Ⅱ
夜の庭にて、睡蓮は未だ噴水に腰掛けていた。
いつもならば、とっくに部屋に戻って就寝の準備を始める時間であったが、今日は部屋に戻ることなく、彼女は遅くまで月を眺めていた。
「……そろそろ、かしらね?」
すると、館の玄関の扉が開き、館内の光が外まで漏れたことに睡蓮は気づく。そしてそこから現れた人影を見て、薄っすらと笑みを浮かべた。
それもそのはずで、こちらに近づいてくる人影――もといニュイがその手に持っていたのは、睡蓮が今まで追い求めていた花宝石の入った宝箱だったからだ。
夜の闇が辺り一帯を覆っているにも関わらず、宝箱の中の花宝石たちは虹色に輝きを放っている。その輝きが徐々にこちらへと向かってくることに、睡蓮の感情も昂ぶっていく。
ニュイは噴水の前で歩みを止めて、睡蓮の方へと顔を上げた。
――2人の間に夜風が吹く。睡蓮は挑発的に微笑んだ。
「妖精から聞いたよ。月見草を殺してまで花宝石を奪ったんだってね?影狼の護符をアナタに渡しておいて、本当に良かったわ」
「……」
睡蓮の挑発にも動じず、口を閉ざすニュイ。
睡蓮は、そんなニュイの瞳を見て、気づいたことがあった。
ニュイの目は、初めて会った時のような、何かに怯える子供の目ではなく、迷いのない覚悟を決めた目をしていた。
――想い人のためなら、殺人さえ厭わない、狂人の目を。
「ふふふ……あーはっはっはは。あの子を助けるためにそこまでするとはねぇ。見直したわ。私も、アナタの頑張りに相応しい話をして差しあげましょう」
「2つ、聞きたいことがあります」
感情の起伏のない淡々とした口調で、ニュイはこう告げた。
「――1つ目は、白薔薇さんを暗殺するいい方法がないか、教えて欲しい」
「……?白薔薇?まだ棺の中で眠っているあの子を?」
「いえ、棺の鍵は見つけました。彼女にかけられた呪いも、トリカブトさんが解きましたよ」
「へぇ、妖精がどこかに隠して分からないままになっていた、あの鍵を見つけたとは、ね…」
予想外の展開に、睡蓮の表情は驚きの色を隠せずにいた。実際、今日初めてニュイを見た時から何かをやってくれる、という根拠のない期待はしていたものの、想像以上のニュイの働きぶりに、睡蓮は感心する他なかった。
そして、ニュイの唐突な問いかけに疑問を口にする。
「それで?どうしてその目覚めたばかりの白薔薇を殺――」
思い当たる節があったのか、睡蓮は言いかけた言葉を飲み込む。
「なるほど。黄薔薇の命令か」
「その通りです。黄薔薇さんに、言うことを聞かなければ、フルールの花びらを燃やすと言われてしまいまして」
「だったら、逆に黄薔薇を殺して奪えば――」
「下手に行動を起こして感づかれたら、その場で燃やされてしまいそうなので。手を出せずにいます」
窮地に追い込まれて自信を喪失しているニュイに、睡蓮は何かいい案がないか、口元に手を当てて考え始める。そして、何かを思いついたかのように、ニュイにこう告げた。
「それなら、呪い殺すしかなさそうね」
睡蓮は噴水から降りて、近くの花壇にてある花を摘んだ。その花は夜の闇に溶け込むようにして、淡く光っている。
――それは、白百合の花だった。睡蓮は摘んだ白百合をニュイに渡した。
「何か入れ物を持っているかしら?この白百合の花が入りそうな器を」
「それなら、ここに瓶がありますよ」
ニュイは、楽譜の入っていた小瓶を見せた。
「ちょうどいい大きさね。じゃあ、その瓶に白百合を入れたら、こっちに来てくれる?」
ニュイは茎をへし折り、瓶の中に白百合の花を入れた。そして、そのまま水の湧き出る噴水のところまで駆け寄った。
「瓶の中に、水を入れて頂戴」
「水を、ですか?」
何かの魔術の儀式なのだろうか、とニュイは睡蓮に言われるがまま、白百合の入った瓶の中に水をいっぱいまで満たし、蓋を閉めた。
「なぜ、こんなことをするのですか?」
