第23話※※※神木謙心※※※
「未紗の身柄の引き渡しというよりは直接会う事が目的だったの。見える場所にいればここから連れ出す事も可能よ」
「……残念ながら、サザナミを止める意志がある以上桐恵は私の敵だよ。いや、そんな事より大天那はどこにある。私はそれを返してもらいに来たのだけれど」
「心配しないで。きちんと保管してあるわ。本当は小桜丸も一緒に持ち出すつもりだったのだけれど、あいにくタイミングが悪くて一振りしか持ち出せなかったみたいなの」
「どうして刀を持ち出そうとしたんだ」
未紗の当たり前の質問に、桐恵は当たり前だというようにサラリと返す。
「犯人は未紗と刀を引き離そうとするだろうと推測したからよ。現に爆破されたじゃない」
「確かにそうだけれど……」
それなら二振り供一緒に助けて欲しかったと思うのは傲慢だろうか。危うく小桜丸は焼失するかもしれないところだったのだ。そんな中、晴夏が手を叩いて場の空気を変えようと努める。
「まぁともかくさ、良かったじゃないか。刀も無事、桐恵ちゃんも無事、未紗も無事。桐恵ちゃんの発信でサザナミの運用を考え直さないといけないのは明白だし、あとは議会に任せよう。だから、桐恵ちゃん……その、もうこれでお終いにして元の生活に戻ろう」
遠回しに投降を促す晴夏。しかしそれで引き下がるような桐恵ではない。
「全然良くないわ晴夏くん。何が原因かわからないなんていう貴方じゃないでしょう。その議会が問題なの。サザナミは最初から間違っていたのよ。それに私は穏便に事を進めたいからこうして話し合いの場を設けただけで、それが駄目なら他の手段に移るだけだわ。サザナミを止めて以前の世界に戻る事の何が困ると言うの」
「……殺意が戻ってしまうからだよ」
桐恵の問いに未紗が静かに返答した。桐恵はふわりと笑って言う。
「よく聞いて、未紗。このままサザナミを使い続けると気がついたら誰かを殺しているかもしれない、誰かに急に殺されるかもしれない……そんな世界が訪れるのよ。殺意がなくては防げない。それに国は未紗を軍事利用しようとしている」
「それの――どこがいけないんだ」
未紗は桐恵を説得しようと必死に言葉を続けた。
「突発的に誰かを殺し、突如誰かに殺される。そんなのは
そう訴えるも桐恵は拳銃を指でくるくると回して遊ぶだけであった。
「ふぅん。そう……」
次の瞬間、桐恵は包囲している部隊員の頭をなんの躊躇いもなく銃で撃ち抜く。その表情はいつもと同じで焦りも恐怖も怒りも、そして歓喜もない。未紗達の緊張が一気に高まる。
「大丈夫、私は正気よ。きちんとサザナミの制御下にいるのも間違いないわ。それでもこのようにね、殺意はなくても眉間に向かって引き金を引く事も、心臓に刃を突き立てる事も出来るのよ。《引き金を引く》・《刃を突き立てる》というただの《行為・行動》だもの。それに殺意がないという事は、死ぬとは思っていないのと同じね。それを逆手に取ったというわけ。私は知らなかったけれど、実際そこを突いて各国で何件か殺傷事件の報告が上がり始めていたそうよ。おそらく国防省がこちらへの……というよりは私への報告を止めていたのでしょうね」
そう言って桐恵は前方の部隊員、右後方の部隊員……と頭を次々と撃ち抜いていく。しかし、周りの部隊員達は微動だにしていない。未紗はおろか香取警部もこの異常な光景に動けないでいた。なぜ部隊員達は桐恵を拘束しないのか。
「桐恵、もうやめ――」
「未紗、貴方が言っている現状維持の世界とはこういうものを容認するのと同じ。これが貴方の望んだ守りたい世界なのかしら……」
桐恵は真っ直ぐに未紗を見ていたが次第に目に涙を滲ませ頬に涙が落ちる。そして堰を切ったように震える声で叫んだ。
「私は違うわ……! 私はね……! 私は、ただ……誰も殺さず誰にも殺されない世界が欲しかった……っ! それが、こんな結果になるなんて……! だから私は……!」
未紗は手を差し出して歩きながら桐恵に優しく語りかけた。
「またやり直そう、桐恵。大丈夫、桐恵ならできるよ。殺意を打ち消す際に殺人行動が蓄積されてしまうのであれば、蓄積されない方法を探せばいい。人を殺さないのではなく、人を殺せない世界にしよう」
桐恵は涙を拭うと小さく頷く。
「未紗……私に出来るかしら。でも、未紗がそう言うならやってみるわ」
「それでこそ管理局局長だ。だから新しいシステムを構築する間しばらくは――」
サザナミを継続するようにと言いかけた瞬間、一瞬にして彼女の顔色が変わり未紗に銃口を向けた。未紗は目を見張りやっとのことで声を絞り出した。
「き、桐恵……」
「動かないで」
「残念ですが、そういうわけにはいきません」
後ろから静かに投げかけられた声に驚いて振り向くと、神木副局長が悲しい目をして銃を向けていた。微笑みこそすれ、その瞳はどこまでも冷たく未紗達を見据える。
「サザナミシステムの再構築――殺人行動が蓄積されなくなる。それは非常に困ります」
その時、晴夏がハッと声を上げた。
「あの白書を書いたのは……貴方だったのですね」
神木副局長はにこりとした笑顔でそれに答えた。
「はい」
「そして……水色ウサギの正体も貴方ですよね。神木先生」
