館内の玄関前に到着するや否や、ニュイは宙に舞う2つの光を見つけた。

 すぐに見つかるとは思わず、ニュイは笑みを向けて、妖精たちに話しかける。

「やぁ、もう1人の君たちの仲間は見つかったか?」

「あ、お兄ちゃんだ!」

 妖精の1匹が気づき、ニュイの方へと近づいてくる。

「こっちは全然見つからないよぉ。アイツ、あんなに隠れるのが上手かったなんて」

「普段は、すぐに見つかってしまうくらい弱っちいのにね」

 そう言って妖精たちはケラケラと笑うと、ニュイに問いかける。

「お兄さんはどう?見つけてくれた?」

「いや、それが俺も頑張って探しているのだけれど、中々見つからなくて」

 ニュイは平静を装い、淡々と嘘を吐く。言動に少しでも違和感を与えないように、細心の注意を払っていた。

 そして、できるだけ感情を込めて妖精たちに依頼をした。

「そういえば、君たちにお願いがあって。ウツボカヅラさんのデザートのケーキの苺を元に戻して欲しいんだ」

「どうして?アイツ、食ってばっかりの奴だし、揶揄い甲斐があるのに」

「どうやら、そのせいでのこぎり草さんが、別にデザートを用意しなくちゃいけなくなったみたいで。ウツボカヅラさんが満足しないと、俺のご飯も作ってもらえないみたいなんだ。もうお腹ペコペコでさ」

 お腹を抑え、如何にも空腹であることを伝えたところ、妖精たちは同情してくれたのか、示し合わせて頷いた。

「分かったよ、苺は直すよ」

「お腹ペコペコなのは、ちょっとお兄ちゃんが可哀想だし、ボクが戻してくるよ」

 妖精の一匹が、そのまま北側の食堂へと向かっていった。

 ニュイは妖精たちの純粋な対応に、内心巧く行っていると自負していた。このまま、残り2つの依頼も無事にこなせば、妖精たちに用はなくなる。

 ――『月の光』の残り半分の楽譜を隠した場所と。

 ――白薔薇姫を封印した棺の鍵を隠した場所を聞き出すことである。

 ニュイが次の質問に移ろうとした折、妖精はニュイの顔を覗き込むように近づいてくる。

「……顔が近いけれど、どうしたの?」

「いや、お兄さんは本当に、僕の仲間が隠れた場所を知らないのかな、と思ってサ」

 ニヤニヤと不敵に微笑む妖精を前に、僅かに動揺が走る。

 嘘がバレるような言動はしていない、と自負していただけに、ニュイは固唾を呑む。

 ニュイは落ち着き払った様子で答えた。

「すまない。一通りは探したつもりだったのだけれど、見つけられなくて」

「嘘を吐くお兄さんはキライだよ?――その左ポケットにさ」

 指摘されたブレザーの左ポケットを見た時、ニュイは自身の軽率さを呪った。妖精は、罠にかかった獲物をみる目でこう告げた。

「僕らの羽の鱗粉が付いているのは、どういうことなのかな?」

 ニュイは咄嗟に、この後の返答について思索を巡らせる。

 妖精たちとはある程度の信頼関係を持った上で、言う事を聞かせようとしていた手前、嘘を吐いていたのがバレた今、その策は通じないこととなってしまった。

 ――こうなった以上、後には引けない。

 ニュイは、諦めた風を装い、できるだけ妖精から情報を引き出すことにした。

「分かった、俺の負けだ。降参だよ」

「じゃあ、今アイツはどこに隠れているの?」

「その前に、2つだけ教えて欲しいことがあるんだ」

 妖精はニュイの意図することを察したのか、黙ってニュイの質問を待っていた。

「礼拝堂で白薔薇さんが眠っている棺があるじゃないか?あの棺の鍵はどこにやったんだ?」

「そんなの、覚えているわけがないじゃないか。もう7年ぐらい前のことだよ?あ、でも何かの綺麗な箱の中に隠したような、庭の花壇の中に隠したような、屋根裏に隠したような……もう、よく覚えてないや」

