第17話―香取史人―

 正直気まずい以外の何物でもない。なにせ彼はサザナミシステム自体をあまり快く思っていないのだ。そもそもどうして彼は私の護衛を典礼に命じたのか、そして自身もここに残ると言ったのかそれもまた奇妙な話である。結局無言のまま部屋の前まで辿り着き、私は一言ありがとうございましたと告げた。

「いいえ、これも仕事ですから。それから佐々木さん、今日は部屋から出ないでいただきたいのです。私の部屋はおそらく空いている向かいの部屋になるでしょうが、なるべく危険は少ない方がいい。何か用がある時は呼んでいただけると助かります」

「この部屋も扉も確か防音仕様のはずですが……」

「そうでしたか。では、そうですね。もしよろしければ連絡先の交換をしても」

「構いませんよ。そうすれば文面でのやり取りも出来ますし、効率は良いでしょう」

 そう言って端末の連絡先を呼び出して登録コードを表示した。香取警部はそれを自身の端末で読み取り一度私の端末を鳴らす。

「これで良いですね。それと、佐々木さん。一つ聞きたい事があるのですが……これは個人的にわた……いえ、俺が聞きたい事です」

「私が答えられる事なら、どうぞ」

「ご実家の稼業については、お好きですか」

「はい。もちろん好きですよ。私の家の事、ご存じなのですね。では私の身分についても」

「知っています。剣舞流派の中で真剣を扱うところは珍しいですから。その佐々木家の頭目襲名披露の剣舞が一般公開ともなれば、武術を鍛錬している者として興味は尽きません。見事な舞でした」

「お恥ずかしい。ありがとうございます」

 私は頭を下げて礼をする。直接褒められるとは思わなかったので少し驚いた。

「だからこそ――」

 と、香取警部は声を落とした。その目は少しだけ鋭くなりじっと私を見据える。

「だからこそ、わからないのです。どうして貴方がサザナミシステムに手を貸したのか。現在武道や武術を継ぐことは著しく困難な状況にあります。それはそれそのものが元を辿れば戦闘技術が体系化された武技の修錬であるからです。もちろん人を殺そうと思って鍛錬をしているわけではないので習得は出来るのですが……」

「おっしゃりたい事は十分に理解しています。例えば剣道の場合、急所への攻撃が必要となります。そうなるとサザナミシステムの管理下では防具をしていても出来なくなってしまう」

「はい」

「香取、というと確か……失礼ですが、あの武道名家のご出身でしょうか」

「本家筋ではないですが」

「そういうことでしたか」

 ようやく香取警部の非好意的な態度の理由がわかった。彼は武道や武術の衰退を懸念していたのだ。

「文化の衰退は国の体を削るのと同義。ですが、それでも私は争いを止めたかった。人なくして国は成り立ちません。その役目がたまたま私であったというだけです」

「そうですか……ありがとうございました。すみません引き留めてしまいまして」

 そういって一礼すると香取警部は去っていった。私は部屋にある机に突っ伏して座ると静かに溜め息をついた。思い返せばかなり高密度な一日だったが最後の香取警部との会話が一番疲れたような気がする。サザナミシステムの弊害として彼が言っていた事も考えないわけではなかった。しかしそれでも私はサザナミを施行しなければならなかった。いや施行せざるを得ない状況まで追い込まれていたと言った方が正しいかもしれない。それ程までにこの国は疲弊していたのだ。そんなことを考えていると部屋のチャイムが鳴る。扉を開けると食事を持った晴夏が来ていた。

「出前です」

 相変わらず調子良い晴夏に思わず笑みが零れた。

「ありがとう。他の人達の様子はどうだった」

「いつも通り……とはいかないけれど、概ね落ち着いているよ。元々ここの局員はオーバーパーセプションに参加していた人達だから、人を殺すかもしれないって部分にはわりと耐性はあるのかもね。むしろ桐恵ちゃんの事にショックを受けている人の方が多いよ。でもみんなどちからかというと桐恵ちゃん寄りかな……局長が言うならサザナミは危険なのだろうってさ」

「そうか……」

 あれだけ信じていた人が実は首謀者で世界の核となるサザナミを止めると言ったのはかなり堪えるのではないだろうか。しかし桐恵についていく局員が多いのも彼らのあの様子からも容易に納得がいく。

「今日のメニューは和食だよ。未紗が来たって知った食堂当番が張り切っちゃって滅多に出ない海鮮系が出た。鮪の大トロ使ったイクラ添えネギトロ丼と生牡蠣と栄螺の壺焼き」

「これはまた豪華だね……お礼を言っておいてほしい」

「伝えとくよ。食べ終わったら外のサービスワゴンに置いておいて」

「わかった。ありがとう晴夏」

「明日も長いだろうからしっかり食べておくように。じゃあ、またね」

「また明日」

 そう言って手を振って去っていく晴夏を見送り私は部屋で食事をとる。どれもとても美味しかった。シャワーを浴びたあと疲れが一気に襲って来たのでそのまま備え付けのベッドへと倒れ込む。

 もし桐恵の言う事が真実だとしたら、サザナミに意味などないのだとしたら、私という存在は一体何なのだろう。そんな事を考えて、いつの間にか眠りに落ちていた。

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