STORIA 81
「見せて」
差し出された銀花の華奢な掌に、丹頂の羽をそっと乗せる。
雪を欺く彼女の肌に、それは違和感もなく融け込んだ。
まるで、初めから彼女の身体に備わっていたかのように。
清楚な少女だからこそ、幻想的な虚像も相応しい。
何れ彼女が成熟したら、﨟長けた女性になるだろうと、僕は想いを巡らせていた。
「懐かしい」
「え?」
銀花は愛おしそうに、丹頂鶴の羽に魅入っている。
「ああ、銀花も丹頂を見たことがあるんだね」
「ううん。そうじゃなくて。ねえ、レイ。もし、私の背中に羽根があったら驚く?」
幼い少女ならではの、新しい冗談だろうか。
僕は子供の頃に母親からよく読み聞かせを受けていた、動物報恩譚の一つでもある民話を想い出していた。
「はは、何。『鶴の恩返し』の影響とか。この家にお世話になっているお礼に、美しい羽根で機織りでもしてくれるの?」
僕は彼女に調子を合わせて、軽く返答する。
「レイ。もう! 信じてないでしょ」
「ごめん、ごめん。さ、そろそろ寝ようか」
二人分の食器を片付けながら、僕は銀花の頭にそっと手を置いた。
「レイも、お休みするの?」
カウンターの流しに立つ僕を追いかけて来た彼女が、朴直な眸子で問う。
「うん」
「分かった。じゃあ、私も寝る。また、明日ね。お休みなさい」
「いい子だ」
そう言ってから、僕は銀花の背を優しく三階へと促した。
いつの間にか、随分と心が軽くなっていることに気付く。
少女の存在が想いの他、僕の感情を凪ぐ効果を齎せていた様だ。
この秘薬が解けないうちに夢路を辿ることにしよう。
兆しを感じる。
夜明けが近い。
カーテンの隙間から届く、あえかな光を総身に受けて、僕は自室でぼんやりと携帯の液晶を眺めていた。
目に映るのは、母の番号。
どのくらいの間、彼女と言葉を交わしていないのだろう。
残された母の着信履歴に受け取らずにいた罪悪感を引き摺りながら、見慣れた番号をプッシュする。
母は寝覚めが早い。
朝食の支度に入る前に少憩をとる彼女の日課を記憶に留めていた僕は、敢えてこの時刻をと選ぶ。
発信後に間もなく、母が応答する。
しばらく振りに耳にする肉親の声音に仄かな帰心が募った。
「黎? 黎なのね。 心配していたのよ。数週間前辺りから、何度かに渡って携帯に着信を入れていたんだけど。全然、折り返しが来ないから。どう? 変わりなく過ごしているの」
「母さん。長い間、連絡出来ずにごめん。実は……」
僕は都の伯父が体調に異変をきたしていたことを戸惑いながらも母に告げた。
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