STORIA 59
到着までに費やした時間は、十五分位だろうか。
車内から身を降ろし、視野に取り込んだ世界は淋しいほどに無機質で人気のない区劃内だった。
だからこそ、息を潜めて佇む人口建造物は一際大きく目に留まり、心を惹き付ける。
「水門に、鳥通橋……。岩保木か」
辺りを一瞥した都が銀花の姿に目を遣り、溜め息を吐いた。
木造建屋の水門や古びた橋桁に、僕は随分と年月の重なりを感じている。
水門は、今でも使われているのだろうか。
「ここも、観光名所なのか?」
僕の問いかけに、都が頷く。
「ああ。でも、一般観光客にはあまり知られていない、少しマニアックな場所かもな。現に、訪れる人も少ないし。俺も実際に来たのは、今回が初めて。というより、銀! 何で、俺等をこんな所に連れて来たんだよ」
朽ちた混凝土橋の向こう、無邪気に手を振る少女の姿が映る。
誰よりも真っ先に雪面に降り立った彼女は、その身体を震わせることもなく、対岸へと渡り切っていた。
「銀のやつ、相変わらず薄着で、まるで雪女みたいだな」
素気ない都の言葉に、僕は自身の頬が緩むのを感じ取る。
「雪女というよりは、天使みたいな雰囲気だけどね」
彼女の曖昧な作意に引き寄せられるかの様にして、僕達も向こう岸を目指す。
視野を濁らすほどの悪天候は、僅かな時の中で回復を遂げていた。
幼い少女の足取りは軽く、儚げな存在が雪と一体化してしまいそうだ。
ようやく辿り着いた岸辺で、僕は彼女の左腕を掴む。
「銀花。そんなに奥へ進むと危ないだろ。元の場所へ戻れなくなったら、どうするんだよ」
軽く注意を促すと彼女は僕から離れ、鳥通橋の袂へと踵を返した。
「いいんじゃない? それも」
彼女がこちらへ向き直り、僕の瞳を見据える。
いや、僕を見ている訳ではない。
直向きな眼が捉えている先に佇む者は、都だ。
緩く、風下へと伝う大気が銀花の長い髪を大胆にも掬った。
ふわりと漂う繊細な毛先が宙で当て処もなく動揺を見せた後、重力に誘われて閑かに落ちる。
彼女はゆっくりと都への距離を縮めた。
身軽な身体を自由に操り、少女は橋の欄干上へと腰を降ろす。
都を俯瞰する形を取った銀花が、彼の首筋にそっと両手を翳した。
そうして、互いの吐息が触れ合うほどに頬を近付け、彼女は意味深長な笑みを浮かべて見せる。
「みやこにとっては寧ろ、本望よね」
彼女が露にする、全てを知り尽したかの様な酷く大人びた表情に、僕の体内で波打つ鼓動が不安定に揺らめく。
「銀。おまえ……」
都は一瞬、怖気付いた様な目元を見せたが、纏う少女の指先を煩わしげに解き放った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。