館の門前付近にて、その男は地面に膝をつき、懸命に植物を掻き分け探している。

 その表情に一切の余裕はなく、しきりに何かに怯えながら、忙しなく庭のあちこちを探していた。

「あああ、やべぇよ。次ミスったら黄薔薇お嬢に殺されちまう。ちくしょー、もうタンポポなんて此処ら辺に咲いてねぇぞ」

 頭を両手で抱えるも時間だけが過ぎていくことに、益々男の焦燥は募っていった。

 ――その折、門をガシャガシャと激しく鳴らす音に、男は思わず振り向いた。

「あ、ああ!そこのアンタッ!助けてくれ!」

「あ?って、うお!何だ、お前は?こんなところに何用だ?」

「友達が!マンドラゴラに襲われて!」

 金切り声を上げ、助けを求めるニュイに対し、男は呆れた表情で一蹴する。

「マンドラゴラに襲われた…?ならもう無理だ。ヤツらに一度でも捕まれば、骨の髄までしゃぶられるのがオチだ」

「でも!でも……」

「無理なものは無理だ。今頃、その友達とやらは奴らの巣に運ばれちまってるよ」

「モール、何で、こんな」

 あまりにも突然過ぎる友人の死を理解できずに、ニュイはその場に膝から崩れ落ちた。――絶望――もう救いはないことを宣告され、何も考えられなくなる。

 その男は、淡々とした調子でニュイに話しかけてくる。

「それより、どうしてこんな森の奥にまで来た?館の誰かに用があるのか?」

「いや、その、友人に誘われて」

「そうか。なら自業自得ってもんだ。それにアンタもさっさと此処から逃げた方がいいぜ」

「え、それってどういう」

「二度も言わせるな。逃げた方がいい。…まぁ、とは言え、もう日が暮れかかっているから、マンドラゴラも活発になって行動し始めるし、森を抜けて村に戻るのは不可能だろうがな」

 男は両腕を組むと、しばらく長考してから話を続ける。

「そうだな。俺の頼みを聞いてくれるなら、今日一日だけ此処に泊めてやらんこともない」

 ニュイは今の自分の立場を理解し、目の前の男への言葉遣いを改める。

「何でしょうか?」

「そこの屋敷の入り口に、黄色い薔薇を頭に乗っけた女性(ヒト)がいるだろ?」

 指差された方向を見ると、屋敷入口の階段に腰を下ろしている女の人の姿があった。

 一見すれば帽子と見間違えてしまうが、よく見れば黄色い薔薇の花を頭に乗せている。そして衣装は襟や袖口はレースやリボンなど多彩な装飾に彩られており、高貴さが外見から滲み出ていた。

「いらっしゃい、ますね」

「あのお嬢、花占いが好きでな。今日もタンポポの花びらを千切ってやがるんだが…厄介なことに、今日は全て〝嫌い〟で終わってしまっているんだよ。そのせいで頗る機嫌が悪いんだ」

 その女性周辺の足元を見やると、確かにタンポポの花びらや茎の残骸が、あちこちに散らばっている。説明の途中で、男も思わず嘆息してしまった。

「そこらへんに咲いていたタンポポも全て摘んでしまってもう咲いていないんだ。悪いが、どこかでタンポポを見つけて、黄薔薇のお嬢に渡してやってくれないか?もちろん、最後の花びらが〝好き〟で終わるようなタンポポじゃないとダメだぞ?」

 ニュイは突然の難題に面食らうも、ここで一晩を明かさなければ、村へと帰れないことを思い返し、しぶしぶ了承する他なかった。

「分かりました、探してきます」

「頼りにしてるぜ。ああ、そういえば自己紹介が遅れたな。俺はこの屋敷の門番をしている者だ。〝のこぎり草〟と呼んでくれ」

「のこぎりそう、さん?」

 男の風体は狩人のような服装をしていた。だがよく見れば、彼の腕の皮膚からは鋭い鋸歯(きょし)を携えた葉っぱが幾つも生えている。そして首回りを薄いピンク色の花が固まって咲いているではないか。

 ニュイはこの花に見覚えがあった。――ノコギリソウだと、そう声に出して言いたかったが、言葉を抑え、男が去っていく背中を見ていた。

 ニュイは何かの仮装だろうかと訝しみながらも、そのままタンポポ探しを始めることにしたのだった。

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