ニュイは、玄関の広間にあるソファーに腰掛けていた。

 呆として天井からぶら下がっているシャンデリアを眺めていた。月見草は睡蓮でさえ、滅多に見かけない謎の住人らしい。

「そんなの、どうやって探せばいいんだよ」

――その折、視界を横切る2つの小さな光を目で追っていた。

「……何だ、あれは?」

 目を凝らすと、淡い光に包まれた小人がふわふわと宙に浮かんでいる。いや、背中から蝶のような翅をはためかせて飛んでいるではないか。

 すると、妖精の一匹と目線が合う。ニュイに気づいた妖精たちは、行き先を反転してこちらへと向かってくる。館の客人が珍しいのか、ニュイの周りを飛んでいる。

「わぁー、お客さんだー。のこぎりのお客さんだ〜」

「お兄ちゃんも一緒に遊ぼうよ!きっと楽しいよ〜」

 妖精たちはニュイの目の前で静止した。体長は10cmほどだろうか。間近でみると、中性的な顔立ちに、絵本に出てきそうな愛らしい姿形をしていた。

 妖精たちは気さくに話しかけてくる。

「あ、でもごめんね〜。一緒に遊んであげたいのだけれど、今はかくれんぼの最中なんだ」

「僕はすぐに見つかっちゃってね。あとアイツだけなんだけれど、どこに隠れているのかな〜?」

 妖精の一匹が何か思いついたようである。

「そうだ!お兄さんにも手伝ってもらおうよ。そうすれば、みんなですぐに遊べるよ!」

「そうだね!そうしよう!」

 ニュイはよく分からずに、作り笑顔で相槌をうつ。それを肯定の意で捉えたのか、妖精たちはニュイを彼らの遊びに巻き込む。

「じゃあ、お兄さん。僕たちの仲間を見つけたら教えてね。約束だよ?」

「僕たちは東館を探すから。お兄さんは北と西館を探してみて!頼んだよ〜」

 ニュイが了承する前に、妖精たちはその場を去ってしまった。どうやら、どこかに隠れた妖精を見つけなくてはならないらしい。こんなことをしている場合ではないのだが…。

 ニュイにはすでに心当たりがあった。

「もしかしてここに隠れているんじゃ」

 さっきから自分の背後で小刻みに動く宝箱に手を伸ばす。

 軽くコンコン、とノックすると宝箱はピタリと動きを止めた。ニュイは宝箱に耳を当てると、中から今にも泣き出しそうな声が聞こえてきた。

「グスッ…グスッ…、だれか、誰か開けて、助けてよ」

「おい?中にいるのは妖精の仲間か?」

 小声で宝箱に話しかけると、中の妖精は少し元気な声で返事する。

「お兄さん、誰?まぁいいや、それより助けてよぉ。ここなら見つからないと思って隠れたら出られなくなっちゃったんだよぉ」

「でもこの箱、鍵が掛かっていて開かないのだが…」

 試しに宝箱を力づくでこじ開けようとするも、ビクともしなかった。鍵穴がある以上、どこかに宝箱を開ける鍵があるらしい。このまま放置するのも可哀想だと思ったのか、ニュイは宝箱にこう囁く。

「俺が鍵を探してくるから、もうちょっと我慢してろよ?」

「……うん、うん。わかった。ガマンする」

 まるで泣いている子供を宥めるかのようであった。ニュイは玄関を離れて鍵を探しに出た。のこぎり草なら何か知っているかもしれないと思い、北側の食堂へと向かうことにしたのだった。


***


 玄関北側を歩いていくと、どこかの部屋から食べ物のいい香りがしてきた。お腹が空いていたので、無性に食欲を煽られるも、ニュイは我慢してそっと食堂の様子を覗き見る。

 すると、お腹にウツボカヅラを抱えた大男が、怒り狂った声で叫んでいた。

「――誰だぁ!俺のデザートのケーキの苺を食った奴はッ!?出てきやがれ!クソ野郎!」

 その大男の形相に、思わず恐怖で息を呑んだ。

 まるで人体とウツボカヅラが融合したかのような姿形をしていた。

 ウツボカヅラの口は広く、人間の子供どころか大人まで丸呑みに出来そうである。

 今まで見てきた花の住人とは比にならないほどの凶悪な姿であった。ニュイは大男に見つからないように、扉の隙間から状況を見守る。

 すると、ウツボカヅラの大男は急に立ち上がり、座っていた椅子を蹴飛ばしながら、厨房奥の、のこぎり草に怒鳴りつけた。

「いいかぁ!?ノコギリぃ、俺は苺の載っていないケーキをデザートとして認めはしないからなぁ!?今晩中に苺を見つけるか、俺が納得のいく代わりとなるデザートを用意しておけよ!いいな!?」