「最初にアナタと出会った時に、こう言ったでしょう――『花も水も生きている。だから悪口をいえば、水は汚れ、花は色褪せ、枯れるでしょう』、と。物は試しにその瓶に入った白百合に憎しみや殺意を込めて悪口を言ってみなさいな」
「……そんな、急に悪口を言えと、言われましても」
悪口を告げるだけで水が汚れるなんて、まるで魔法だと思ったが、睡蓮を信じて、ニュイは一呼吸置いた。
先ほどからニュイの頭はズキズキと、痛みを訴えている。両手で抱えた小瓶にピタリと額を当てたまま、ニュイは祈るような姿で呪いの言葉を吐き始めた。
「俺はフルールのことが好きだ。大好きだ。
フルールを助けるためなら、何だってやるし、邪魔をする奴がいれば、容赦なく殺してみせる。彼女が俺のことを忘れずに、これからも覚えていてくれる未来があるなら、人殺しも厭わない。
今も、どうしても殺したい人がいる。何の恨みもない、騎士に守られたお姫様を殺したい。本当は彼らの婚姻を祝して、幸せな未来を願ってあげたい。
……でも、ダメなんだ。このままじゃ、フルールの記憶が、完全に元に戻ってくれなくなってしまう。白薔薇さんを殺さなければ、フルールが俺のことを覚えてくれなくなるかもしれない。そんなのは嫌だ。だから、この手で白薔薇さんを殺さなければならないんだ。
けれど、俺一人の力では到底無理そうなんだ。だから、俺のために、呪いの花となってくれ。もがき苦しむほどの苦悩を与え、呪ってしまえ――呪イ、殺シテシマエ‼」
ありったけの怨嗟を込めて、ニュイは小瓶に入った白百合に念じた。
するとどうだろう。先ほどまで透き通るように透明だった水は、黒い絵の具をほんの一滴、落とした後みたいに少しだけ黒く澱んでいた。
「本当だ。水が少し黒く濁りましたね」
「残念だけど、アナタの言葉だけじゃ、その白百合を完全に黒く染めることは難しいでしょうね。やっぱり、黄薔薇に頼みなさいな。白薔薇への嫉妬、憎しみ、敵意、殺意の類を語らせたら横に出るものはいないでしょうから。一瞬で真っ黒になると思うわよ」
「黒く染まったら、どうすればいいのですか?」
「水が完全に黒く染まったら、瓶の蓋を開けて百合の花を取り出すといい。その時にはもう黒百合へと変わっているはずよ。あとは、その黒百合を殺したい人へ向けて、息を吹きかけるだけで、呪い殺せるはずだから」
「……分かりました」
この呪術の効果がどれほどのものかは分からないが、トリカブトに守られた白薔薇姫を殺すならば、これほど安全な方法はない。
睡蓮の魔術を信じて、ニュイは白百合の入った瓶を懐にしまった。
すると、睡蓮は引き続き、話を促してくる。
「それで、2つ目に聞きたいことは何かしら?」
「2つ目は、あなたたちがなぜ、植物をモチーフとした格好をして、この館で暮らしているのか。そして、フルールもそれに関わっているのかどうか、教えてください」
「やっぱり、その質問に答えなくちゃいけないか」
睡蓮はそう言って嘆息しつつ、こう答える。
「まず言っておくけれど、私たちは、別に植物の仮装をしてここにいるわけじゃないわ。この館にも来たくて来たわけじゃない。植物に呪われて、この姿になったことしか覚えていないのよ。人間としての生前、自分が何者で、どこの生まれで、何をしていたのかすら、全く覚えていない」
「どういうこと、なのですか?」
話が全く見えてこないため、ニュイは疑問を口にする。睡蓮はゆっくりと、こう告げた。
「私たちは植物と人間の融合体(キメラ)であり――その、研究の産物なのよ」
「……植物と、人間の融合体(キメラ)?」
あまりにも非人道的な言葉が出てきたせいか、ニュイは急に恐くなって狼狽えていた
「そんなヒトが触れてはならない領域の研究をしているのが、この館の主人(あるじ)よ。主人は、このキメラ研究に取り憑かれた、魔術師の中でも異端中の異端に違いないわね。
