第22話※※※Malusase※※※

 普段と変わらないエレベーターだが、晴夏が緊急と書かれた箇所の蓋を開けてカードキーを挿しコードを入力すると機体は地下へと降りて行く。エレベーターを降りると相変わらず白い通路が長く伸びていた。晴夏によると、この地下にはメインシステムの他に凍結された銃火器などが保管されているという。普段使わないものはみんなこの地下に押し込んであるというわけだ。通路は地上より複雑というわけではなく、すぐに奥の部屋へ辿り着いた。扉を開けるとズラリと並んだコンテナが目に飛び込んで来る。

「このコンテナは一体……」

「試合で使っていた銃火器とか軍が持っていた軍備系のものとか、今の地上では使えないものが保管されているんだよ。麻酔弾がある自動小銃なんかは今でも特務警察や軍も使っているけれどね」

 未紗の呟きに晴夏が解説する。ただ保管するだけではなく、整備も定期的に銃器愛好家の有志達が行っているらしい。そしてそのコンテナ群の奥に大きな柱のようなものがそびえているのが見えた。

「あれがサザナミのメインシステム。これを壊せばサザナミは止まる。でも外側からも内側からもそう簡単には壊れない設計になっているから安心してよ」

「だといいけれどな」

 慢心は時に最悪を呼び込む。それは自身が経験してきたので間違いはない。

「ここの部屋に入るにはこの通路しかないのか」

「いや、反対側にもあるよ。あのメインシステムはちょうど敷地の真ん中、噴水の真下にあるんだ。向こう側から来るにはエレベーターがないから階段になるよ。エレベーターが使えない場合の緊急通路も兼ねているってわけ」

「なるほど」

 晴夏の話を聞いていると、その柱の向こうから多くの足音が聞こえてきた。何事かと見ていると、柱の陰から次々と戦闘服を纏った人々が現れる。よく見るとそれは選手が起用していた強化スーツで、当時と違うのは皆ヘルメットを着用しているという点である。彼らはあっという間に未紗達の周りをぐるりと取り囲みピタリと静止した。

「な、なんですかこれ」

 典礼が驚いた声を出しながらも未紗を背に警戒態勢を取る。

「驚かせてしまい、申し訳ありません」

 高くよく通る声が部屋の中で反響した。列の間を割って颯爽と現れたのは神木副局長。武装している人々同様、彼も腰に一振りの刀を佩いて武装しており剣術を使うというのはどうやら本当のようだった。

「サザナミの停止はなんとしても防がねばなりません。その為に警備は多い方が良いでしょう。それに彼らには現在特殊な調整・・・・・をしてありますので戦闘力も保証しますよ」

「それにしても、神木副局長がこんな警護部隊を編成していたなんて――」

 知りませんでしたと続けようとしたのだろうが晴夏の言葉はそこで途切れた。晴夏の後ろにいた部隊員が突然彼を羽交い締めにして……有り体に言えば人質に取ったのだ。ご丁寧に所持していた拳銃を晴夏の頭に突き付けている。足元に置いたアタッシュケースはライフル銃か。他にもケースを持っている部隊員を何人か見かける。部隊員の大半は自動小銃とナイフを所持していた。

「――っ、そこの貴方! 何をしているのですかっ」

 直属の警護部隊といえども命令系統が確立していないのだろうか。この隊員の独断ともいえる行動に神木副局長が慌てて止めに入る。しかし長身の晴夏を後ろから押さえるとなるとそれなりに背の高い人物でなければならない。加えて格闘に自信があり、なによりこの場でそんな行動を起こしそうな人物。思いあたるのは一人しかいなかった。

「桐恵……」

「えっ」

 未紗が呼ぶと神木副局長は驚いて身を引いた。その人物が片手でゆっくりとヘルメットを脱ぎ捨てると背に長い亜麻色の髪がふわりと流れ落ちた。

「久しぶりね、未紗」

 桐恵はこれまでの騒動が嘘かのように優しく笑っていた。晴夏を抱えているのを除けばそのまま昨日のアニメの話でも始めそうな雰囲気である。

「波川局長。どうやってここに」

「私のIDとパスワードで局に入れないかと思ったけれどやっぱり入れなかったわ。でもそれは想定内。想定外の出来事といえば、そのエラー警告画面でいろいろ教えてくれた人がいた事かしら」

 神木副局長の疑問の理由を桐恵はあっさりと話す。そんな真似が出来る人物は限られているだろう。確か今朝未紗にIDは消したと話をしていた人物が一人いたような、と未紗は該当者を見る。晴夏は未紗に捕らえられながらも視線を逸らしていた。それにしても、桐恵は何故拳銃を突き付けているのだろう。いくら桐恵でも頭を撃ち抜くことは出来ない……はずだ。

「浪川桐恵。試薬はどこだ」

 香取警部が麻酔銃を構えて訊く。桐恵は余裕の笑みでそれに答えた。

「試薬ならこれよ」

 桐恵は足元のアタッシュケースを目で指し示す。

「私が持ち去った試薬品は【Malusase : マルスアーゼ】というの。細胞分裂を止め生体時間を止める。すなわち不老の肉体を手に入れる薬、それがマルスアーゼ。〈二重知覚オーバーパーセプション〉技術と並行かそれ以前から政府は秘密裏に研究をしていたとされていて、各大陸が欲しがっていたのは〈二重知覚オーバーパーセプション〉の技術よりもむしろこの薬品開発技術の方。サザナミを受け入れたのも恐らく上層部へこの薬品を提供することが条件だったからではないか、とも言われているわ。私がこの薬品開発の方へも携わっていたのは、サザナミの鍵である未紗と管理者である私がマルスアーゼを飲むことを決められていたから。もちろん最初は飲むつもりだったのだけれど……あの白書を見たでしょう。飲んでしまえば今度こそ死ぬまで未紗は戦場に縛られてしまう」

そう言って桐恵は晴夏を雑に突き飛ばすと、足元に置いていたアタッシュケースを掴みそのまま上に放り投げた。それを見た香取警部は驚いた声を上げる。ライフル銃のケースかと思ったが違ったようだ。ケースは鍵が開けられていたのか空中で蓋が開き、中から試薬と思われる固形物が飛び出した。そして自由落下の後その試薬は音を立てて割れ方々に散らばる。

未紗は晴夏に駆け寄り怪我はないかと確認した。そして足元に転がって来た偶然にも無傷だった試薬の一つを拾う。それは金色の林檎を模した小さなもので、本当にこれが不老薬と言われてもにわかには信じられない。

「完成品はこれで全部。残念でした」

 抑揚のない声で桐恵は言う。しかしこれでは交渉が出来ないのではないか。そう思った未紗は桐恵に声をかけた。

「その試薬がなければ交渉は成立しないだろう。おまけに機密品を破損させた事も咎められる。それとも……投降でもしてくれるの」

「まさか」

「だよね」

 投降をあっさりと一蹴した桐恵はこの状況でも強気のままだった。

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