STORIA 25

宝条さんは眉を顰めて、表現しがたい面持ちで想いを吐き出す。

「その辺りは、何とも言えないですよね。会社側による解雇の場合、正確な理由は伝えられないケースがほとんどみたいですし。自分達で推測するしか……。主任からは人件費削減のためとだけ、聞かされていましたが。僕自身の契約破棄も、今春に入社した一人の社員昇格による影響が大きいものだと考えています。とは言っても、僕の力不足でしかないんですけどね」

これではまるで、自分が会社を辞めなければならなくなったのは、新しい社員が席を奪ったからだと主張している様で、酷く惨めな気持ちになってしまう。

後味の悪さを感じた僕は、目元を隠すつもりで髪を掻き上げる。

「人には、それぞれの得意分野があるんだ。発揮出来る技量も、閃き具合やタイミングなんかによっても異なる。落ち込むことはない。君は、充分に努力したと想うよ。もっと、自分を褒めてやらなきゃ」

自分自身のことに対しては悲観的な発言をしていた宝条さんでも、他人を想いやる心遣いは決して忘れない。

彼の力強い優しさを受けたことで、明日へと繋がる何かを見出せたならと、僕は願っていた。




課長室の扉を宝条さんがノックすると、室内から聞こえる低く籠もった声が、僕達に入る様にと促した。

「失礼します」

滅多に足を踏み入れることのない空間に、僕はわずかな緊張を背負う。

「宝条君。それに、来馬君。二人共、これまで我が社の為に良く尽してくれたと想う。ご苦労さん。特に宝条君については、十八年という長い期間に渡り、良く頑張ってくれた。ありがとう。少しはやいが、今月分の給料明細だ。給料は通常通り、各々の指定口座に振り込まれるから、そのつもりでいる様に」

上司からの犒いの言葉と共に、僕は差し出された給料明細書を、この手に受け取った。




「案外、あっさりとしていましたね。課長のお言葉」

解きほぐした全身の力を、空調で心地良く冷える廊下に晒しながら、僕は一息を衝く。

「そうだね。もう、いなくなる人間には用はないからだろうね。退職日なんて、淋しい物だよ」

確かに宝条さんの言う通りだと、僕は頷く。

現実は、こんな物だ。終業の時報が、部署にいる者達の手を止める。

その音色は、やけに明瞭で印象的な物だった。

なぜか、この音の響きを忘れることはないだろうと、そんな気さえもした。

ああ。ようやく終わりを迎えてしまったのかと、落胆にも似た溜め息が零れる。

何かを成し遂げたことによる気持ちではなく、もどかしさを表面に押し上げた感覚に近い。








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