 重い足音を響かせながら、ウツボカヅラの大男は扉の方まで向かってくる。ニュイは咄嗟に扉の影に隠れて、やり過ごそうとする。

 幸いにも、ウツボカヅラの大男はこちらに気づくことなく、玄関の方へと歩いていく。だが、急に足を止めて辺りの匂いを嗅ぎ始めた。

「…何だぁ、人間の旨そうな肉の匂いがしたような気が…?」

 ウツボカヅラの大男は完全に足を止めて、辺りを忙しなく見渡す。ニュイは扉の影に身を潜める。男が去ってくれるのを心の中で祈り続けた。

 距離にして僅か数歩の差。

 大男の威圧感が、扉越しに伝わってきた。


 ――張り裂けそうになる心臓音に、頭の中が真っ白になりそうだった。


 すると、祈りが通じたのか、男は玄関の方へと狙いを定めて舌舐めずりを始めた。

「玄関の方から旨そうな匂いがするゾォ。人間なんて滅多に食えないから、楽しみだなぁ、どこにいるのかなぁ〜?」

 愉しげな笑みを浮かべて大男は駆け足気味に去って行った。

 ニュイは完全に脅威が去ったことを確認してから、厨房へと足を踏み入れる。そこにはのこぎり草がシェフの格好をして忙しそうに料理を作っている。

 厨房に入ってきた人影に気づき、のこぎり草は振り返る。ニュイの姿が確認した途端、こちらへと近づいてきた。

「…って旦那!?ダメですよ、勝手にうろつき回ったりしたら!ウツボの野郎に丸呑みにされるぜ!?」

「一応、睡蓮さんに貰った香水はつけたんだ。そのおかげでさ、何とか助かったよ…」

 睡蓮にもらった小瓶を懐から取り出し、のこぎり草に見せた。

「ああ、それなら一安心ですわ。アイツはマンドラゴラと同じ食人花だから人間臭い匂いには敏感なんですよ。ただ、香水を付けているからと言って、アイツには極力近づかないようにしてくださいよ」

「食人花、ってことは人間を食べるのか?」

「ええ。旦那も見たでしょう?あの野郎が抱えているウツボカヅラを。アイツに丸呑みにされて生きて帰ったやつは一人もいないですぜ」

 ニュイは先ほどの大男の形相を思い出して、身震いする。もしも香水を付けてなかったらどうなっていたか、言うまでもない。

 のこぎり草はと言えば、遠くを見つめながら殺気を込めて嘆息していた。

「マジであの食事バカ死なねぇかな…」

 呪いのような呟きを漏らすのこぎり草を心配して、ニュイは声をかける。

「さっきは、ウツボカヅラは苺がなくて怒ってみたいだけど、誰かに盗まれたのか?」

「妖精のせいですよ。アイツらには普段から何かを隠されて迷惑を被っているのですが…よりにもよって、ウツボの野郎が楽しみにしていたショートケーキの苺を隠しやがったとは」

「代わりの苺はないのか?」

「そんなうまいこと苺の在庫なんてないですぜ、旦那」

 ハハっと乾いた笑いを漏らすと、観念した顔つきで彼は話を続ける。

「今から妖精を探して、隠した苺の在りかを吐かせようとしても、おそらくこっちの困り顔を見て余計に調子に乗るに違いない。だから、大人しく別のデザートをこれから作ろうとしているのですわ」

 料理を始める前に、のこぎり草はニュイに申し訳なさげにこう告げる。

「旦那も腹が減っているでしょうから、テーブルにある果物でも摘まんでくださいな。また料理は作って部屋に持っていくので、待っていてくれればありがたいです」

「いや、こちらこそすまない。料理の邪魔をしてしまって。あ、のこぎり草さん一つ聞きたいことがあるのだけど」

「ん?なんですかい?俺で答えられるものでしたら、なんでもどうぞ」

「玄関付近に宝箱があるじゃないか?あの鍵って、どこにあるか知っている?」

「あー、確かあの宝箱って黄薔薇お嬢のアクセサリーの入った私物じゃなかったかな。でも今は、古くなったからアンティークとして玄関に置いているだけの空箱だったと思いますぜ。だから開けても、何もないと思いますよ」

「そうか。ありがとう、助かったよ」

 礼を言って厨房を後にすると、ニュイはテーブルに置いてある果物を盛り合わせたお皿から、食べやすいリンゴをとって齧る。

 少し空腹が満たされたのもあって、ニュイは再び、館の捜索へと移ることにしたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る