Ⅵ
食堂の前の廊下で、ニュイは壁に背を預けて解体作業が終わるのを待っていた。
耳を澄ませば、ぐちゃり、ぐちゃりと――
ノコギリの刃と、ウツボカヅラの頑丈な皮膚が接し、擦れる音が聞こえてくる。
目を閉じて、耳を塞いでも、命の削られるような、聞いてはならない音が脳内で蘇ってくる。
悪魔のような発想から、解体に至るまでの経緯を思い出し、ニュイは身震いする。
「……本当に、こんなやり方しかなかったのか?」
食後のお茶に睡眠薬を混ぜられ、完全に眠りに落ちたウツボカヅラ。そして、睡蓮が麻酔薬の入った注射器をのこぎり草に渡した所までは、ニュイは見届けていた。
そして今に至るまで、ニュイは解体作業が一刻も早く終わるのを待ち望んでいた。
――どのぐらいの時間が、経ったのだろう。
すると、食堂の扉が開き、のこぎり草が声をかけてくる。
「ニュイの旦那。ヤツの解体が終わりましたぜ」
鬱積を晴らし、解放感と安堵の篭った声でのこぎり草は、そう言った。
シェフの白服は返り血を浴びて、所々斑点のように赤く染まっている。彼の手に持つ、ノコギリの刃先から血が滴っていた。
「楽譜の入った瓶は見つかったか?」
「えぇ、バッチリですよ」
わざわざ水で血を洗い流してくれたのか、楽譜の入った小瓶には一切血は付着していなかった。ニュイは、その小瓶をのこぎり草から受け取る。
「俺は、まだ後処理がありますので、旦那はその楽譜を月見草の姉御に渡しに行ってください。全て片がついたら、遅くなりましたが、旦那の夕食としましょうや」
「ありがとう。そして、ごめんなさい。のこぎり草さんに、こんなことをさせてしまって」
「いいんですよ、旦那。むしろ礼を言いたいのはこっちの方です。これで俺の暮らしも明日からはだいぶ楽になりますしね」
そう言って笑顔を作るのこぎり草であったが、さすがに人を解体した後だったのか、瞳はどこか虚ろげで、疲れが滲み出ていた。
――そして、食堂前の扉が重い音を立てて閉められた。
楽譜の入った小瓶を抱えながら、ニュイは月見草の元へ急いだ。食堂前の廊下を抜けて、玄関前から西館へと続く廊下を走っていく。
「あとは、これで花宝石を分けて貰えるか、交渉するだけだな」
これが失敗してしまったら、もう後は無い。花宝石を分けて貰えなければ、これまでの苦労が水の泡となってしまう。
睡蓮が見返りとして、白薔薇姫が封印された棺を解除してくれるような誘因――それは今のところ花宝石以外に考えられない。
睡蓮に花宝石を渡せなかった場合、白薔薇姫のペンダントにあったフルールの記憶の花びらは手に入らないこととなる。
「それだけは、あってはなるものか!」
それに、花びらはまだ2つある。1つは白薔薇姫のペンダントにあったが、残り1つについても誰が持っているのか、探さなくてはならないし、何より探す時間も必要だった。
「…そう考えると、時間がない」
ニュイは懐の懐中時計を見遣る。時刻はもう22:30を回っていた。
焦りは徐々に怒りを募らせ、苛立ちと頭痛が一度に襲いかかってくる。
「……後は、もう祈るしかない」
そして、西館の物置部屋に着いたや否や、首振り人形のネジを力強く回す。すると、何もない場所から月見草の部屋へと続く階段が現れた。
そして、ニュイは一歩、また一歩と階段を上っていく。
――そのニュイの後ろ姿を、2匹の妖精たちは復讐に満ちた目で見ていた。
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