは思わなかったんですか。武道家でもないただの舞踏家である佐々木流剣舞が一族をあげて国防プロジェクトに参加した事を。それも七代目を襲名したばかりだった私を筆頭にですよ。実質的には扱いに困っていた私を追い出してお家騒動を収束させるためだったわけですが……そもそもうちの家に参加の要請が来た一番の理由は佐々木流派の頭目、つまり――免許皆伝がいたからです。そしてその免許皆伝というのは佐々木流剣舞を全て修め且つ、一番剣術が強い人が選ばれます。表向きは剣舞の名家ですが本来佐々木流というのは剣術流派なのです。剣舞はその剣術を型にはめ込んだだけにすぎません」

 そう言って未紗は鞘から大天那を抜き一つ振った。

「でも先輩、いくらなんでもそれでは首輪が発動してしまいませんか」

 典礼が心配して声をかける。

「首輪……あぁ、これか」

 そういうと未紗は赤いストールと共に〈人類の安全装置首輪〉を投げ捨てた。

「これで大丈夫」

「大丈夫じゃないです」

 典礼が真顔で否定する。桐恵は目を丸くしており香取警部はとみると鬼のような形相でこちらを見ていた。今にも銃で撃ってきそうな程、気迫に満ちている。そして晴夏はただ一人だけ、したり顔で頷いていた。

「なんでそんなに得意気なんですか晴夏さん。もしかしてこの事知っていたんですか」

 典礼が晴夏に詰め寄る。その後ろにいる香取警部の無言の圧も増しているようだ。

「知ったのは偶然だよ。一度システムを再起動しただろう。その一瞬、装置が止まった時を狙って未紗は首輪のロックを解除した。あとは首にひっかけるだけだし、そもそもストールで見えないし誰もわからないだろう。襲撃の時に落ちなかったのはすごいと思ったよ。違うかい、未紗」

「ご名答」

 よくわかったな、と未紗は感心して言った。

「部屋から出る時モニターを見たら計測が止まっていたからね。外した可能性も考えていたけれど再起動の影響かもしれないと思って一応一日様子をみたんだ。でもずっと止まっていたから確信したよ。襲撃のこともあったし、今後その未紗の判断が役に立つと思ったから黙っていた。誰にもバレないようにプログラム室に特別な鍵をかけて僕以外開けられないようにしたんだ。感謝してくれよ」

 そう言って晴夏はようやく肩の荷が下りたと笑う。

「報告義務違反……」

「治外法権ですので」

 ぼそりと放たれた香取警部の呟きは晴夏にあっさりと流されてしまった。

 未紗は小さく息を吐き、目の前の神木副局長を見据えて刀を向ける。

「佐々木流七代目が頭目佐々木未紗。銘小桜丸と大天那を以て、いざお相手つかまつる。刀を構えよ、神木謙心」

「あいにく僕には何もありませんので、名前だけ――神木謙心。参ります」

 互いに刀を構え静寂が訪れる。呼吸を合わせ、未紗が先に動いた。一歩踏み出したと同時に相手の刀を払うように切り上げる。しかしそれを見越していたように神木副局長は未紗の刀を受け止めて弾き、間髪入れずに喉を突きにかかる。未紗は刀を返し寸でのところでその切っ先を刀身で止めた。力技では不利である事をわかっているので未紗は両腕で押し返して後ろに飛び距離をとる。一呼吸整え、未紗は再び間合いを測り始めた。試合で着る戦闘服は機動性重視のラインスーツ型のため間合いを測るのが難しかったが、今はスカートでちょうど足も隠れる長さだ。それが袴の役割もしており足の動きで先を読まれることも減る。未紗は相手の足を見ながら出方をうかがった。すると神木副局長が詰め寄ってきた。そのとき左の足が動いたのが見えたため、右側から払いにくるかと咄嗟に身体が警戒態勢に入る。右眼は見えないのでどうしても過剰に反応してしまう。しかしそれは誤算であった。神木副局長は動かした左足を軸にして右足で未紗の頭を蹴り上げた。見えない右側に気を取られていたために相手の右足が視界に入ってくるのが少し遅れた未紗は受け身をとる前に、見事にふっ飛ばされる。