晴夏の傍にいた典礼が唐突に口を開いた。周りが一斉に彼の方を向く。
「おや、突然何を言うのかと思えば……言いがかりは止めていただきたいですね」
やんわりと物怖じせず否定する神木副局長へ典礼は矢継ぎ早に畳み掛けた。
「貴方が香取警部から俺を庇って去っていく時、貴方の腕時計がひび割れて止まっていたのが見えました。正直とても驚きましたし信じられませんでした。きっと修理に出すだろうと思い、時計の修理業者に確認をしたのです。案の定、ひび割れた時計が貴方の名前で修理に出されていました。そしてその時計の損傷は……強い衝撃を加えられた事によるものでした」
未紗はウサギが腕で警棒を防いだ時に鈍い音がした事を思い出した。あの音は時計にぶつかったものだったのか。
「時計が壊れたのは火災現場に入った際にぶつけたからですよ」
「では、そのぶつけた箇所に時計の塗料や欠片が付着しているはずですね……確認させていただいてもよろしいですか」
神木副局長が何も答えなかったので典礼はそのまま話を続ける。
「俺を襲った犯人達が俺の階級を知っていたことも、これで説明がつきます。それに神木先生、貴方が俺の顔を知らないはずがないのです。外出許可書の署名には所属や階級の他に身分証明としてきちんと顔写真も載っています。そしてそれを承認するのは波川先生が不在の今、神木先生しかいません」
「――――なるほど」
感心したように神木副局長は典礼を見て口元に弧を描くと薄い笑いを漏らした。
「謙心。これはお前が仕組んだ事なのか」
感情を殺した声で香取警部が事務的に訊ねた。
「そうです。国防白書を書いたのも、そのプロジェクトを指揮しているのもわたし――いえ、この僕です。でも、それが何か罪になるのですか」
「展示棟の爆破と佐々木未紗への襲撃があるだろう」
「……治外法権ですので」
神木副局長は慌てる様子もなく淡々と言葉を返した。
「このプロジェクトは最終段階に入っています。残るはシステムの実証と……反対派の排除でした。波川局長は佐々木さんを戦わせる事を頑なに拒否していたので新システムを使いたいとなると、どうしても反対されるでしょう。なのでトップの座から降りてもらう必要があったのです。あの白書を見つければ波川局長は真偽を確かめるために動かざるを得ません。そして、それが真実と知れば必ず止めに入るでしょう。まさか機密を扱う施設の爆破からとは予想外でしたが、おかげで失脚は確実になりました。あとは事前に爆発物などの準備をしてから佐々木さんを迎え、跡をつけてタイミングをみながら展示棟に設置した爆発物のスイッチを押したのです。佐々木さんがこちらにいれば波川局長は必ず接触を図るはずなのでそこでの身柄の確保を提案しつつ、今後のためにもこっそり殺してしまおう……というのが僕の計画でした」
「私を殺そうなんて簡単に言ってくれるじゃない。とはいえ見事に掌の上で転がされていたってわけね……神木さん、貴方が前線にいたらきっと良い指揮官になっていたわ」
「勿体無いお言葉。ありがとうございます」
神木副局長は桐恵に向かい丁寧に頭を下げる。
「それから、先程の波川局長のお話で一つ訂正を。防火装置を利用して小桜丸と大天那の両方を持ち出そうとしたのですが、目的は刀の破壊ではありません。単純に手頃な武器を調達したまでです。波川局長が既に手を回していたとは驚きましたが」
そういって神木副局長は桐恵を見て笑う。それを聞いていた晴夏が理解できないというような顔で神木副局長に訊ねた。
「神木副局長。何故あのプロジェクトを企画したのですか。サザナミシステムの開発には貴方も携わっていたのに……」
晴夏が訊ねた事は未紗も気になっていた。神木副局長は、簡単な事ですと続ける。
「それは僕が佐々木さんのファンだからですよ。彼女の戦闘能力は素晴らしいものです。多くの人間にその戦闘能力があれば国の守りもより強固になる。ならば、文字通り佐々木さんの戦闘能力を移して増やせばいい。そう考えたのです。波川局長には退場してもらうとしても佐々木さんはそういうわけにはいきません。オリジナルなので新システムを使えば最強の兵士になるでしょう。そこでまた戦闘行為が蓄積されるので常に進化することもできます。なので、佐々木さんを誘拐して説得をするか、それでも聞いていただけないのなら洗脳あるいは殺してしまおうというのも考えていました。死んだとしても脳さえ無事なら使えますしね。しかし昨日、困った事が判明しました……まさか〈
「未紗のファンと聞いていたけれどこれ程とは……」
「俺達の事、完全に無視なんですけれど……黙って見ているとでも思ってんですかね」
神木副局長の話を聞きながら後ろの二人が小声で話しているのが聞こえる。
「長々と御託を並べるのは良いけれど、要は私達に死ねってことだ。それに、それを喋るって事は勝算があるわけだな」
随分と舐められたものだ、と未紗は眉をひそめた。
「えぇ、もちろんです」
「そう。なら私の答えはこうよ」
桐恵は躊躇いも見せず自動小銃を神木副局長に向けて発砲した。
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