主人が、この禁断の魔術に手を染めた経緯までは知らないわ。私は、比較的魔術に関する知識の吸収と理解が早かったから、助手として主人を手伝うことが多かった。もう彼此、10年以上、このキメラ研究の手伝いをし続けていることとなる」
遠い目をして、睡蓮は当時の記憶を語り続ける。
「最初はこの研究も難航したわ。なぜなら、大抵の人間はマンドラゴラへと姿を変えてしまい、私たちみたいに何かの花をモチーフとした植物人間が生まれることは稀だったからよ。そして何より実験体の確保が一番の問題だった。一人の人間を攫い、館に監禁して、植物人間へと変えるのはあまりにもリスクが大きかったのよ。しかも、ほとんどの人間がマンドラゴラへと変わってしまう以上、より多くの人間を実験体として用いて、数をこなさなければならない研究内容だったの」
自身の忌々しい記憶を語る睡蓮は、険しい眼差しをしていた。そして、さらに声のトーンを落として、睡蓮は語り続ける。
「そんなある時、主人はできるだけ多くの人間を植物人間とするために、一つの方法を考案した。それが、これよ――」
そう言って、睡蓮が手にしていたのは、わたぼうしと化したタンポポであった。睡蓮はそれを一通り手で弄ぶと、ふぅーっと息を吹きかける。
タンポポの綿毛は、ふわふわと空を舞い、夜の闇へと溶け込むように飛んで行った。その光景を見送りながら、睡蓮は話を続ける。
「こうやって飛ばしたタンポポの種子は、普通、地面に着床して花を咲かせるわよね?けれど、私たちの主人は、この種子が人間の耳へと侵入するように仕向けた」
「……耳に、タンポポの種子が入るだって?」
「改良に改良を重ねた結果、気づかれることなく、人間の耳へ侵入する成功率を上げていった。耳に入ったタンポポの種子は、数日後には発芽し、時間をかけて脳内まで茎を伸ばし、花を咲かせる。その花を咲かせる痛みと同時に、人は人間から、植物人間へと姿を変えてしまう、恐ろしい魔術なのよ」
次々と、頭の中では到底整理がつかないような話が続く中、ニュイは睡蓮の話を制して、疑問を口にする。
「だが、必ずしも、タンポポの種子が耳に入るとは限らないのでは?」
「そうね。人間の耳に着床せずに、地面に落ちた種子の方が圧倒的に多い。それは一見普通のタンポポとして花を咲かせるのだけれど、通常のタンポポと違い、一年を通じて花を咲かせる魔のタンポポなのよ。実際に、アナタの村に咲くタンポポもおかしなところはなかったかしら?」
「そういえば――」
睡蓮にそう言われて、ニュイはハッとして気づく。3年ほど前から、何故かタンポポはわたぼうしと化すことなく、ニュイの村で咲き続けていたことを。
それも年中、枯れることなく、冬の寒さにまで耐え続けて、雪解けから顔を出したタンポポの花は、恐ろしい実験の残滓であった。
「……俺がこの村に引っ越してきた時、道端に咲くタンポポに違和感があって、友人のモールに聞いたことがあったんだ。けれど、みんな特段気を止めることもなく、『そういう珍しいこともあるのだろう』と、その程度の認識でしかいなかった」
「まぁ、普段の生活に何も害がない以上、人間って異常を異常だと思わなくなってしまうものなのよ」
睡蓮は、話を戻して先ほどのニュイの質問に答える。
「そしてアナタの言う通り、人間の耳に必ず着床するわけではないから、発症のタイミングにバラつきがどうしても生じてしまう。少数の人間がマンドラゴラへと姿を変えてしまえば、村はパニック状態となり、実験の続行も危ぶまれてしまう。どころか、村にやってきて日が浅いことを理由に疑いの目を向けられてしまうでしょう?」
「村にやってきて日が浅い?どういうことだ?タンポポの種子はこの館から飛ばしているんじゃないのか?」
そこまで言って、ニュイは嫌な予感に囚われた。
疑いの目を向けられずに、この非人道的な実験を村の安全な場所から観察し、経過を見守ることをできるようにするには――
「……まさか、あの人は」
