第19話―国家防衛対策強化の提言―

《サザナミシステムの応用による国家防衛対策強化の提言》

 サザナミシステムは殺意という意識の対消滅による行動の制御です。通常の行動とは意識が発生した時点で脳が認識していなくとも身体はその行動をとろうとします。つまり、殺意を抱いた時点で身体は殺人行動を実行したといえます。実際に身体が動くまでにサザナミシステムで殺意は消えているのでその行動を起こすことはありませんが、意識の発生から消滅までの微量なタイムラグは毎度発生しています。

 身体が覚えている行動――例えば歩く・泳ぐ・自転車に乗るなどですが、これらは一度覚えれば無意識下での行動が可能なものです。覚えるためには繰り返しの練習を行う必要がありますが、これを経験の積み重ねだと考えるとサザナミシステムで打ち消す前に身体が起こそうとした行動も経験の中に含まれるものと推測した場合、その行動を起こそうとした事実は経験として身体に残り記憶されます。実際に肉体がついてくるかはまた別の話とはいえ、タイムラグの僅かな間にも学習は続いているのです。

 そこで、意識を他者の脳内に送るサザナミシステムを応用し戦闘行動を他者の脳内に送り身体に学習させるプログラムの開発を認可していただきたいと考えております。サザナミシステムの要である佐々木未紗氏は我が国でもトップレベルの戦闘能力を保有しております。氏の戦闘行動を模倣した兵士を量産する事で国防のための軍事力を高める事が可能になります。他者への攻撃に対しサザナミシステム管理下で殺意を抱くことは出来ませんが、反射的行動や無意識下での固定された行動であるなら意識――殺意は必要ないのです。また、氏においても新プログラムの要として兵士の育成や前線投入など、再度能力を発揮していただく事も検討しております。

 しかしながら戦闘とは、他者を殺害するためだけのものではないのです。自らを守る手段として及び武器として活用する価値はあると確信致します。学習の定着には三~四年程かかるものと推測されますが、定着後の身体能力による個体差は特殊磁場を介して半自動的に身体を動かす事で解消出来ると思われます。我が国は中立です。中立を保つには何人にも脅かされない力が必要なのです。有事の際は我が国一丸となり守れるような対策がまだ不足しています。まずは国民全員に定着させ基礎を作ってから有志を集う方法が最善であると考えます。


※ ※ ※


 それは消えたはずのデータを印刷したもの――国防白書の中身だった。提言の日付を見て私は軽く眩暈がした。その日付はサザナミシステムが施行された年と同じ、施行から数ヶ月足らずだったのだ。この提言が議会を動かしたかどうか……その結果はもう自分の目で見てしまっている。

「これが本物だとは思いたくはありませんでしたが、今回の事件に何かしら関与しているのは明白です」

「ということは、今こうしている間も現在サザナミの管理下にある全員に私の戦闘技術のノウハウが脳内に叩きこまれているというわけか」

「僕が……未紗……?」

「大丈夫ですか晴夏さん。しっかりしてください」

「でもこれだけだと発動条件がわからないな」

 東方真希も偽典礼も元選手ではない一般人であり双方とも状況がまるで違う。条件が一律でない以上すべてが敵になる可能性だってあるのだ。提言に名前はないので誰がこれを作ったのかも不明というのもまた引っかかる。

「名前のない提言書が鍵付きファイルになり、それを桐恵が見つけて騒動になった……これ出来過ぎていないか」

「というより桐恵ちゃんの自作自演のような気もしてきた」

「でもそれだと先輩や俺を襲ったのも波川先生って事になりますけれど、相手は本気で危害を加えて来ていましたし白書は本物の可能性が高いです。それに狂言にしてはリスクが高すぎます」

「桐恵を陥れるための策略というのはどうだろう」

「……なるほど。白書の中身からして波川先生が飛びつかないわけありませんしね」

 桐恵は引退してからというもの私が戦闘に関わることを極端に嫌がっていた。教官として配属されるのすら当時は否定的だったのだ。その桐恵が私を再び戦場に出すという提案を見て動かないわけがない。そんな会話をしながら、私達はもう一枚を見てみる事にする。そこには特定の場所に赤い印がしてある地図と時間が書かれていた。

「この場所って……」

「見間違いじゃなければ……この管理局だね」

 私と晴夏は顔を見合わせた。この管理局はサザナミシステムの根幹となる場所。地下にはもちろん核となるメインシステムが存在している。確かにすべてはこの場所から始まったともいえるだろう。

「でも時間が違う。誤植かこれ」

 電波ジャックで言っていた時間とはかなり違っており十八時と言っていたがここには十二時と書かれていた。

「マスコミ対策でしょうか」

「それは助かる」

 何が起こるかわからない所に一般人である報道陣が詰めかけてはそちらの警護にも人員を割かねばいけなくなる。それではかなりの負担というものだ。

「ところで、この伝書鳩ならぬ伝書兎を届けた人物というのは一体誰だったの」

「……黒髪で、ショートカットで、小柄で、大人しい印象の女性」

「全然わからない。そういう人大勢いる。むしろみんな同じに見える」

「あえてそういう印象の人を選んだのでしょうね……」

「でも昨日の様子からしても、桐恵ちゃんの言葉に触発されて反サザナミ派になる局員だって少なからずいるだろうね。とはいえ危害は加えられないはずだから静観だな。一応みんな今日も普通に出勤しているし」

「とりあえず俺はこの事を香取警部に伝えてきます。それから昨日の件でまだ調べる事もありますのでわかったら知らせに来ます。先輩はここに居てくださいね。危ないので部屋から出てはいけませんよ」

「わかったよ」

 母親か、と言いたくなるのを堪え私は手を振って典礼を見送った。

「さて」

 私は晴夏にどうする、と訊ねた。

「もう指定場所がわかったから、やることがない」

「そうだね。僕も通常業務に戻るよ。それと、今回の事件の事まとめるならこれが必要でしょ」

 そう言って晴夏はポケットから桐恵の日記を取り出した。

「プライベートなものだし読むのも気が引けたからあの最後のページぐらいしか読んでいないけれど」

「ありがとう」

「僕はもう行くけれど何かあったら端末で連絡してね」

 日記を渡し晴夏は朝食の食器を下げて部屋から出て行く。私は椅子に座って新しい珈琲を用意すると桐恵の日記のページを捲った。

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