STORIA 21

頁の流れに忠実に沿って進むと、僕は、あることに気付く。

まるで、片時も離れずに被写体を追い続けている様な、時間の区切りなど感じさせない仕上がりなんだ。

短い一冊という本の中で、言い尽せないほどの時が紡がれている気がした。

「なあ、都。写真家って、どのくらいの時間、被写体と向き合っている物なのかな」

「ああ。俺も、詳しくは知らないんだけど。富士山の写真を撮ってた人のインタビューが、雑誌に載っていてさ。その人の話によると、撮りたい瞬間が訪れるまで、照準を定めた場所で待ち続けるらしい。数日、かかる場合もあるんだろうな」

都の言葉になるほどと、僕は喉を唸らせる。

写真集という枠に収められた、不活動な被写体が動画的な美しさを維持できるのは、撮る者の腕にかかっているということだ。

気がかりだった、写真集のタイトルに秘められている真実を、そっと、都に問いかけてみる。

「青女って、特別な意味があるのかな」

「"雪" の異名だよ。俺も興味があって、オンライン辞書で調べてみた」

「初めて、知ったよ。雪の別の言い方で、六花なら聞いたことはあるけど」

薄れた記憶の片隅から、僕は今も心に残る言葉を拾い上げる。

「青女って、あまり使わないからな。雪を降らす女神のことを、そう呼ぶらしいんだけど。転じて、雪の別名にもなってるみたいだ」

聞き慣れない単語も、こんな神秘的な景観と被写体を題材にした静止画の集まりだからこそ、相応しい物だとも想う。

情感に溢れたタイトルを名付けたのも、写真家本人なのだろうか。

数え切れないほどの写真を撮り溜めしている人達は、感情表現が豊かで繊細な心を持っているのだと、僕は想う。

小説家や創作に携わる人間と、感性が共通する部分があるのかも知れない。

プロが、撮るアングルに拘ったりするのも、一つの表現技法なのだろう。

「それにしても。都の両親はよく、釧路へ行くことを許してくれたな。専門学校へ通うことすら、認めてくれなかったんだろ」

「勘当されたよ。東京を離れたいって言った時点でな。親父はその日の内に出て行けと言ったけど、母親が何とか止めてくれた。出発日までは自宅にいられることになったから、良かったけど」

あからさまに煩わしげな表情を浮かべる都が、吐き捨てる様に言葉を零した。

「大丈夫なのか。勘当って、まあ、一時的な感情だろうけど。はやく、和解できるといいな」

「いいんだよ、このままで。丁度、良い時期なんだ」

小さく言った彼の想いが、妙に心に引っかかりを残した。

釧路での長期休暇を終えたら、その流れで、彼は実家から離れるつもりでもいるのだろうか。

都は、荒い手付きで自身の前髪を無造作に弄っている。








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