「そう。私たちの主人――ユヌ・ダンデュリオンは医者を装い、頭痛を訴え始めた村人に発症を遅らせる薬を飲ませることで、村全体に渡って頭痛を発症した患者数を管理していたのよ。そして一定人数に達した時点で、今度は逆に発芽促進剤を渡して、一気に村人たちを植物人間へと変えることにした」
「まさか、そんな、ユヌさんが――」
母親や他の村のみんなが頭痛で悩んでいたのは、ユヌによる残忍な実験のせいであった。ユヌが、定期的な訪問診療を行っていたのも、発症患者数の正確な把握が目的で、おそらく最後には全ての患者に発芽促進剤を渡すつもりでいるのだろう。
季節の変わり目の頭痛や、風邪の類ではなく、人為的な実験が村全体で行われていた。
「じゃ、じゃあ俺の村は、もう」
「ええ。アナタも含めて、もう手遅れもかもしれないわね」
睡蓮の指摘に、ニュイは反射的に顔をあげて彼女を睨みつける。
「……気づいていたのか」
「そりゃわかるわよ。時折、頭痛に悩んでいた素振りを見せていたから。アナタもおそらくはマンドラゴラと化すでしょう。既に、皮膚の一部が土色になっていることに気づいたかしら?」
睡蓮の指摘を受けて、すぐに手のひらや、腕を捲って確認すると、確かに肌色の皮膚が変色して、土色となっている箇所が散見された。
このままだと自分も、母親も、村のみんなも、マンドラゴラと成り果ててしまうことになる。
「……冗談じゃない」
ニュイは、怒りと焦燥で震える手に力を込める。そして、その事態だけは避けなければならないと思い、門の方へと向かおうとする。睡蓮は、そのニュイの背中を呼び止めた。
「今更どこに、行こうというの?」
「今からでも村に帰って、みんなにこのことを知らせるんだよ」
「無駄よ。もう色々と手遅れなのは分かっているでしょう?夜になってマンドラゴラも活発的に活動しているのに、どうやってこの森を抜けるの?それに、アナタがこのことを村の人たちに伝えたところで、信じる人なんていないでしょう。そして何より――」
一呼吸置いてから、睡蓮はこう告げた。
「主人が帰ってくるのは明日の午前中。つまり、アナタの村は明日を以て、村人のほとんどがマンドラゴラへと姿を変えることとなる。主人は、その中から運良く植物人間と化した人を館へと連れて帰ってくるでしょう」
「……なんで、どうして」
ニュイは、睡蓮の胸ぐらを掴みかかり、怒りの形相でこう叫んだ。
「どうして、無関係な人たちに、ここまで酷いことができるんだよ!?」
「別に、アナタの村に限ったことではないわ。すでに5つの村が主人の手によって、滅ぼされてしまった」
睡蓮は、胸ぐらを掴んできたニュイの手を叩いて、冷たい視線を向ける。
「異常でしょうね。主人のユヌは、娘のフルールはもちろんの事。自分の妻でさえも、植物人間の研究の実験材料としてでしか見ていなかったのだから」
「フルールが、ユヌさんの娘だって!?」
さらりと知らされる驚愕の事実に、ニュイは混乱を極めていた。
「で、でも、2人が診療所にいる姿は何度も見てきたけれど、そんな親子らしい会話なんて一切していなかったぞ!?」
「何をバカなことを言っているの?ワスレナグサの呪いのせいで、フルールは、主人のことを実の父親だと分からないのよ。そんな会話が生まれるわけがないでしょう?」
「だからと言って、他人を装う必要なんてないだろ!?」
「さぁ?主人がなぜ親子関係を伏せた上で、フルールに薬売りを装わせたのかは、私にも分からないわ」
「フルールは実の娘なんだろ?親子であることも、忘れさせるとか……そんなの狂ってる、絶対におかしいだろッ!?」
「私には、主人が何を考えているのか、これ以上は分からない。けれど、散ったフルールの記憶の花びらの処理を私に任せた以上、何か理由があるのには違いないわ」
「フルールの髪飾りの花びらの数が、元々2つだったのは――」
「2つならば生活に支障が出ない、最低限の枚数だったからよ。それでも普段の生活をこなすだけで精一杯だったはず。あの子には苦労をかけたわ。でも、こうする他、私には思いつかなかった」
