第2話―最上階にて―

※ ※ ※


【場所】管理局附属病院

【取調官】氷瀬典礼

【立会人】波川桐恵

氷瀬 : 体調はいかがでしょうか。ではご自分の身に起こったことを正直に話してください。

被疑者H : 私は誘拐されて人質になったのです。被害者は私です。それなのにどうしてこんな……。

氷瀬 : 申し訳ありませんが、事が事ですから。貴方以外の事件関係者は……いないわけですし。

被疑者H : 私にだって分かりません。気がついたら目の前にたくさん人が倒れていました。

氷瀬 : ですが、廃工場で人質となっていた貴方がナイフで犯人達を次々刺したところを多くの人が目撃しています。覚えていないのですか。

被疑者H : ……はい。

氷瀬 : 貴方は一般の方ですが、何か護身術や武道などをされていた経験はありませんか。

被疑者H : いえ、ありません。運動は苦手なので。刑事さん達は、私が恐怖に駆られて反撃して殺したって考えているのかもしれないですけれど、そもそも誰かを殺そうなんて今の世の中でわけがありません。それは貴方達の方がよくわかっているでしょう。

氷瀬 : しかし実際は殺しているのです。我々が止めるまで手に……持っていたナイフを放すことはありませんでした。貴方の指紋もナイフから検出されています。

被疑者H : どうしてこんなことになったのか、私が知りたいです。教えてください。どうして私は……私に、何が……いえあれは……では、なかっ、た……。

氷瀬 : 落ち着いてください。少し休憩しましょう。

【被疑者H取り調べ供述調書(一部伏字編集)】


※ ※ ※


脳波解析および身体機能解析の結果、供述の虚偽は認められない。心拍数・発汗・瞳孔の動き・二酸化酸素濃度・体温などからは当人が虚偽の供述をしている可能性は極めて低い。また、脳波の解析においても記憶構造に欠落はなく精神状態においても特に異常も認められない。行動を認識していないだけではないかと推測される。

【被疑者Hの検査結果についての報告】


 ※ ※ ※


女→人質。周囲に五~六人、全て武装。犯人要求→サザナミ停止→拒否。男、人質の女を後ろからナイフで脅す。女、ナイフを奪い男の首元に突き刺す→動きが自然、プロ? 女、戦闘経験なし。

(動きが佐々木先輩に似ている? 関与? →監視)

【氷瀬典礼の廃工場立籠もり事件捜査会議メモ】


 ※ ※ ※



結局夜中までデータベースを漁っていたが気がついたら寝落ちていた。調べた結果、局員のうち特務警察所属の何名かのステータスに【入院】や【要観察】がついている事から予想以上に事態が深刻なものであるとわかる。典礼の言っていた事は本当だったようだ。桐恵は入局記録があったが出局記録はないので今も局にいるらしい。局に泊まる事も珍しくないとはいえ少々勤勉すぎではないか。

ふいに私は昨日から飲まず食わずでいたことを思い出し、朝食を作りにキッチンへ向かった。しばらくすると昨日と同じようにまたもやインターフォンが鳴り響いた。昨日と違うのは連打ではない、ということだ。あまり急いでいないようだし居留守でも使うかと無視を決め込んで私はホットケーキ作りに専念する。

