STORIA 36
仄かな風に凍て付く大気、少しずつ増えていく、空を浮遊する角柱の結晶体。
眼を支配する絶景が、あらゆる気体から受ける感覚をわずかな間に置き去りにして、忘れさせてくれる。
都心では味わったことのない寒さに身を震わせ、躊躇いながらも、目に映る物に心を魅了されている自分がいた。
未だ見ぬ場所には誰一人、足を踏み入れていない、白銀に包まれた秘境の地があるはずだ。
現実離れした空想も、奥深く続く壮大な景観の袂では夢を見たくなる。
知り得ない世界だからと、美化している訳ではないんだ。
美しい光景を土台にして夢を重ね見たいと願っていても、それは理想を造り上げたいと自欲を寄せているのとは違う。
過酷な面も憧憬を抱くような純化された美も見据えたままで、真の魅力を追い求めてみたいと想っている。
無限の可能性があるからこそ、到達した先に感じる至福という物に出逢いたいと考えているんだ。
この、広大な雪景の袂で。
「黎。伯父に連絡してみたら、雪で道路の状態が良くないらしくてさ。予定より、三十分ほど着くのが遅くなるって。時間潰しに、空港内の土産物屋でも寄っていくか」
都はそう言って、中型と最大サイズの鞄を抱えたまま、赤いキャリーケースの持ち手に指先をかけた。
「小さい空港だけど、土産物は充実してるんだ。これから世話になる伯父に、差し入れの一つでもしておこうかと想ってさ」
得意気に語る彼だけど、それなら都心の名物でも贈った方が喜ばれるのではないかと僕が口添えをすると、意外な反応が戻ってくる。
「いや、ここで買う方がいい。伯父は県外の品をあまり好まないんだ」
「ああ。郷土愛が強い人なのか」
そうではなく、単純に釧路に愛情があるからだと、都はキャリーケースを引き摺りながら言う。
僕達が向かった先は、「ANA FESTA」だ。
都は初めから購入する対象を決めていたらしく、迷う様子もなく、それを手に取る。
長谷製菓の丹頂鶴の卵だ。
「釧路湿原の丹頂鶴の卵をイメージして作られた、名菓子なんだよ。釧路ならではの感じがするだろ」
見本用の一箱を手に眺めていると、都が分かりやすく言葉を足してくれる。
丸みをおびた可愛らしい銘菓の一つ一つが、丁寧に包装されている。
空港の看板にも丹頂鶴の姿が使われていたことを、僕は想い出していた。
「暁じゃないか。奇遇だな、こんなところで逢うなんて」
僕達の傍らで同じように土産物を見ていた家族連れの男性が、都に声をかけてきた。
配偶者の女性は、三歳ほどのあどけない少女の左手を握り締めている。
「相模さん。久し振りですね。俺は、友人と旅行です。そちらも、家族お揃いで」
「ああ。少し早いけど、有給を使っての年末年始休暇だよ。見ての通り、娘も成長したし、三人で一度は北海道に行こうと決めていたからね」
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