STORIA 58

数え切れないほどの結晶の集まりと、厚い雪雲に覆われた大気の上層は、この地に足を踏み入れた僕達を逃がすまいと閉ざしている様にも想えた。

力強く吹雪くほど、心の余地を削り落としていくだけだ。




「今日は一日、自宅待機になりそうだな」

暖かなリビングから窓の外に目を遣り、僕は溜め息を零す。

「ま、そういう日も有りなんじゃないの。あ、秀蔵ちゃん。珈琲のおかわり頂戴。砂糖、大匙三杯ね」

気掛かりだった都の姿も、いつもと変わりはない。

八尋さんがカップにお湯を注ぎ抽出している間、彼は携帯にイヤホンを差し込むと何やら聴き始めている。

朝食の時間を共にしていた銀花は悪戯心が芽生えたのか、都の両耳にかかるイヤホンを無造作にも外してしまった。

彼女は、それを自身の腕の中に隠すように終い込む。

「銀、何するんだよ。返せよ」

「みやこ、レイ。支度をして。いいとこ、連れて行ってあげる」

突然の銀花の言葉に、僕達は耳を疑った。

外は強く吹雪き、外出など不可能なことは一目瞭然だ。

だけど、彼女はそんなことはお構い無しだ。

僕と都の腕を掴むと、銀花は強引に一階の駐車場へと連れ出そうとする。




「何なんだよ? 銀。引っ張るなって。欲しい菓子でもあるのか? こんな天候で、車なんか動かせるわけないだろ」

「そうだよ、銀花。脱輪する危険性だってあるし」

懸命に銀花を諭そうとするが、軽くかわされ、逆に僕達の方が彼女の調子に乗せられてしまっていた。

少女の無鉄砲な振る舞いに呆れながらもハンドルを握る都の傍らで、僕も座席に腰を降ろしている。

玄関扉から車内に乗り込むまでの僅かな時間に対してさえ、身に堪える寒さを感じている僕達なのに、銀花は変わらずの余裕を見せている。

「全く。家出少女、どこへ行きたいんだよ?」

「また、私のこと、家出少女って言った!」




二人の悠長な会話の遣り取りを背に、僕は独り切り、不安を抱えていた。

こんな吹雪の中では、視程が遮られることが分かっているからだ。

稀な確率で他の車と遭遇した場合、追突する可能性も否めない。

進むことも、停止することにも困難を伴う状況に、僕はただ無事を願うしかなかった。

「変だな。想ったほど、視界が悪くない。ホワイトアウトも、覚悟はしてたけど」

都が、小さく呟く。

周囲を見渡せば吹き荒ぶ雪が全てを覆い尽しているのに、過酷な環境は把手を握る都にさほどの悪影響を与えているとは想えない。

それどころか、彼は難なく運転を熟している様にも見えた。

「その標識を、左へ曲がって」

銀花は車窓に目印になる物を捉える度に、運転席に座る都に方向転換を求めている。

揺るぎのない意思から、彼女が歴とした目的意識を持って、僕達を導こうとしていることが窺える。









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