「すみません。典礼です。もしもし先輩、起きていますよね」

典礼の声がドア越しに聞こえる。それでも無視していると、インターフォンだけでは埒が明かないと判断した典礼が今度はドアを叩き始めた。

「開けてください先輩。いるのはわかっています。むしろいなくては駄目ですよね」

ホットケーキが出来上がったから、という口実を盾にしながらも響き渡る打撃音にとうとう根負けした私はドアを開けた。

「おはようございます」

「おはよう、てんちゃん。私は今から朝食を食べるところなんだけれど」

恨みを込めて一言告げると、典礼は少し困った顔をした。

「そうでしたか。でも今はもう十時過ぎていますよ」

「私が起きたときが朝だからいいんだよ。まさかそんなこと言いに来たわけではないだろう。そういえば、桐恵はまだ局にいるみたいだけれど。何か知っていたりする?」

 そういうと典礼は驚いた顔をしたあと神妙な面持ちになった。

「先生は戻られていないのですか。まさかまだ局にいるなんて。……立ち合いの後、用事があるからと言って別れたのですが、少々勤勉すぎではないですかね」

「まったくもって同意するよ」

 私は苦笑いして肩をすくめ、典礼と顔を見合わせて笑う。そしてそのまま笑いながらドアを閉めようとしたのだが笑顔のままの典礼に足で阻止されてしまった。

「くそっ……」

「そうはいきません。でも大丈夫です。今日は先生ではなく先輩に話があるので。少し話してもいいですか」

「朝食」

「食べながらで良いです。お願いします」

追い返そうと思ったが、やけに真面目な典礼の目を見て考え直した。恐らくは昨日言っていた人が殺されたという件だろう。

「わかったから少しそこで待っていてくれ。着替えてくる」

そう言って私は部屋に戻り一番簡単なワンピースに着替えると、玄関の前で待っていた典礼を呼び居間のソファに座って朝食を食べることにした。典礼に珈琲を出すと彼は礼を言いノートとペンを持って向かいのソファに座って話を始める。

「先輩は先日起こった立て籠もり事件の件、知っていますか」

「ニュースで見たぐらいだな。でも人質は無事だし犯人も捕まったのだろう」

「その事なのですが……」

典礼は一度言葉を切り珈琲を一口飲んだ。

「犯人は全員、人質に殺されました」

「ちょっと待て。人質が犯人を殺したのか。逆ではなくて」

 思いもかけない発言に、私はホットケーキを詰まらせかけ慌てて珈琲を飲む。

「犯人が捕まったという報道は嘘か」

「幸いにしてあの現場には局員所属の人達しかいませんでしたので、報道機関にはそのように伝えてもらいました」

事件の概要はこうです、と典礼は事件の詳細を語り始めた。

「事件が起こったのは今から四日前。反サザナミ派が一般人の女性を誘拐、人質に取り廃工場へ立て籠もったのはニュースの通りです。俺の管轄での事件だったので現場に向かい人質の救助班へ参加しました。犯人側の要求はご想像の通りサザナミの停止ですが、当然こちら側としてそんな要求は受け付けられません。拳銃は撃てませんので我々は麻酔銃を持って制圧に向かいました。工場内での配置が完了し交渉を開始した時、犯人達は全員バタフライナイフなどの刃物を所持しており、リーダー格とおぼしき人物が女性の後ろから首元にナイフを向けている状態でした。サザナミ執行以後、致死率の高い拳銃は使うことが出来なくなっていますが、刃物は日常でも使用しますし、殺さずとも傷をつける程度なら人に向けての攻撃行動は可能なのですよ」

「どうして麻酔銃で人質ごと全員撃たなかったんだ。麻酔銃なら問題ないだろう」

「大ありです。人質に向けて発砲なんてしたら懲戒免職間違いなし記者会見コースですよ」

その方が手っ取り早いと言う私に何を言っているのだと言わんばかりの顔で典礼が否定する。

「先輩が警察じゃなくて良かったと今、心から思います」

「安心しろ。私は銃ではなく刀派だ。それで件の女性はその後どうしたんだ。恐らく恐慌状態に陥っていたのではないかと思うが」

典礼の文句を受け流し、私は先を促した。

「はい。女性の精神状態も限界に達していたと思われます。顔が俯き、気絶をしたのかと思いました。ところが突然、女性が反撃行動にでたのです。自分の後ろから腕をまわしてナイフを突き付けていた男の股間を蹴り上げ、手が緩んだ隙にナイフを取り上げました。まわされていた腕を軸にして、振り向くように体ごと体重を掛けながら軸足を払い後ろに倒し起き上がろうとする男に向かってナイフを振り下ろす。この間僅か数秒の出来事です」