「がはっ……」

 靴で擦れたおかげでこめかみが切れ、血が頬に滴った。蹴られた時の衝撃で大天那も手を離れてしまっている。

「さすがの貴方も、自分には勝てないようですね」

 起き上がるも座り込んでしまった未紗に向かい神木副局長が歩いていく。確かにこれは自分の動きだと未紗は認めざるをえなかった。相手との距離によって刀と体術を使い分けるのもその一つだ。

「そうだな……。さすが私。強い」

 戦闘行為の蓄積は未紗が試合で行ったものが主であるのだろう。その為、佐々木流剣術はほぼ看破されるとみていい。ではほとんど試合で使っていないもの相手ならどうだろう。未紗は右側に佩いていた小桜丸を抜き立ち上がった。

「今度はそちらですか。あまり試合で使った事はないみたいですが……二刀流と言われているのに何故いつも使うのが一振りだけなのか本当は不思議に思っていたのですよ」

 神木副局長は未紗の間合いの外のところでピタリと止まった。

「二刀流って言われているのは所持刀が二振りあるから。何故所持刀が二振りあるのかは両方の手で扱えるから。じゃあ何故小桜丸を使ったり両手で刀を持って戦ったりしなかったのか。答えは簡単。試合がテレビ中継されていたからですよ。我が一族には頭の固い人達がいましてね。これがまたうるさいのです。頭目が刀を二振りも振りまわすのは前例がないだとか小桜丸だけ使えば剣舞のしきたりがどうのこうのと苦情が来るんですよ。剣術においては刀の持ち手などちらでもいいし、試合では剣舞とかもう関係ないんですけれどね。どうも気に入らないようで。仕方がないのでカメラの前では大人しく理想の七代目をこなしていたわけです。文字通り命がけでね」

 泣ける話でしょう、と未紗は呆れ気味に笑っていたが突如として晴れ晴れとした表情になる。

「ですが、ここにはカメラはない。つまり誰にも怒られない。ということは――」

 本領発揮です。と、未紗は驚くほどの身のこなしで間合いを詰めると真っ直ぐに突きかかる。神木副局長は寸でのところでそれを躱すが、未紗は体を捻り躱した方向から回し蹴りを叩きこんだ。

「ぐ……、速い……」

「私、左利きなので剣術は小桜丸の方が動きやすいんです」

 未紗はにこりと笑うと、間髪入れず神木副局長に斬りかかる。幾度も弾かれ距離を取られながらも連撃を続けていくうち、徐々に神木副局長の身体に切り傷が増え次第にその距離が縮まっていく。そして神木副局長がとある一撃を弾いて防いだ瞬間、未紗が体勢を低くし神木副局長の懐へするりと入り込んだかと思うと逆手に持った刀を喉めがけて切り上げる。そして相手が首を逸らし避けたと思うよりも速くそのまま喉の中心へと振り下ろした。しかし、その切っ先が首に触れるより早く神木副局長の左手がそれを防ぎ刀は掌に突き刺さる。

「ち……っ」

 仕留められなかったとわかり未紗は素早く身を引いた。

「佐々木流剣術免許皆伝の技だったんだけれど……」

 未紗は小桜丸についた血をスカートで拭い、神木副局長に問い掛けた。

「降参しますか」

 神木副局長は肩で息をしたまま膝をついており何も答えない。そして咳き込みながら首を振った。

「どちらなのですか。降参ならそう言わないといけないのでしょう。貴方が言ったのですよ。あぁそれとも一番わかりやすいこちらにしますか――」

 未紗は神木副局長に向かって刀を振り上げた。とその時――。

「未紗っ! 止めて!」

 未紗の頭の中に桐恵の声が鮮明に鳴り響いた。

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