STORIA 35

陽光は航空機が到着した時から、雲の果てに姿を隠したままだ。

僕はニ択から、心に響くものを選び抜く。

視野を占める雪景色を、どう受け止めるかということ。

極上の光景はただ一途に美しいと捉えるのか、陽射しの降りない銀の大地は、単に侘びしさを齎すものでしかないのか。

本能では無条件に美しさを得ていても、影では淡く切ない色が存在していることも拭い去れない。

きっと、見る者の心的状態に左右されるはずだ。

苦しい想いを背負い込んでいれば、強張らせた肩に絡みつく寒気も酷く物哀しくなるだろう。

白く染まる大地は、薄汚れた灰白色として感情を奈落へと突き落とすのかも知れない。

僕には想い出すことも辛くなるような過去の記憶が存在するわけではないし、これまでも恵まれた環境の中に身を置いていた。

ただ、雪に身体を預け無防備に佇んでいると、今まで当然のように一緒に過ごした母の姿や、遠く離れた知人を不知不識の内に求めてしまっている自分もいる。

一番の親友が、手の届く場所にいながら。

少しの想いが何かの弾みで膨らむとするなら、積雲が覆う限りのない閉ざされた空間で、僕は迷子のように足踏みを繰り返すだけだろう。

今の心境では陥るはずのない想見が、正体不明の気持ちを押し上げていた。




雪を淋しい物だと仮定するなら、哀しみの象徴である景色を好きだとは言いにくくなる。

だけど、雪という存在を愛しく想う。

愛しいという言葉は、「かなしい」とも読むことが出来ると耳にしたことがある。

二つの感情に通じる物があるとすれば、悪くはないのかも知れない。

そんな心地の良さを感じてもいる。




「降り出しの瞬間って、初めて目にしたかも」

都に向けて言葉を零したあと、僕は両掌を自分の方へと広げて、受け皿を形作った。

脆くて消え入りそうな、ヒトカケラを受け止める。

儚い顆は瞬く間に、掌中で雪消と化した。

自分だけが特別で、滅多とない瞬間に出逢えた気さえもしている。

「黎は、ささいなことで喜ぶ一面があるよな」

都が茶化すような表情で、僕の瞳を見ている。

普段なら立場が逆のはずになる稀な遣りとりに、少しばかりの気恥ずかしさを感じていた。

これでは、僕が子供みたいだ。

けれど、心に受けた感銘はすぐさま、言葉として露になる。

「雪の絨毯みたいだ」

足元に意識を傾ければ、一面へと拡がる雪景。

初めて、真実として受け入れることが出来た気がしていた。

見入ることで、束の間に体温を奪う厳しい寒さから逃れることも可能になる、錯覚に陥ってしまう。

大地に敷かれた雪に聖域に次ぐ、似合いの一語をそっと探してみる。

都が出発前に購入した、写真集に表題として記されていた、青女という一言が最も相応しい。

雪を象徴する、儚げで神秘的な片言だ。

なぜだか僕は、泣きたい気持ちに曝されていた。

何かを綺麗だと想う心情の全てが、これまで以上に掘り起こされていくのを感じていた。








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