「なかなかやるじゃないか」

昔なら部下に迎えたいぐらいだ、と笑う私とは対照的に典礼の表情は暗く沈んでいる。

「感心している場合ですか。その後はもう、地獄を見ているようでした」

典礼はその時の様子を思い出したのか、少し体を震わせた。

「我々警察も、犯人側も何が起きたのか理解出来ませんでした。いや、理解したくなかったのです。だってそうでしょう、殺されないはずの世界で人が殺されているのですから。誰一人としてあの時に動ける人物はいなかった。束の間の静寂を破るように、犯人の内の一人が雄叫びを上げ女性に向かうと、もう一人がそれに続きました。とはいえ、精々腕を切り付けてナイフを落とさせるぐらいのことしか出来ません。急所にナイフを突き刺すなど、普通の人には不可能です。女性は軽々と攻撃の手をかいくぐり、相手の喉を切り裂いていきました。そしてそのまま残りの犯人のところへ駆け寄ると、逃げる暇も与えず殺していったのです」

「そんな状況でも警察は麻酔銃を撃てないのか」

「そうですね。まさか被害者である人質が突然加害者になるなんて普通考えられますか。それにどういう行動を取ったにせよ、彼女が人質であることには変わりません。人質の救助が目的なので、元々犯人への攻撃は作戦の内でもありましたし」

典礼は苦し紛れの釈明をするが、要するに発砲許可は犯人に対してのみとしかされていなかったということだろう。それに状況に応じての対応をするにしろ、その現場の様子では誰一人撃つことは出来なかったはずだ。反撃され、もしかしたら殺されるかもしれないという状況でわざわざ人質を撃つなんてことは選択肢にない。

「それにしても、そんな状況下でよくその女性を保護することが出来たな」

「全員を殺害した後はただ立っていただけでしたので。念のために麻酔銃を構えながら局員が後ろから取り押さえたのですけれど、その時も大人しく銃を離しました。それから驚いたように辺りの惨状を見回すと悲鳴を上げ、今度こそ本当に気絶してしまいました」

「本人がまるで押さえられてから初めて状況を知った、というように聞こえたけれど……まさか自覚がなかったのか」

「はい、その様です。病院に搬送されて二日間、検査や精神ケアを受けていました。昨日やっと面会許可が下りたので波川先生立ち合いでの事情聴取をしてきたわけですが、本人曰く、覚えていない一点張りで」

「恐怖による一時的な記憶喪失とかは」

「その可能性も疑ったのですが、記憶回路を調べた結果欠落はありませんでした。記憶しているけれど認識はしていないといった状態でしょうか」

行動の意志を認識していないという点はサザナミの制御に似ている。管理局代表の桐恵が呼ばれたのもそれが主な理由だろう。

「何にせよ、彼女がその行動に至る理由があったはずだな。相手を『殺そう』と思う事は出来ないけれど何か心当たりは」

「要求拒否を伝えると、そのリーダー各の男は殊更強く女性の首にナイフの先を突き付けました。その時首筋から少し血が流れました。その直後でしたので、恐らくそれがきっかけではないかと」

「防衛本能からの反撃……今回の場合は正当防衛になるのか」

「それは難しいと思います。殺されるから殺したのならともかく、元々が殺されない状況下ですからね。過剰防衛、もしかすると逆に殺人罪と判断されてしまう可能性もあります。しかし、女性に殺意があったのかといわれると、それはありえないはずなので過失致死傷罪あるいは現場の状況から心神喪失とみなされる可能性もあります。ですが今回の件に関して上層部はレベル五――最高レベルの規制をかけました。いずれ公表するでしょうが、今は先輩の言っていた通り、犯人は全員逮捕と処理されています。人が殺されたとはいえ殺人を裁くシステムが今の世界にはありません。殺人罪とは殺意があってこそ成り立つ罪状ですから。今は特務警察の厳重な監視がついています」

「なるほど、今は隠すのか。国内、いや全大陸の混乱を招かないための処置と考えた方が自然か。いずれ法的措置をとらないといけない事には変わらないけれど、原因がわからない以上は迂闊に公表できない。それにサザナミのバグかもしれないという可能性も考えると、秘密裏な調査が必要になってくる。でもこの情報規制はサザナミの管理局にも当然適用されるよね」

