第15話―桐恵の演説―

 『テレビの前の皆様、こんにちは。突然このような放送を失礼致します。波川桐恵です。この度はお騒がせ致しまして申し訳ございません。この場をお借りしまして、一つ皆様にお伝えしたい事があります。これから話す事を信じるのも信じないのも皆様の自由ですが、どうか少しの間話を聞いてください。先日、私は立て籠もり殺人事件被疑者の取り調べに立ち合いました。皆様の元に犯人は逮捕されたと報道が届いているかと思いますが、それは報道制限でそのように報道されているだけで実際は犯人死亡となっております。犯人を殺害したのは、人質となった女性でした。最初は殺人が起きたなど到底信じられなくて、テレビの企画かとも思いましたが違いました。本当に人殺しが起きたのです。彼女は人を殺していた。しかし、彼女にはその記憶はなくその証言も虚偽ではないと立証もされています。でも、あれだけの事をして覚えていないというのはおかしい。サザナミの管理下で人を殺せるはずがないと私はずっと信じていました。殺人には殺意が、殺そうとする意志が必要だと信じていたからです。明確な意思を以て行動を起こすということが摂理であると思っていました。でも意識などなくても行動は起こすことは可能なのです。〈二重知覚オーバーパーセプション〉の原理はそこなのにどうして気がつかなかったのか、今となっては残念で仕方がありません。

 サザナミは皆様がご存知の通り人の殺意を消すもの。肉体が行動を起こす際に発生する私たちが意思と思っている脳内指令つまり『人を殺すという指令』を脳が認識する前・・・・・・・に打ち消すので私達に殺すという意識はありません。そして〈二重知覚オーバーパーセプション〉は肉体の反射能力を基にしているため一定の行動に関する意識――主に戦闘時の攻防については認識できないのです。例えば『急に飛んできたボールをとっさに避ける』という行動においてのとっさに避けている瞬間や、今朝玄関をどちらの手でドアを開けたのか、玄関を出る時にどちらの足を最初に踏み出したか、などの記憶がある人はほとんどいないでしょう。気がついたら避けていた、歩くあるいは掴むといった日常動作というのは認識外の行動という事なのです。

 このように意識しない行動が存在するということは、殺人も同様であると私は考えました。人の殺し方、どうやって死ぬのかというのは今の世では誰もが知っている事です。知っている以上、相手に殺意を抱いた時に自覚がないまま殺してしまう可能性も十分にあり得たのです。だから人質事件の被害者である彼女は死を恐れ恐怖の限界の末に体があのように動いてしまったのだと私は考えています。

 このサザナミシステムが無意味なものであったとは決して思ってはおりませんが、意識という認識を通り越しての行動がこのような事件を引き起こしてしまったならば、サザナミが続く限り殺意なき殺人者は現れ続けるでしょう。殺意を感知できない・・・・・・という点においてサザナミは最早危険ですらあるのです。現法において殺意のない者に対して殺人罪は適用されません。サザナミで殺意が消えている以上それは不可能なのです。条件反射行動に対する責任は誰のものなのか、一度考えるときだと思います。

 手荒な手段を取ってしまった事は謝罪します。申し訳ありませんでした。しかし、このような手段を使わなければ国防省は耳すら貸してくれません。そして先日の私の要求に対して返答がありませんが、あの取引はもう必要ないという事でしょうか。そんなわけありませんよね。では条件を変えましょう。私が言うまでもないでしょうからサザナミの停止についてはもう結構です。改めて条件を開示します。今から四十八時間後、明後日の六月七日・午後十八時、すべての始まりの場所にて国際特別安全管理局日本支部で保護している佐々木未紗の引き渡しを試薬と――この日本刀『大天那』を引き換えに要求します。この条件ならば認めていただけますよね。回答期日は今日の日付変更まで。六時間もあれば良いお返事を期待できるでしょう。それでは皆様、今夜も良い夢を――』

【波川桐恵の声明/書き起こし】

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