STORIA 23
壁際に貼られた、部員の勤務日数や就業時間が記された、タイムスケジュール表。
目を凝らして見ると、月の後半以降の翌月分では自分の名前が記述されていないことが確認出来る。
小振りの机が十ほど、室内の中央に寄せられた作業場。
僕達はここで、新商品の提案や、互いの意見を交わしてきた。
斜め向かいの席に座る、金城主任の机上には常に愛用の湯呑みが置かれている。
彼女の年齢からは少し意外な、淡い桜色の地に可愛いイラスト入りの陶磁器だ。
そんな光景も、いつしか、懐かしい記憶として蓄積されていくのだろうか。
徐々に人が集まり始めた部署に、やがて、就業開始の時報が鳴る。
僕は普段通り、自身の作業に取りかかった。
このメンバーと過ごすのも、今日が最後だ。
「今春、皆で提案を出しあった秋のイベント・ハロウィンの新商品菓子についてですが。私、金城の案が採用されることが決定しました。試作品は、こちらになります。既に、製造工場では量産に入っています」
机に置かれたのは、ハロウィンのモチーフを象った、マカロンだ。
木の実付きの橙色をした、リボンがかけられた透明のパッケージケースに、南瓜、おばけ、魔女の帽子の三種の形をした菓子が入っている。
色はオレンジや紫が主で、白地のおばけには頬の部分を桃色で着色するという、可愛らしい仕上がりだ。
表面にはアイシングによる飾りが添えられている。
中には、南瓜クリームと想われる物も挟まれていた。
さすが、主任ならではの意匠だと、僕は感心する。
「可愛い。女子受けしそうですね」
社員の一人が試作を手に取り、嬉しそうに言葉をこぼす。
彼女はじっくりと見入ってから、順番に回し始めた。
「実はもう一つ、嬉しい知らせがあります。我が社・カトレアの鏡水支店、ハロウィン売場に黎君の企画提案が採用されることが決まりました。イベントコーナーに電飾を施すという物ですが、放電管本体にハロウィンの絵柄や文字といった出力物が埋め込まれていて、ネオンを放電管に入れて通電させると、赤く光るイルミネーションが浮かび上がる仕組みです。同じく、商品の表面上にも電飾が落ちる仕掛け。絵柄については線が繊細で、完成度も高くなっています。ネオンは明るい店内でも、見やすい物を導入しました。いわゆる、POPに代わる照明看板といったところでしょうか。来月中旬頃に支店にて通電テストを行いますので、企画課の皆さんには足を運んでもらうことになります」
僕は試作品のイベント用マカロンを掌中におさめたまま、ぼんやりと主任を見つめていた。
信じられない、この僕の案が採用されるだなんて。
これまで、自分の提案の一部が使われることはあっても、六割位は主任による修正がかけられていた。
今回は、手直しなしでの採択だ。
最後だからと、大目に見てくれたのだろうか。
それでも、上役から初めて認めて貰えた様で、僕は自身の目頭が熱くなるのを感じた。
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