「そうですね。管理局員で情報が開示されているのは所謂<色付き>までです。通常の局員にはあくまでも人質事件として伝えられています」

「状況はわかった」

さて、どうしたものか。典礼のおかげで事件の概要がわかり、私は今後の対応について考えを巡らせる。そんな中、ふと、ある疑問が湧いてきた。

「そういえば、てんちゃんはどうしてここに来たんだ。今日は首輪の鎮静剤スイッチを持っているとしても、人が殺されて原因がわからないという事件が起きた後でよくこの私の所に来られたな。私に殺されるかもしれないという考えはなかったのか」

そんな疑問をぶつけると典礼はスイッチの所持を当てられた事に少し慌てたようだった。

「昨日はあんなに緊張していたのに今日は落ち着いている。左手を腰から上に動かしていないということは、ベルトの辺りにつけてあるのだろう。それに何より《一番の安全装置》である桐恵がいないというのにわざわざ私と会うような人は皆、ほぼ間違いなく別の安全装置を持っている」

私は指を折りながら、ざっと理由を述べてみせた。こういう事は慣れているし必要な対策だと私は思っているけれど、そんな私に申し訳なさそうに典礼が謝った。

「すみません。俺が不甲斐ないばかりに先輩に不快な思いをさせてしまいました」

「こればっかりは仕方がないよ。私は相手が安心して話せるなら、毒でも爆弾でも打ち込める首輪をつけてもいいと思っている」

どうせ誰も押せないだろうけれどね、と笑うと典礼も少しだけ笑顔を見せた。

「あの、これ……やはり外に置いて来ます。むしろここで壊します」

意を決したように典礼が言ったが、私としてはあまりオススメしない。

「いや、どちらかというと持っていて欲しい。私だって、殺したくはないから」

殺したくない、という言葉に典礼の手が止まった。私は簡単に相手を殺そうと思えてしまうのだし、ついうっかりといったこともあるかもしれない。そういったもしもの時の為にも私を止める方法を持っていて欲しいのだ。要するに、私は世界に甘えている。

「俺がここに来たのは、先輩に確認したかったからです」

結局スイッチを手元に置いたまま典礼が口を開いた。私は黙って先を促す。

「先輩は、その人質になった女性……東方真希と面識はありますか」

「あるわけないだろう。ここの居住区の人間ならともかく、一般区域の人間なんて誰も知らないよ。向こうに行ったこともないし」

何を聞くかと思えば、と予想外の質問に少々面食らってしまう。しかし、典礼の目は真剣だった。私とその東方さんと何か関係があるのだろうか。

「そうですか。では、サザナミに載せられている電波は殺意以外にありますか。たとえば行動なども脳波を測定出来ますよね」

「いや……確かなかったはず。一応、研究では感情の脳波は喜怒哀楽全て解析済みではあるけれど実際に使うと聞いたのは殺意だけだったよ。それにサザナミでの行動制御を疑っているなら、今現在、攻撃行動とみなされる全ての行動が出来なくなっていると思う。刃物を持つという行動も規制されるだろうし、包丁で野菜を切る事も出来なくなっているはずだ」

そこまで答えると、典礼は腕組みをして考え込んでしまった。私には全くわからない。

「一体何を知りたいの、てんちゃん」

痺れを切らして訊ねると、典礼は真っ直ぐに私の目を見つめ、おもむろに口を開いた。

「東方の攻撃動作が、つまり人の殺し方が、佐々木先輩……貴方にとてもよく似ていたのです」

「何を言っている」

私は眉を顰め、吐き捨てるように言った。目の前にいる典礼は窓を背に立っていて表情を読み取ることが出来ない。こいつは今、どんな顔をしている。

「まさか、それだけの理由で私のところに来たのか。その当時の状況で人を殺すなんて事、戦闘経験があれば誰だって出来る。もちろん典礼、お前でもね」

「東方に戦闘経験はありません。言ったでしょう、一般人だと。それに護身術の類を身につけていたわけでもありません。戦闘経験のない人間があんなに動けるわけがないのです。ましてや、あの状況であの人数となるとかなりの戦闘能力が必要になります。それに、先輩に似ていると思ったのは俺だけではありません。あの場にいた誰もが、一瞬先輩が目の前にいたのかと思ったと言っていました。皆、元選手かサポーターですし先輩と一緒に試合に出た事のある奴だっています」

