STORIA 24

「……私達と一緒に通電テストに参加することは出来なくなっちゃったけど、黎君。改めて採用、おめでとう。それと、ありがとう」

「いえ、そんな。お役に立てて嬉しいです。こちらこそ、ありがとうございます」

僕は、感謝の気持ちを短く綴った言葉を残した。

想えば色々なことが、この職場では積み重ねられてきた。

明日から、自身の居場所はここにはない。

確かに存在した自分の証を褪せた物にしたくなくて、一日という限られた時間の中で、与えられた仕事を懸命に熟していく。




十五分間休憩が終わりを告げようとする間際、慌てた様子で部署に戻って来た主任が僕達の方へと目を配る。

「黎君、宝条さん。課長が、お呼びよ。昼食休憩後に、人事課長室に来るようにって」

彼女に声をかけられ、僕は想わず姿勢を正した。

課長から直々に呼び出されるのは、久し振りのことだ。

おそらく、今日で職場を退社するからだろう。

僕は挨拶のために用意していた言葉の並びを、繰り返し脳内で復唱する。

自己都合による退職ではなく、会社側の一方的な解雇によるものでも、せめて、雇用して良かったと想われるように好印象を残してから、立ち去りたいものだ。

今回、企画課から契約を解除されることになったのは、僕ともう一人、年配男性の宝条さんだ。

彼は、この部署のムードメーカー的な存在で、いつも場を和ませてくれていた。

彼がなぜ、契約を破棄されなければならないのか、僕には詳細は分からない。

「そろそろ、行こうか。来馬君」

昼食のために購入したサンドイッチを完食し、飲料水片手に一息ついている僕のもとに、宝条さんが頃合いを見て呼びに来てくれた。

後を追う様にして、午後の始業の予鈴が耳に届く。

「そうですね。主任、少しの間、人事課長室に行って来ます」

手元のゴミを分別箱に入れてから、僕は主任に声をかけた。

「うん。行ってらっしゃい。午後から使う書類、机に置いておくわね」




人気のない廊下で、肩を並べ歩幅を揃える宝条さんの姿を、僕はちらりと視野に取り入れる。

彼が突然に職を失うことになってしまった要因を、噤んだ喉元の先で、僕は自分なりに邪推していた。

解雇の理由など直接に人に聞けるものではないし、自分がそうである様に、詳細は告知されていない可能性もある。

だけど、気掛かりで仕方がないというのが本心だ。

悶々と考え事を繰り返している傍らで、独り言のごとく宝条さんが呟く。

「君は、まだ若いのに残念だったな」

彼の言葉に歩く速度を緩め、その瞳の奥を見つめた。

「はっきりとした原因は分からないんだけど、今回、私が省かれた決定的要素は年齢にあるのだと想っている。私も、五十三だ。もう、歳だからね。ただ、欲を言えばもう少し、頑張りたいところなんだけどなあ」








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