STORIA 78
都が言う様に、病院側が入院を勧めるなど楽観出来ない理由がある筈だ。
僕はどう答えていいのか戸惑いを隠せず、有り触れた言葉を都へと向ける。
「信頼出来る病院で治療を受けて、良くなることを願うよ」
巧言などではなく、本心だった。
不意に微かな気配を感じ取り驚いて身を翻すと、老婦が僕達のすぐ際に立っていた。
「都君。悪いけど、明日の朝一番に車を出してくれる? 弟を病院へ連れて行かないと。ここへ来る時は釧路空港からタクシーを拾ったんだけどね。車があるなら、その必要性はないわ。勿論、手助けしてくれるわよね。それと、黎君だったかしら。貴方は……都の幼少期からの友人だと、弟から聞いているけれど。幾ら付き合いが長いとは言え、私達の諸事情に他人である貴方をこれ以上、巻き込むつもりは毛頭ないの。黎君、あなたは東京へ戻った方がいいんじゃないかしら。親御さんも、嘸かし御心配なさっているでしょうに。秀蔵が具合を悪くしてからは、ここで家事全般のほぼ全てを担当しているそうじゃない。そのことに関しては、本当に感謝しているわ。でも、もういいのよ。休んで、これまで通りの日常を実家の在る東京で過ごして頂戴。お仕事にも就かないといけないんでしょう。ね? 若者は、若者らしく生きなきゃ」
老婦は柔らかい物言いで、僕を諭す様に提言する。
だけど、今の僕にとって直ぐに決断を下せる話ではなかった。
心の内側で何かが酷く揺らめいているのが解る。
そんなことを問われるまでもなく、都の傍に居続けるのが当然だと考えていた自身と、老婦の言葉をどこか救いの様にも感じている、もう一人の自分が存在している。
二種の感情は不安定に融け込みながら、時に何方かが主張を極め、僕を困惑させていく。
自死を仄めかす都を正しい方角へと導き、無謬で穢れのない未来へと連れて行けるだけの自信もなければ、彼の最期を見届ける勇気さえも僕には備わっていない。
いっそ老婦の助言に甘えて、自分の人生のみを大切にすればいいとも想う。
なのに、『手放す』ことが出来ないんだ。
「東京の母親とは連絡を取ってみます。ですが、少しだけ時間を頂けませんか」
今はただ、言葉を濁すしかなかった。
「そう。よく、考えてね。貴方のためよ」
老婦は口角を上げて、意味有りげな朗色を浮かべて見せた。
その笑顔は狡知に長ける、とでも言うのか。
一見、親族として何の繋がりもない僕を気遣っている様に想えた彼女の言葉も、排他的な感情を剥き出しにしているとも取れる。
他人は関わるなと、彼女はそう言いたかったのではないだろうか。
「秀蔵ちゃん。どうした、苦しいのか?」
八尋さんの容態の変化に気付いた都が彼の傍に寄り添い、その背を摩る。
「喉……が……」
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