第21話※※※地下施設へ※※※
※ ※ ※
住所―非公開― 佐々木未紗 女性 二十二歳
七月六日
【症例二十四】〈|二重知覚(オーバーパーセプション)〉における副作用。人格侵食または精神汚染。
精神科医によるカウンセリング。経過観察。
症例六・十三・十五同様、思考や嗜好の変化を訴える。また、症例二十四に限り試合中の意識がサポーターに浸食されているという証言をしている。最近は、試合開始こそ覚えているがそこから終了までの記憶が曖昧であったり、自身が何故その場にいるのか理解できなかったりするなど意識の混濁もみられるという。症例二十四は、本来は大将戦ではなく周囲の相手選手を足止めまたは無力化し『一番槍』の補佐をする『露払い』の役割であったが、徐々に自身が敵地中枢に赴くようになり今では『一番槍』として大将戦が主になっている。また戦闘スタイルにも変化がみられており、致命傷を避け相手を無力化する戦法から急所を狙い確実に行動不能にするという戦法をすることが多くなった。
症例二十四はこれについて本人の意思ではなくサポーターの意思であると主張。試合とはいえむやみやたらに殺すことは本人としては不本意でありこれ以上殺したくないと主張しており、快楽殺人症の傾向も本人のものではなくサポーターのものであると否定している。不明行動の原因がわからなくては対策の仕様がないため、今後の生活にも支障が出るのではと選手引退も視野に入れているという。
なお、症例二十四の現状は試合中の会話や戦闘行動に問題はなく他の選手とも積極的に交流を行っている様子も見受けられる。脳波も正常であるため現段階では選手の交代などの予定はない。
一時的な心的外傷後ストレス障害における記憶障害及び幻覚であるとし今後もカウンセリングと薬処方を続けていく方針。
【診療録(責任者権限により一部開示)】
※ ※ ※
翌朝、未紗は昨日と同じく部屋の目覚ましの音で目を開けた。昨晩早く寝たおかげか頭は妙に冴えている。洋服に着替えて髪を高い位置で一つに結び、首輪を確認すると赤いストールを巻いた。そこへ相変わらずタイミングよく晴夏が朝食を運んで来る。
「おはよう」
「おはよう。毎回ごめんね」
「いや、いいって。昨日はよく寝られたかい」
「おかげさまで」
笑って答えると晴夏は、どこかほっとしたように見えた。
「そうだ。これ、渡しておく」
「これ……いいのか」
晴夏から渡されたのは未紗の愛刀である小桜丸だった。鞘から抜いて確認してみると美しい刀身は昔見たままで、蛍光灯を反射して輝く。さすが管理は一流であったようだ。
「桐恵ちゃんと会うだけだけれど、一応の保険」
「そりゃどうも」
スカートのベルトに挿すと懐かしい重みを感じた。正確にはあと一本分足りないが、それはこれから返してもらいに行く。
「てんちゃんはどうしてる」
「昨日ワインを大量に飲んだ後、香取警部に引きずられて退場していったけれど、それ以降は知らないな」
その姿が容易に想像できてしまい、未紗はしばらくお腹を抱えて笑った。
「こんなに笑ったのなんて久しぶりだよ、まったく。そんなに飲んで今日の仕事に支障が出なければいいけれど……。ところで、桐恵はどうやってここまで来るつもりなんだろう。桐恵の入局IDはもう削除されているはずだし」
朝食のパンケーキを切りながら未紗が訊ねた。
「桐恵ちゃんのIDではもうこの局の関係者立ち入り区域には入れないけれど、昨日の人みたいに協力者はいるだろうから、どうにかして来るでしょ」
特に気にしていない様子で晴夏はパンケーキを口に運ぶ。未紗はそれもそうかと納得して朝食を食べるのに専念する事にした。
「よし」
ごちそうさまと手を合わせ、未紗達は食器を下げると典礼達警察との待ち合わせ場所へと向かう。外の噴水の前には数名の警護係と典礼、香取警部が待っていた。典礼は特に普段と変わらない様子で元気に笑って挨拶をしてきた。
「おはようございます」
「おはよう、てんちゃん。酒に強いんだな……」
「唯一の自慢です」
未紗と典礼が話をしているのを背後に晴夏が香取警部に訊ねた。
「他の警備の人はもう配置されているのですか」
「はい。昨日教えていただいた、管理局への入り口、地下施設への入り口全てに配置しています」
「……桐恵を捕まえるのですか」
未紗はずっと気になっていた事を口にした。
「如何なる理由があれど、建物の爆破を指揮し機密を持ち出したのは事実ですから。試薬を優先し見つけ次第確保します」
「そう、ですよね……」
未紗はどこか歯切れの悪い口調で言葉を返す。警察を巻き込むのはやはり真相が聞けなくなるのではないかという思いが胸をよぎった。試薬も未紗にとってはどうでも良いもので、ただ桐恵の本心が聞きたいだけなのだ。
「では、そろそろ向かいましょうか。今のところ、波川容疑者を見かけたという情報は入っていませんが……間違いなく現れるでしょうしね」
香取警部の号令で未紗達は桐恵の指定場所――サザナミシステムのメインシステムがある閉ざされた地下施設へと向かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます