第1章:薬売りの少女を追って
Ⅰ
瞼の隙間から差し込む陽光を感じ、少年はそっと目を覚ました。眠い眼をこすりながら、ゆっくりと窓を開ける。
冬は少し前に終わりを告げたものの、朝はまだ冷える。肌と衣服の隙間を這ってくる冷たい感覚。少年の意識は少しずつ研ぎ澄まされていく。
遠くから声が聞こえ始める。村の男たちが畑仕事を始めたようだ。赤のベストの上から金色のボタンの付いた黒のジャケットを羽織り、少年はさっと身支度を整えると、扉を開けて部屋の外へ出た。
「おはよう、ニュイ」
「…おはよう、母さん。頭痛、まだ治らないの?」
少年の母親は、辛そうにこめかみの辺りを手で押さえていた。
「そうなのよ。冬も終わって、今が季節の変わり目だからかしらねぇ。村にも同じように頭痛に悩まされている人が多いみたいだよ。ニュイ、あなたも気をつけてね」
「ああ、分かった。でもまあ、昨日よりはだいぶ顔色が良くなってるんじゃない?」
短く答えて玄関から外へ出ようとするニュイを、母は呼び止める。
「ニュイ、また薬を買ってきてくれないかしら?確か今日は薬屋の女の子が来る日だったと思うのだけれど」
「大丈夫、そのつもりだから任せて。ほら、耳栓も持ってるよ」
少年は母の言うことを先取りするかのように、手の平に転がした小さな耳栓を見せる。
「そう。じゃあ気を付けていってらっしゃい。森には近づかないようにね」
母が言い終わるより先に、ニュイは玄関を出て後ろ手に別れを告げていた。
ニュイの家は、村の中心からは少し外れた小さな丘の上にあった。冬の朝の寒さをものともせず、少年の足は軽やかに、村の中心にある教会近くの診療所を目指して駆けてゆく。
道端にはまだ溶けていない雪が少し残っており、そこからどの植物よりも早く、タンポポが顔を覗かせている。途中の分かれ道で、ニュイは少し立ち止まり、眼下に広がる鬱蒼とした森を見た。
その森には、不吉な噂があった。
曰く、夜な夜な死人が歩き回るとか。
一度足を踏み入れれば、魔女の贄とされてしまい、二度と帰らぬ人となるとか。
しかし少年にはそんな噂など気にならない。なぜなら、今日はあの森から薬売りの少女がやって来るからだ。
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