「やっぱり、そうなのか」

 トリカブトの言っていた通りだった。

隠した本人である妖精自身が覚えていないというのは本当だったらしい。鍵を開けて白薔薇姫の棺を開けるのは無理そうであった。

「……花宝石を渡した見返りとして、睡蓮さんに無理やり棺の呪いを解いてもらうしかないか」

「?どうしたの、お兄さん。もう質問は終わり?」

 ニュイは気を取り直して、次の質問へと移る。

「最後に聞きたいことは、月見草さんが大事にしていた『月の光』のピアノ楽譜の半分をどこに隠したか教えてくれ」

「なんだ、そんなこと」

 妖精は退屈そうな表情を浮かべながら、気の抜けた声で返事をした。

「楽譜なら小瓶の中に入れて、ウツボカヅラのお腹に投げ入れたよ。アイツ、そのせいで最近はずっとお腹の調子がよくないみたいでさ。ホント、滑稽で面白いよね」

 一頻り嘲笑した後、妖精は勝ち誇ったかのような顔をした。

「ちゃんと、答えたよ。だからアイツが隠れている場所を教えて」

「分かった。嘘は吐かないよ」

「当然でしょ。ちなみにお兄さん、嘘を吐いても無駄だよ。お兄さんが嘘を吐くと、僕らにはその声が紫色に見えるんだ。だから、次に嘘を吐くようなことがあったら、ウツボカヅラに頼んで、お兄さんを一飲みにしてもらうからね?」

 最初から嘘はバレていたのか、とニュイは苛つく感情に任せて唇を噛む。妖精だと思って侮っていたのが完全に仇となってしまっていた。

 殺したことは伏せた上で、ニュイは本当のことを告げた。

「――西館の物置にある、ネジ巻き式人形の中だよ」

「本当、みたいだね。それじゃあ、お兄さんバイバイ〜」

 妖精の去っていく光を目で追い、姿が完全に見えなくなった。ニュイは一呼吸を置く。今までの話を整理すると、やはり一度ウツボカヅラとは会って話をしなければならないらしい。

「話が、通じる相手なのか…?」

 あの獰猛な食人花を前に、真っ当な対話が可能なのかどうか。

 見つかれば最後、人間の肉を欲していた彼に丸呑みにされてもおかしくはない。

「……どうすればいいか」

 対話が通用しないならば、手段はただ1つしかない、とニュイは分かっていた。

 ――油断した隙に、不意打ちで殺害することしか考えられなかった。

 食べ物や、飲み物に睡眠薬を混ぜて、眠って動けなくなった所を殺害し、腹を解体して中にある楽譜の入った小瓶を手に入れる。

「やっぱり、それしか方法がないのか」

 こめかみを抑え、ニュイはズキリ、と痛み始めた頭に悩んでいた。

 先ほどから、物騒な方向へと考えが至ってしまうのは、完全にこの頭痛のせいだと自覚していた。

 ――そうして、悩んでいた折、北側の食堂から聞き覚えのある声が飛び込んできた。

「あ、やっぱり!旦那のおかげでしたか!」

「のこぎり草さん?どうしてここに?」

 のこぎり草は嬉々とした表情で、こちらへと歩み寄ってきた。

「ほら、ウツボの野郎のショートケーキの苺が元に戻った件ですよ!あれも旦那が妖精たちを説得してくれたおかげなのでしょう?いやぁ、本当に助かりましたよ。ウツボの野郎、ショートケーキを食べられないことを理由に、どんどん他のデザートを作らせようとしたものですから、こっちも大変だったんですよ」

「そうだったのか。それは大変だったな」

「今はもう手も空きましたので、旦那の飯をこれから作りたいと思うのですが、何か食べたいものとかあれば、遠慮なく言ってください!」

「食べたいもの、か」

 テーブルにあったリンゴを1つ齧っただけなので、ニュイの体が空腹を訴え続けていた。ニュイはブレザーの内ポケットから懐中時計を取り出し、時間を確認する。

 時計の針は21:00に差し掛かろうとしている。あまりこの館に長居できない関係上、フルールの記憶の花びらを集めるために、急がねばならないことは明白だった。

 ニュイは空腹を押し殺し、花びら探しを続行することに決めた。

「それなら、夕食の前に、先にのこぎり草さんにお願いしたいことがあって。実は――」

 ニュイは、月見草に会うまでの経緯と、彼女に頼まれた依頼について、簡潔にのこぎり草に話し始めた。


***


「なるほど。月見草の姉御が探している楽譜の一部が、妖精たちのせいでウツボの腹の中に入ってしまったと。それを取りたいわけですね?」

 事情を知ったのこぎり草も、さすがにウツボカヅラの腹の中に入った小瓶をどうやって取ればいいか、考えあぐねていた。今まで、ニュイに助けられたことが多かったせいか、真剣に解決策を考えているのこぎり草の姿にニュイは安堵する。

「ああ。でも、ウツボカヅラさんのお腹の中にある以上、どうやって取ればいいか悩んでいて」

 ニュイは困った風を装いつつ、のこぎり草にこう告げた。


「――まさか、お腹を解体して取り出すわけにもいかないしな」


 ニュイはそう言って、のこぎり草の反応を見ていた。というのも、のこぎり草はウツボカヅラのことを心底憎んでいたはず。もしかしたら、この殺人に協力してくれる可能性が高いと踏んで、わざと発言した。