「要するに警察はその女が私に似た行動をしたから、もしかして私が何かしたのかと、この件に関与していると、本気で思っているわけか。今の典礼なら私が女に憑依して殺したとでも言いだしそうな勢いだけれどな、まったく冗談じゃない。どういうことか私の方が知りたいぐらいだよ。これ以上、オカルトじみた言いがかりはやめてくれ」

あまりの言い分にさすがにうんざりした私は少し口調が強くなる。典礼はすみません、と勢いを落とし居住まいを正した。

「しかしですね、警察は今回の事件をサザナミの欠陥の可能性と……先輩が関与している可能性の両方から捜査をしています。俺はどちらの可能性も嫌ですけれど、こうなってしまった以上は少しでも手掛かりが欲しいのです。……あの、先輩。サザナミについて知っていることを、全て教えてください」

 確かにサザナミ管理下においてシステムに欠陥があるのも、殺意保持者の私が関与しているのも、どちらに転んでも最悪の事態にしかならないな……。などとどこか他人事の様に考えている自分が少し嫌になる。私は小さく溜め息をつくと珈琲に口をつけ気分を落ち着かせた。

「悪いけれど、私も実はあまりよく知らないんだ。サザナミのことなら私よりも桐恵の方が詳しい。私は管理局員に公開されている以上の情報は持っていないよ。桐恵に会ったら聞いてみるといい」

サザナミについて私が詳しいことを知らされていないのは事実だ。仕組みについては理解しているけれど、貢献したとはいえ実際に研究を行っていたのは桐恵で、私が録られているデータをどのように使っているかは桐恵に任せてある。

「ええ、そうします。では試合に使われていた戦闘技術〈二重知覚オーバーパーセプション〉についてはどうでしょう。かつて我々が所属していた国防武装組織『日本治安維持中立協会』が生み出した戦闘技術でサポーターの五感を、接続器を介して選手へ上乗せしてその身体能力を向上させるもの。もちろん俺も前線にいた選手でしたし説明も受けていますが、俺のような援護メインの狙撃班よりも制圧メインの機動班だった先輩の方が実はもっと詳しく解説されていたりしたのではないですかね。それに先輩は開発当初から携わっていた第一世代プロトタイプですし、裏設定とか知っていたりしませんか」

「裏設定ってゲームじゃないんだから……でも確かに機動班になると座学で習った事に加えてもう少し踏み込んだ内容の説明もされていたよ。機動班は〈二重知覚オーバーパーセプション〉を理解していないと能力を十分に発揮できないからね」

「やはりそうでしたか……。資料によると、第一世代は五チームで前衛の機動一人に対して後衛に狙撃二人がつく三人一組型を基本にした各チーム機動三人と狙撃六人の九人編成。対になるサポーターを含めて戦闘員数は八十名だそうですが、その機動班の選手十五人の内六人は先輩のご実家関係の方々だったとか。ちなみに第一世代から最後の世代である俺達第十三世代と一緒に現役だったのは波川先生と先輩のお二人だけです。その世代で現在も健全な一般生活を送っている方は他にいません」

「今の私の状況を一般生活と呼んでいいのかはまた別として……かつての同胞の多くは一般市民としての生活を取り戻しているときいている。私の同期のほとんどは精神を病んで引退したか死んだかのどちらかだけれどね。今はあり得ないけれど侵襲式手術での死亡率も高かった。当時は穿頭して直接、脳波を電磁波に変えて送受信する接続器を埋め込んでいたんだよ。当然伝達率は高いしその分、精度も良い。もちろん今の医療技術で失敗する事もほぼない。ただ体への負担が問題だった。相性が悪い奴や負荷に耐えられなかった奴は次々いなくなった。本当はね、資料に載っている人数よりも作戦参加希望者はもっと大勢いたんだよ。でもここまで人材の損失が著しいとさすがにプロジェクト進行に影響が出ると判断したのか、私達の数世代後、……確か第四か第五世代ぐらいからは年齢を下げて募集して、今のてんちゃん達と同じように非侵襲式手術が行われるようになったんだ。皮膚の下に脳波の送受信機だけを埋め込んで、脳波を電波に変換する接続器は中継ポイントとして試合場全体にばら撒かれる。侵襲式とは回線が違うから私は二つ送受信機を持っていることになるね」

