第20話―最後の晩餐―

 桐恵の日記を読み終えてひと息ついていた時、ちょうどお昼の時間になったのか再び晴夏が食事を持ってやってきた。お昼ご飯の茄子とキノコの和風パスタはとても美味しく、レシピを聞いて自分も作ってみたいなどと考えるぐらいだった。黙々と食べていたが晴夏が思い出したように口を開く。

「そういえば。午前中に鑑識が来て刀を調べていたけれど、案の定、何も出てこなかったよ」

「それはさすがに仕方ないよ」

 私も昼食の手を止めずに言葉を返した。味に満足してお腹も満たされ若干眠くもなってきた矢先、部屋のチャイムが延々と長押しで鳴り響く。あまりのけたたましさに警報か何かかと身構えながら私は扉を開けた。

「先輩っ。大ニュースですっ」

 待っていましたとばかりに典礼が勢いよく部屋に飛び込んでくる。

「てんちゃんか。驚いて目が覚めたよ……」

「寝ている場合ですか。それより聞いてください」

 そう言って部屋に入った典礼は晴夏がいる事に気がつき露骨に顔をしかめる。

「晴夏さん。どうしてここにいるのですか。勤務中では」

「昼食だよ。それよりも大ニュースって何だ」

「それはですね……」

 そう言って典礼はポケットから一枚の紙を取り出して私達に見せる。そこには三人の男の顔写真が載っていた。

「こ、これは! ……誰?」

 晴夏が訊ねると典礼は名簿に写った顔写真を指差して答えた。

「昨日の事件に関与していた男達です。あの時に見かけた男達を探すのにさっきまでずっと緑バッジ名簿を見ていたのですが……なんと、この三人は名簿に載っていなかったのです」

「載っていないってどういう事。それすら偽者だったって事か」

「少し正解ですね。この人達を見つけたのは警察の名簿ではなく、管理局員の名簿でした。緑バッジも偽装したものでした。映画に使うような特殊マスクなんて今の時代写真があればすぐに作れますし、きっと俺の名簿を見て変装用のマスクを作ったのでしょう。となると犯人は局員で俺の階級を知っている人物に絞り込めます。直属組織とはいえ、そこまで知っている人はいないはずです。行方が分からなくなっていた残りの二人が確保されるのも時間の問題でしょう。ちなみに真ん中が俺に変装していた男ですが晴夏さん、見覚えはありますか」

「わからないな。全員の顔と名前を把握しているわけじゃないし……そもそも部門外の人とはあまり会わないんだよね、この職場」

「そうですか」

 普段通りを装っているが典礼からはやはり嬉しさが滲み出ている。

「なんだか嬉しそうだな、てん」

「とりあえず警察が犯人ではなくて良かったのかな……局員だったのは、それはそれで問題だけれど」

「これで安心して明日に備えられます。じゃあ俺はこれで」

「もう帰るのか」

「明日の人員配属とかいろいろあるんですよ。それと、家に帰るより近いので今日もここに泊まります」

「わかったよ。ご自由に。部屋が決まったら事務局に鍵を受け取りに行ってくれ……じゃあ僕も仕事に戻るよ」

「わかった。ありがとう二人供。仕事頑張って」

 二人を見送ると私は〈二重知覚オーバーパーセプション〉やサザナミシステム関係の資料をまとめる作業を開始した。協会発足から当時の時代背景など記録に残せるもの全てのデータ保存し時には印刷もしてゆく。集中力が切れた頃にはすでに半日が経過していたようだ。パソコンの日付が夜の十九時過ぎを示す。さすがに疲れたので休憩、と私は酸欠気味の頭を押さえてベッドに倒れ込んだ。夕飯が届いたらお風呂に入ってあと少しの資料作成を完成させようと考えながらベッドでゴロゴロと転がる。ここまで椅子に座って根を詰めるというのは人生初だと思う。動いていないのに非常にお腹が空いてしまった。すると、ちょうどいいタイミングで部屋のチャイムが鳴る。急いで飛び起き、ありがとうと扉を開けるとてっきり晴夏か典礼がいるものだと思っていたところに神木副局長がお盆を持って立っていた。

「か、神木副局長……! 申し訳ありません、わざわざ運んでいただいて……」

「とんでもないですよ。私の方も少しお話したい事がありましたので晴夏くんに代わってお持ちしました……お邪魔しても良いですか」

 神木副局長は柔らかい声でふわりと笑った。しかし彼の雰囲気はどことなく有無を言わせないもので、私はいささかの緊張と共に了承する。

「えぇ、どうぞ」

「私の方はお構いなく。冷めないうちにお召し上がりください」

 備え付けの机には椅子は一つしかない。ベッドで食べるわけにもいかず、私は言葉に甘えて椅子に座わり食事をとることにした。

「……いただきます」

「はい、どうぞ。今日は鱈のマリネ、ローストビーフ、豆のミネストローネと胚芽パンです。美味しいですよ。後程ホットワインをお持ちします」

「ありがとうございます。ですがアルコールは控えていますので……」

「そうですか、わかりました。では早速本題に入らせていただきます。佐々木さん、これはあくまでも仮定の話としてですが、もしもう一度、【世界規模での試合】が開催されるとしたら、貴女は参加しますか」

 仮の話とはいえ今の状況からすればあまり笑える話ではない。私はゆっくりと言葉を選びながら答えた。

「それは第四次大戦ということでしょうか……。そうですね、もし次に試合があっても……参加はしないでしょうね……」

「それは何故ですか」

 驚いたという風に神木副局長は眉を上げた。私はこの際仕方がないな、と公にされていない自身の事情を話すことを決める。

「これは口外していないのですが、実は私にはドクターストップがかかっているのです。私の身体はもうこれ以上〈二重知覚オーバーパーセプション〉の接続に耐える事が難しい。死んでしまうわけではないのですが仮にあと一度とはいえ、あまりにも負荷が大きいのです。……なんて真面目に返してしまいましたが、応援していただいていたのに失望させてしまっては選手失格ですね」

「いいえ、とんでもない。事情も知らず不躾な質問を失礼致しました……そうですか、ドクターストップですか……それなら、仕方がないですよね。……すみません、あともう一つだけ良いでしょうか。その、せっかくお会いできましたので、サインをお願いしたいのですが……」

「えぇ喜んで」

「本当ですかっ」

 笑って手を差し出すと、神木副局長はとても嬉しそうにいそいそと白衣の内ポケットから色紙とペンを取り出して渡した。あまりの準備の良さにもしかして最初からこれが目的だったのではないだろうかとさえ思う。

「ありがとうございます。食事が終わりましたら昨日と同じく部屋の外のワゴンに置いてください。それでは、失礼します」

 神木副局長が一礼して部屋を出て行く。静かになった部屋で食事を終えた私は机に向かうと集中して書きかけだった記録手記を完成させた。時系列に沿って書いた手記に桐恵の日記の一部や当時の声明記事、診察結果なども添付する。あとは一枚のメモを挟んで備え付けのベッドの下にまとめて放りこめば仕事はお終いである。明日に備えて今日は早く寝る事にしよう。





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