第18話―落とし物―

 翌日。目覚まし時計の音で目を醒ました。設定した記憶はないので、これは全部屋についているシステムなのかもしれない。絶対に遅刻をさせないという強い意志を感じる。窓がないのでいまいち実感がないが、朝である事は間違いないだろう。着替えを済ませて廊下に出てみた。

「おはようございます」

 ちょうど向かいの部屋から香取警部が出てきた。私も会釈をして挨拶を返す。

「おはようございます」

「朝食ですか」

「いいえ。私は部屋に運んでもらいます」

 軽く会話をしているとエレベーターの方から晴夏が朝食らしきものを乗せたサービスワゴンを押して歩いてきた。腰には変わらずきちんと小桜丸を佩いている。晴夏は私達に気がつくと少し驚いた顔をしていた。

「おはよう。二人とも早いね」

「おはよう晴夏」

「おはようございます」

「未紗を起こして一緒に朝食にしようと思っていたのだけれど、まさか起きているとは思わなかったよ」

「目覚まし時計が鳴ったから」

 そういうと晴夏はなるほどと頷いた。聞くところによると、どうやら部屋に人がいると自動で作動する仕組みらしい。たまに誰もいないはずの部屋で目覚まし時計が作動するとか、そういう類の話もあるそうだ。

「未紗、今日はもう外には出ない方が良いよ。ここに来る前に外の様子を見てきたけれど、門の外には報道陣が大勢押しかけていてマイクやらカメラやら突き出して、ゾンビ映画みたいだった。神木副局長から緊急記者会見を開くって昨日の夜に連絡があったよ。今から少し門の所で話すみたいだけれど、門番以外に護衛がいないから少し心配なんだよね……。それであの、香取警部さん、もしよろしければ副局長の護衛を頼めますか。ついでに典礼も叩き起こして連れて行ってください。病室には時計がないのでたぶんまだ寝ています」

「それは大変ですね。わかりました」

 そういうと香取警部は典礼を連れに病院のへ向かっていった。

「……上手く香取警部を引き離したみたいだけれど」

「朝食二人分しかないから。てんには犠牲になってもらう」

「仕方がない。あとでその朝食についているデザートをあげる事にするよ」

 私達は部屋に入ると他愛のない話をしながら朝食を食べた。

「ニュースはどこもかしこも昨日の桐恵ちゃんの話題ばっかり。あれこれ言われのないある事ない事好き勝手に言っているから観ない方がいいよ。一部のテレビ局が通常放送でアニメとか名物料理の紹介とかしている事が救いだね」

「今日はテレビを観るどころではないだろうからな。桐恵の指定場所を特定して、あとはこの事件の記録でもまとめようかと思っている」

「それはいいね。あとから状況整理するのにもわかりやすい」

 そんな事を話していると部屋のチャイムがけたたましく鳴り響いた。思い当たる人物は一人しかいない。のんびりと扉を開けるとにっこりと微笑んで挨拶をする。

「はい、おはよう。てんちゃん」

「ちょっ、お、おはようございますっ」

 出合い頭に何か言いかけていたが突然に挨拶に驚いてそのまま挨拶を返す辺りやはり律儀な男である。出鼻を挫かれ勢いは減ったがそれでも典礼は諦めない。

「そうではなくてっ。ちょっとまた二人で何かやろうとしているわけではないですよね。俺も混ぜてください」

 私は笑いながら典礼に中へ入るように促してから一応部屋の外も確認した。香取警部は一緒ではないようだった。神木副局長が何を話したのかも気になるので、典礼の話を聞くとしよう。そうして扉を閉めようとしたところに、一人の女性局員が廊下の角から姿を現した。

「すみません。佐々木さんの落とし物がありましたので届けに来ました」

 そういって彼女は私に小さいウサギのマスコットを手渡す。いわゆるネームチャームのようなものでよく見るとウサギの手に持ったプレートには『MISA』と書かれていた。

「……ありがとうございます」

「お届け出来て良かったです。では」

 彼女は一礼すると静かな物腰で去っていく。昨日の騒動があった中、よく一人で私の部屋を訪ね文句の一つも言わず立ち去ったものだと感心したが、それには理由があるのだと私は確信していた。手渡されたウサギのマスコット。これは私の落とし物ではない・・・・・・・・・・。私のウサギコレクションにこのマスコットは存在しない。恐らく最近新しく出たものなのだろう。明らかに怪しいが、それはそれとしてコレクションが増えた事は正直、嬉しい。

 部屋の中に戻ると、朝食を完食した晴夏と朝食のデザートを食べている典礼が揃って顔を上げた。

「誰か来たのですか。この状況で珍しいですね」

「私が落としていない私の落とし物を届けに来た」

「何を言っているの」

 呆れた声で言う晴夏の目の前に、私は手に持っていたウサギのマスコットを突き付ける。

「これ。私の持ち物ではないのだけれど私の名前が入っている。つまり――どういうことかわかるか」

「同名の人違いでしょう」

「元の場所に戻して来なさい」

「違う」

 私はウサギのマスコットをあちこち調べてみた。すると、背中の縫い目に色が違う部分が見えたので私はそこの糸を切って広げる。

「何か入っている」

 ほら、と中にあった折り畳まれた紙切れを取り出したのを見て二人は驚いて飛びついた。

「えっ、これもしかして」

「いやそんな古典的な……」

 困惑気味な典礼の反応。気持ちはとてもよくわかる。私もこんな古典的な方法で連絡を送ってくるとは思わなかった。まさかこの時代においてこんなアナログな方法で連絡を取る指名手配犯がいるとは。

「思った通り、桐恵からだ」

 紙は全部で二枚。私は紙を開いて中の文章に目を通した。

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