 典礼は穿頭と聞いて痛そうに顔をしかめ頭を擦っていた。ちなみにその位置ではない。

「五感を他者へ上乗せさせるのが〈二重知覚オーバーパーセプション〉技術だから、もしかして殺意を上乗せして操ったのではないかという事件との関係を疑う気持ちもわかるけれどさ。〈二重知覚オーバーパーセプション〉は感覚を他人に被せて広げるというだけで、意思を被せることは出来ないんだよ。そもそも選手の動きはあくまでも広げられた感覚による反射的なものだ。例えばそうだな……どこかから飛んできたボールを避けるのはおおよそ反射能力によるだろう。〈二重知覚オーバーパーセプション〉っていうのはその急に飛んできたボールを察知する無意識下での感覚――何気なく見ていた風景や風を切る音とかそういうものを統合して判断する能力を増大させる。だから試合場では飛んでくる銃弾も避けられるし、見えている限りは相手の動きも予測できるから先手も打ちやすい。てんちゃん達狙撃組の場合は遠くの標的も狙いやすくなるし、命中精度も各段に上がっていたはずだ。私と桐恵のコンビはその補正値が高かったから自分の周囲は大抵の事は把握できていたな……ごめん、話が逸れた。そうしてボールが飛んできたら避けるもの、と条件づけて『飛んできたボールを察知したら肉体は避ける』というように訓練したのが試合の選手だ。実際はボールじゃなくて銃弾だし訓練も戦闘訓練が主だけれどね。そういう仕組みだから機動班では特に本人の身体能力が高くないと身体がついていかない。だから、仮に一般人に対して〈二重知覚オーバーパーセプション〉を使ったとしても意味がないんだ。身体が先に壊れてしまうだろう」

 にっこりと笑って私は話を終える。〈二重知覚オーバーパーセプション〉と事件の関係性まで否定された典礼は捜査が振り出しに戻ったと嘆きノートにぐしゃぐしゃと落書きを始めてしまった。

「では、せめてもの土産話に先輩の失敗談を教えてください……」

「失敗談限定かよ……そうだな、桐恵に頼まれてアニメの戦闘シーンで使われていたBGMを内緒で聴覚回線に流しながら試合に出ていたら、何故か上司にバレていて過去に類を見ない程怒られたことかな。後から聞いた話によると、自分達だけの聴覚回線に乗せたつもりが、チームはおろか司令本部にまで曲が響き渡っていたらしい。その時の試合は生存率が高かったそうだけれど、BGMの効果かどうかはわからないままだ。あとは……この右眼かな。前線で名を馳せていた選手が事故で引退した話」

「そこまで重いのは結構です」

 即断る典礼を見て笑いながら、労いの意も込めて新しい珈琲とお菓子を用意してあげようと私はそっと席を離れた。

 その後はお菓子の品評をしつつ典礼の仕事の愚痴に付き合うお茶会になったが、不平不満をぶちまけて満足したのか話が終わると典礼は礼を言って帰って行った。

 犯人の女性が私と同じ戦闘行動を取ったという以上、何らかの形で私が関わってしまっているのは事実だろう。そして関わるのであればそれは私のデータを用いているサザナミシステムに他ならないが、私に物理的な接触は不可能なので装置に何か不具合でも起きてしまったとしか思えない。桐恵が戻ってから詳しく話を聞くつもりでも、典礼が言うには昨日のうちに戻っていないのなら、しばらく戻るのは難しいのではないかとのことだった。

 情報が少ない段階でいろいろ考えていても仕方がないと頭を切り替えて、私は日課をこなす事にした。自分の部屋から木刀を持ちだし、静かに息を整え剣舞の型をまず一つ。続いて次の型。今は譲っているが剣舞流派前頭目として体に染みついた習慣である。それに体を動かす事で思考も整理されるというもの。自分が何をすべきか、冷静に考えてみる。

 そうして辿り着いた答えとして私は真剣に情報収集を始めた。

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