第3話―桐恵の日記―
四月十六日
六大陸間の戦争がついに始まってしまいました。日記をつける習慣はないけれど、これを機につけることにします。日本は中立を宣言しているけれど、この技術を持つ国だしどの大陸も欲しいと思う。両親は神経生理学研究所の職員だけれど国家プロジェクトである戦闘技術『オーバーパーセプション』開発に携わっています。職員の募集要項は二〇歳以上だから、成人したら、私も研究に携わりたい。
四月二十日
一八歳以上の人員を募集している求人があるからと、両親が研究所に連れて行ってくれました。私の誕生日はまだなのだけれど、今年十八歳になる人でも大丈夫みたい。広い会議室のような所に私と同じような感じの人達が大勢来ていました。所長さんがここの仕事についていろいろ説明をしてくれたけれど、どうやら私達は日本治安維持中立協会が開発したオーバーパーセプション(二重知覚)を実装する第一世代に選ばれたらしい。成人したら両親と同じ仕事が出来ると思ったのに、別の職場になってしまって少し残念。二年後に転属できるかな。
五月十八日
穿頭手術が終わりました。各大陸はやはりオーバーパーセプションの技術が欲しくていろいろ圧力をかけているみたい。日本側は、試合をして勝ったら技術公開をする、という条件でとうとうこれを承諾しました。まるで道場破りみたい。試合をするためのチーム分けは来週。
五月二十五日
今日はチーム分けの発表でした。一チーム十八人です。実際に試合場に行く選手と通信基地から感覚を送るサポーターに分かれて、その中で前線に出る機動班担当三人とそれを援護する狙撃班担当を各二人決めます。誰がどれをやるかとかパートナーを決めるのは話し合って決めます。あの様子では決めるのは結構大変そうだけれど仲良くなれたらいいな。
五月二十八日
未だに話し合っています。オーバーパーセプションはサポーターの視覚や聴覚とかの知覚を選手に乗せて倍にするのですが、痛覚だけはサポーターが二倍の状態で受けます。実際に戦って怪我をするのは選手でさらに脳の身体リミッターも解除するからなかなか決めるのも難しいかもしれません。今月中に提出しないといけないから最終的にはクジ引きになりそう。
六月一日
クジ引きで決めた役割で今日から戦闘訓練を始めました。試合の勝利条件は、試合空間を展開している制御室を制圧する事。また、選手は気絶や死亡など戦闘続行不能になった時か降参宣言をした場合は退場です。私は機動班担当になりました。接続しているときの痛みはサポーターが受けるけれど、接続が切れた後に怪我をすれば選手も痛むみたい。
六月六日
今日の全体格闘術訓練で苦手なところがあったので、ちょうど隣だった佐々木未紗ちゃんに練習相手を頼んでみたら快く引き受けてくれました。友達になろうと言われて嬉しかった。ここに来て初めての友達です。あと今日は試合用スーツの試着がありました。ユニフォームの意味合いも持つので試合参加班は全員着用します。機動性重視のピッタリとした生地になっていて身体保護の為に金属製の繊維も織り込まれているそうです。これは身体リミッターを解除した選手の身体が壊れないようにするためです。手足は別素材の手袋と耐衝撃性のある靴が支給されます。
六月十二日
試合相手が決まりました。北アメリカ大陸のチームです。相手の拠点にある試合場を制御しているモニター室を制圧すれば勝ちらしい。試合は来月。これから本格的な訓練が始まります。今日も未紗ちゃんとシミュレーションをしたけれど、なんだか結構良いコンビかも。そういえばナイフや小型拳銃が使いやすいと習ったのに、何故か機動班の選手の数人は日本刀を使っています。未紗ちゃんもそうなので、室内戦闘では刀の長さとか鞘とかが邪魔になりそうなのにと思って気になって訊ねたら、狭い空間だと使い難いけれど命を預けるなら一番馴染んでいる刀が良いって言われました。どうして馴染んでいるのかというと未紗ちゃんの実家は剣舞という日本刀を使う伝統芸能を継いでいるお家で、他に使っている人達はそこの門下生だったみたいです。長物だから制御室制圧ではなく室外での後方支援がメインになると思うって言っていたけれど、模擬戦闘を見る限り予備のナイフでも十分に戦闘能力は高いからきっと前線に出るのだろうなと思います。
七月十日
使う武器は対人戦闘なのでナイフや小型拳銃、長距離型ライフルや散弾銃など。ミサイルもあったけれど今回は使わなかった。いくらシミュレーションをしていたとはいえ、本物となるとやはり怖いです。銃弾が掠めた右頬がすごく痛い。初めての試合でたくさん仲間が死んだ。私のチームも試合場で選手が一人と、痛みの負荷に耐えられなくてサポーターが二人いなくなった。なんとか相手側の拠点を制圧出来たから良かった。視覚に広がる赤い血や遠くから聞こえてくる叫び声を、私は二度と忘れない。もうここからは戻れない。日本の未来は私達が守るしかないのだから。
