Ⅴ
朝日の微かな陽光をニュイは瞼に感じた。
だが、いつもの気持ちのいい目覚めではなく、じわじわと頭が痛みを訴えてくる感触は、まるで悪夢から覚めるような目覚めであった。
「……最悪の寝覚めだな」
ぼんやりとした視界で辺りを見渡すと、自分はどうやらのこぎり草の部屋のベッドで眠ってしまっていたらしい。
懐中時計で時刻は確認する。――朝の5:30を迎えようとしていた。
「そうだ、フルールは!?」
ニュイは上体を起こして、ベッドから出ようとしたところ、部屋の扉がギィと音を立てた。
「あ、起きた?そろそろ起こそうと思ったから、ちょうど良かったわ」
「ふ、フルール……?俺は、どうしてここに」
「ニュイ、急に倒れちゃったから。のこぎり草がここまで運んでくれたのよ」
フルールはそう言って、朝食のパンとミルク。そして、何かの錠剤と水を載せたトレイを持ってきてくれた。
「お腹、空いたでしょう?昨日の夜もご飯食べてなかったそうじゃない」
「あ、うん。そうなんだよ。昨日は、全然食べてなくて」
差し出されたトレイを受け取り、ニュイはすぐさまパンを頬張って空腹を満たす。その様子が可笑しかったのか、フルールは静かに微笑む。
ニュイは気恥ずかしくなって、俯いて食事を摂り続ける。
すると、フルールはこう話しかけてくる。
「――昨日は、あなたに酷いことを言ってしまったわ。ごめんなさい」
彼女に謝られるとは思ってもおらず、ニュイは困惑したまま答える。
「い、いや、そんな。フルールが謝ることじゃ」
「ううん。ニュイは、私のために頑張ってくれていたんだよね。でも私は、あなたのことを信じてあげられなかった。だから、礼拝堂でのあなたの姿を見たとき、恐くて拒絶してしまった」
潤んだ瞳を向けて、フルールはニュイの胸に飛び込んで抱きついた。
「でも、おかげで全て思い出したよ。私自身の過去も、そして何より、ニュイと過ごした日々を。もう一度、思い出すことができて嬉しかった。ありがとう」
声を震わせ、泣きながら感謝の気持ちを伝えるフルール。
ニュイは、そんな彼女を優しく抱き止めながら、嬉しさで胸がいっぱいになっていた。
そして、決意する。たとえ、この命を懸けてでも、フルールを守ってみせると。
――ニュイは、腕の中で嗚咽を漏らす彼女をさらに強く抱きしめたのだった。
***
朝食を終え、身支度を整えたニュイは廊下で待つフルールへ声をかける。
「薬も飲んだし、帽子も被ったし……忘れ物はなさそうだ」
「あ、そういえば、のこぎり草がこれを持っていて欲しいって」
廊下の壁に立てかけてあった刃物のノコギリの柄を持って、ニュイに渡す。
「私を守る剣として、一緒に持っていてほしい、だって」
「ハハッ、のこぎり草さんらしいというか。でも心強いよ」
フルールを守ると決めた矢先、少しでも頼りになる武器が手に入り、ニュイは嬉々として刃物のノコギリを受け取り、背中に背負った。
時刻は6:40を指していた。
ニュイはフルールへ手を差し出す。
「じゃあ、行こうか」
「――ええ、逃げましょう。ここではない、どこか遠くへ」
フルールは差出されたニュイの手を取り、2人は階下へと降りていく。
「そういえば、フルールは都会に行ってみたかったんだよな?じゃあ、俺がこの村に引っ越してくる前の街に行こう。爺ちゃんたちがいるから、住む場所と食べ物には困らないはずだよ」
「ニュイが、昔住んでいた街?」
「ああ。そして、然るべき人に助けを求めよう。フルールのお父さんの悪行を止めるためには、俺たちの力では無理だから」
「ええ、そうね」
決意を新たに、2人は玄関の扉を開けて館外へと出た。
まだ外は少し薄暗く、ようやく朝日が顔を出し始めた頃である。
朝の澄んだ空気は冷気を帯びていて少し肌寒い。だが、雨の降りそうな湿った空気は今のところ感じない。
ニュイは地図を広げて、向かうべき場所の方角を確認する。
「ここから、東へ向かえば隣町に着くはず。何事もなければ、お昼前までには着くと思う」
「そこから、鉄道でニュイの住んでいた街まで行くのね?」
「ああ。日が暮れる前までには着くと思――」
ニュイはそこまで言いかけて、反射的に顔をあげる。
よく見ると、少し霧のかかった森からどこからともなく人影が現れた。その人影の足音が徐々に大きくなるにつれて、その姿を露わにしていく。
「え、どうして、もう帰ってきたの…!?」
フルールは、その森からやってきた者の姿を見て驚きの表情を浮かべる。ニュイはフルールを庇うようにして一歩、前へと歩み寄った。
その者は、館の門扉に手をかける。ギィィと錆びついた音と共に門は開かれた。
「――やはり、ここにいたか」
その男は、医者のユヌであった。冷然とした眼光を、ニュイに向けた。
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