STORIA 57

「何、言ってんだよ」

都の予想だにしない言葉に、僕は声を荒げる。

「冗談だよ。どうして、もっと早くに相談しなかったんだって想ってるだろ。言える訳ないじゃないか、こんな格好の悪い話。誰かに泣き言を零して寄りかかるなんて、俺には有り得ない。親父の歪んだ仕打ちのお陰で、顔や腕は手を出されずに済んだのだから、一層、このまま隠し通してみせると意思を固めてた。奴に振り回されて、怯えて暮らすのは嫌だった。カメラのことだけを考えて、笑顔で夢を追いかけていれば、いつかは楽園に到達出来るはずだって信じていたんだ。受けた痛みも自分の中では封印して、麻痺させてきたつもりだ」

それでも辛さを分かち合いたかったと、細く自信のない声色で呟く僕に、都は強く言い切る。




「気付いてるか、黎。所詮、他人の優しさなんて物は脆くて、受ける側としては心許なく足元をぐらつかせるだけの与え物に過ぎない。縦え、相手がどれだけ知り尽した人間であっても。黎。お前は、俺の全てを知っている訳じゃない。寧ろ、覗けないだろ? 見せたくない部分は、覗かせないようにしていたんだから。黎を信頼していない訳じゃないんだ。上手く、伝えられないけど……」

「東京には戻らない覚悟で、釧路に来たのか? この地に留まることで都が救われるなら、選択もありだとは想うけど。だけど、僕は何れ都心に帰らなければならない」

言い辛い言葉を、都へ向けた。

短い沈黙の刻の中で、僕は彼の反応を閑かに待つ。

「分かってるよ。俺の私情にいつまでも、黎を巻き込むつもりはない。お前の人生は、お前の物なんだし。それに、釧路に永住するとは言ってないさ。ただ、一つだけ譲れない物があるんだ」

都が、曇りのない瞳で言う。

一点を捕らえる力強さが今朝、眼にした銀花の揺るぎない視軸と相重なって、僕は退くほどの気負いを感じていた。

譲れない物とは何なのか、彼に問いかけたいと喉の淵で望んでいるのに、気迫に呑まれた心が言葉を形に出来ずに輪郭を持たない泡へと変えてしまう。

「黎。銀には言うなよ」

都はそう言うと、背凭れが付いた木製の椅子に腰を降ろして、僕から視線を逸らす。

これだけ話せば充分だろう、そんな風に言われている気がした僕は押し上げてくる想いに歯止めをかけるしかなかった。




都が自身の内面を打ち明けたことで、これまでの関係が一気に崩れ落ちていく様な予感もしていた。

例えば、想いを零した彼が自ら招き入れた吐露という決断に堪えきれずに姿を消してしまったり、以前の様に笑い合うことさえも叶わない現実が控えているのかも知れないだとか。

偶然、その眼に都の傷痕を捕らえた銀花も、幼気な好奇心によって彼の心を扇動することがなければいいのだけれど。

積雪は容赦なく、嵩を増していく。







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