七月十七日
十八歳の誕生日です。これ程生きてこの日を迎えられた事をとても嬉しく思った事はないです。未紗ちゃんが誕生日プレゼントにと私の好きなフォンダン・オ・ショコラを作ってくれました。両親からは以前から欲しいと言っていたウサギの柄が入った懐中時計を貰いました。大切にします。
十一月十一日
世代交代も含め第四~五世代の人達とチームを再編成することになりました。第四世代以降の人達とは接続回路が違うから今まで一緒に組まなかったけれど、第三世代までの人が少なくなってしまったそうです。また近々手術をします。私達のペアはさほど大きい怪我をしたことはないけれど、パートナーは先日のヨーロッパ大陸試合以来、脳波値に異常が見つかったとの事で長期療養に入っています。新しいパートナーは未紗に決まりました。これからは未紗のサポーターとして頑張ります。未紗のペアは一度も怪我をしていないけれど、パートナーが度重なる試合によって精神的に不安定になり、とうとう部屋から出てこなくなってしまったそうです。このパートナー変更は私も意外だったけれど今まで何度か一緒に参加した事もあるから大丈夫だと思う。
十一月十二日
新しくパートナーになった未紗と更に仲良くなる為に今日は沢山お話をしました。今日仕入れた情報は未紗の誕生日が四月一日という事です。来年はお祝いを忘れずにしたいと思います。それと刀の話もしました。刀というのは大小の長さのものを片側に二本差すらしいのですが、未紗は同じような長さの刀を両側に一本ずつ差しています。『
三月九日
最近、なんだか未紗の様子がおかしい。試合中の高揚を私まで感じる。ギリギリの命のやり取りなのに、楽しんでいる? 今日の試合で制御室のモニターに映った未紗の笑った顔を見て驚きました。試合終了後に心配になって迎えに行ったら、未紗は外にいて並べられた仲間達の遺体を前に、顔に着いた返り血を拭いもせず、ただずっと見ていました。満月に照らされた横顔がとても冷酷に見えて思わず引き返してしまったけれど、あの日見た未紗ほど怖くて、そして美しいと思ったものはありません。
七月六日
最近未紗が医療室へ行く回数が多い。どうやら度々カウンセリングを受けているらしいけれど心配になって訊ねてみても大丈夫の一点張りでした。でも、この前医療室の前を通りかかった時に偶々扉が開いていて未紗の声が少し聞こえました。全部聞き取れたわけではないけれど「これ以上殺したくない」とか言っていました。未紗がこれ程悩んでいたなんて気がつかなかった。今私が出来るのは、未紗が怪我をしないようにしっかりと集中して反応速度を上げるようにする事と話し相手になるぐらいしかない。代わりに前線に出ようかと言ったら未紗にものすごく怒られたからそれも出来ません。未紗を戦地から助ける為に他に私が出来る事は何だろう。未紗が戦わなくていい方法を考えないと。
七月十八日
未紗が怪我をしました。接続は切れていたから私に痛覚は来なかったけれど、眼球の損傷は一番痛いと聞いたことがある。命に別状はなくて良かった。こ■■は■じゃ■■った……ご■■■■未■。
七月二十日
右眼の失明により《五感のいずれかを損失した場合》の協会規約に則って未紗の選手引退が決定しました。私は両親と同じ研究所へ転属になりました。これから私は神経生理学の研究を使って誰も戦わなくていい、殺さなくていい世界を造る。
【波川桐恵の日記より引用】
※ ※ ※
選手引退につき、以下の通り配属変更を行う。
佐々木未紗
旧 日本治安維持中立協会オーバーパーセプション所属 機動班選手
新 同所属 選手教練教官
第七回オーストラリア大陸試合中の事故により右眼を失明し引退。長期にわたる戦闘経験からの人命軽視や殺人嗜好の傾向があると診断される。訓練選手の育成に携わると同時に心理ケアカウンセリングを開始。
波川桐恵
旧 日本治安維持中立協会オーバーパーセプション所属 機動班サポーター
新 神経生理学研究所 意識対消滅研究部門 研究職員
当人により神経生理学研究所への転属の申し入れ及び、佐々木未紗の脳波を用いる意識対消滅研究部門新設の要請を受ける。当協会はこれを受諾し、当人を佐々木未紗専属カウンセラーとして再配属した。
【日本治安維持中立協会 異動通告】
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