睡蓮は一瞬だけ、自分を責めるような表情をして、話を続ける。
「そして残り3つの花びらは、館の一部の人に協力をお願いして、肌身離さず持っていてもらうことにした」
「それが、月見草さん、白薔薇さん、黄薔薇さんの3人だったわけか?」
「ええ、そういうことよ。来るべき時が来るまで、持っていて欲しいとお願いしたわ。――フルールのことを本気で愛し、助けてくれる騎士(ナイト)が現れるまで、ね」
「……」
睡蓮は、ニュイの右ポケットを指差して、話を続けた。
「その髪飾りを完成させた暁には、フルールは全ての記憶を思い出すでしょう。けれど、あの子の過去は凄惨な記憶が多い。あの子は、自分の母が実験台として扱われたのを見ているし、何より、人間であった時のあの子は主人から虐待され続けていたの。そんな心的外傷(トラウマ)を一気に思い出してしまうわけだから、あの子の心がそれに耐えられるかどうか、分からないわよ?」
「……それは」
ニュイは迷っていた。その事実を知った上で、それでもなお、フルールの髪飾りの完成を目指すべきなのかどうかを。
残り1枚のフルールの記憶の花びらを集めれば、フルールは今後、自分との思い出も、名前も、決して忘れなくなるだろう。
だが同時に、フルールは自身の暗い過去、そして心的外傷(トラウマ)と向き合わなければならなくなってしまう。
このまま、最後の記憶の花びらを、集めるべきか、否か――
「けれどフルールに、これ以上、俺との思い出も、名前も、何もかも忘れて欲しくないから」
「そう。なら、これ以上私から言うことはないわ。それと、約束通り、花宝石は頂くわよ」
睡蓮は、花宝石の入った宝箱を手に取ると、早速、その内の一つを取り出して、眼前に掲げる。恍惚とした表情で、その花宝石の放つ光を見つめていた。
「ああ、やっと手に入ったわ――花宝石。お前を手に入れるのをどれほど待ち焦がれていたか。なんと、美しいのでしょう」
「……」
ニュイは、花宝石に夢中な睡蓮のことを睨み据えていた。
そして、ニュイの独白は、静かな怒りとして無意識のうちに吐露された。
「……元はと言えば、誰のせいでこうなった?」
――村のみんながマンドラゴラへと変わってしまう危機に瀕しているのも、フルールが、記憶に係る病に犯され続けているのも、全部、医者のユヌの勝手な実験のせいで、こうなってしまったのならば。
その手伝いをしていた睡蓮にも、当然非があるはず――
そう、この女も同罪だ。
然るべき報いを受けるべきだと、そう思っていた折、睡蓮が話しかけてくる。
「そうそう。月見草は何か、花宝石について話していたかしら?」
「花宝石について、か?」
その質問と同時に、ニュイの脳内で妖精たちの言葉が蘇ってくる。
おそらく、花宝石は所有者を離れて、別の者の手に渡った時、何か良くないことが起こるはずだった。
ニュイは、そのことを伏せた上で、わざと睡蓮に嘘を伝えた。
「……ああ。花宝石はその美しさを理解しようとする者に、最大の恩恵を与えるものだと、そう言っていたよ」
「そう。私の予想通りというわけね。ああ、本当に。どうしてこんなに美しいのでしょう」
花宝石に見惚れてしまった睡蓮を後にして、ニュイは踵を返し館内へと戻っていく。
花宝石に呪われてしまえ、と内心で毒づきながら。
懐から懐中時計を取り出すと、時刻は、23:50に差し掛かっていた。黄薔薇姫との約束の時間までに、何とか白薔薇姫の暗殺手段は確保できた形となった。
所々、土色に変色した自身の手のひらを見て、ニュイは静かに微笑む。
「たとえ、マンドラゴラに成り果てようとも――フルールは、絶対に俺が守ってみせるから」
そして、館の玄関の扉を開けた時、黄薔薇姫の姿が目に映った。
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