 そのニュイの殺意の孕んだ発言に、のこぎり草は一瞬、狼狽えるも、今まで受けてきた仕打ちを思い返したのか、徐々にその瞳憎にしみの色を宿していく。

 そして、のこぎり草は重い口を開き、殺人を肯定した。

「……解体するなら、アイツの食事に一服盛るしか方法はなさそうですね。睡蓮の姉御に頼んでみましょう。睡眠薬とかの薬の調合は、睡蓮の姉御が一番、この館で詳しいですから」

「けれど、この案はウツボカヅラさんを殺してしまうことになる」

「いいんですよ。俺も、アイツのことはずっとぶっ殺してやりたいと思っていましたしね。殺すまでのプロセスも、後処理についても、対外的な言い訳についても、うまくまとめたいなら、やっぱり睡蓮の姉御に相談するのがいいかな、と思いましてね」

「なるほど。確かに、今の俺たちだけでは手詰まりだな」

「そうと決まれば、早速、姉御に相談しに行きましょうや」

 2人は、玄関の扉を開き、睡蓮がまだ外にいないか探し始める。


 ――夜の庭にて、睡蓮は未だ噴水前に佇んでいた。

 

 2人揃って近づいてくる気配を察し、睡蓮は問いかける。

「どうしたの、アナタたち?私に何か用なの?」

 怪訝そうな顔をした睡蓮に対し、ニュイはどこから話せばいいものかと悩む。

「実は、月見草さんに会えまして。それで――」

「えっ、月見草に会えたの!?もしかして、花宝石も手に入れたとか!?」

 ニュイの報告が予想外だったのか、期待のあまり睡蓮は身を乗り出した。ニュイは彼女の期待の眼差しを受け流しながら、話を続ける。

「いや、それが……ちょっと厄介なことになっていまして」

 ニュイは月見草に会えた経緯と、受けた依頼事項、そして今の状況を簡潔に睡蓮に伝えた。

「なるほどね。月見草の探している楽譜の一部が、ウツボカヅラのお腹の中にあるけれど、どうやって取り出せばいいか途方に暮れているわけね」

 睡蓮は気づいたことがあったのか、不意に顔を上げる。

「もしかして、その楽譜を月見草に返すことで、報酬として花宝石を貰おうと考えているのかしら?」

「……そうですね。お願いしてみようとは思っています」

「なら、協力しないわけにもいかないか」

 2人の話を横で聞いていたのこぎり草も身を乗り出して、頭を下げる。

「睡蓮の姉御、俺からもお願いしやす。もう、アイツの我が儘に付き合い切れないんですよ」

 睡蓮は突然の依頼に溜息を吐きつつ、ウツボカヅラの殺害に協力することにした。

「分かったわよ。2人とも後で私の部屋に来なさい。睡眠薬だけでは解体途中に目を覚まして暴れられる可能性があるから。念のため、麻酔薬としてのモルヒネも精製していたはずだから、それも持って行きなさい。アイツが眠っている隙に――」

「その隙に、俺のノコギリで解体すりゃ、いいんですよね?」

「そこは任せるわ。主人(あるじ)が帰ってきた時の言い訳として、私の実験途中の魔術物資を誤って飲んでしまって、体内で爆発を引き起こした、とでも適当に理由を付けておけきましょうか」

「主人は、それで納得してくれますかね?」

「大丈夫よ。何気に、館の財政を圧迫しているのは、アイツの食費だったりするしね。主人もそのことに関しては、ずっと苦言を呈していたから。事故で死んでしまったのなら、仕方のないことだと納得してくれるわよ。多分」

「多分って……まぁ、姉御なら何とかしてくれると信じていますよ、俺は」

 睡蓮は噴水から降りて、館へと戻っていく。その後をのこぎり草が付いて行った。

 ニュイは二人の背中をぼうっとして見つめた後に、すぐに追いかける。

 巧く行き過ぎていることに対する不安と――

 人一人殺すことにあまり躊躇いのない、2人の言動に対してニュイは恐れた。

 ズキリ、と彼の頭に痛みが走る。先ほどから、痛みは治っては発症することを繰り返している。その間隔も短くなってきており、その度に、ニュイは猟奇的思考に取り憑かれそうになる。

 だが、全てはフルールを助けるため――

 ニュイは、その思いだけを強く抱いて、睡蓮とのこぎり草の後を小走りで追った。

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