STORIA 20

自分達が生まれ育った都心を暫く離れることを、彼は難なく言うけれど、都自身も釧路に特別詳しいという訳ではないことを、僕は知る。

僕達は生粋の東京人だ。

不慣れな土地に足を運ぶ未来が、心の中枢を駆り立てる。

何も得ることの叶わない最北端の楽園だから、夢想に溺れてみたくなるのだろうか。

都も、僕も。

心の中で具現化する憧憬の光景は、空を掻く感覚とも似ている。

掴んでも、掴みきれない幻の現象が、指先の隙間から滑り落ちては美しい原型を保ちながら、その場に根付いているんだ。

知らない世界を、知らないままでいることは、限りのない穢れなさを留めていられる。

人間というのは不思議で、自分と深く関わりのないことには、理想を追い求める物なんだ。

同じ処に長く居つくほど、見たくない部分まで想い知らされるものだ。

だから、僕達は未だ見ぬ世界に心を躍らせるのだろう。




「俺、カメラマンになりたいんだ」

やけに、真剣な眼差しで都が僕を見据える。

曇りのない瞳で話す、彼の独白に改めて驚くことはなかった。

誰も入り込むことの出来ない様な佇まいを放ちながら、カメラを構えて一心に被写体を得ようとする都の姿を見て以来、その野望は言わずと知れた物だ。

僕はずっと、彼と共に歩いて来たんだ。

「そうだろうと想ったよ。改めて言葉にしてくれたのは、今回が始めてだね。でも、都。プロになりたいなら、専門の写真学科に進むべきだったな」

「ああ、そうしたかったよ。親が厳しくてさ、猛反対されたからな。本当は、東京綜合写真学校に行くつもりだったんだ。遠いから、学校の近くに拠点を移してさ」

都にも、事情があるのだろう。

知識を修得することにも時間をかけず、がむしゃらに情熱だけを維持する姿も、今となっては目指す物もない僕にしてみれば、羨ましく映った。

「夢を見るのは悪くもないけど、実際にプロを目指すとなると、厳しい世界だと想うよ。こんな写真が撮れるのも、プロならではだからだろ」

そう言って僕は机上に置かれた、あの美しい文字の羅列が並ぶ写真集を手に取り、捲り始める。

最北端の大空を舞う、複数の丹頂。

彼方から降りて来たばかりの羽根を優しくいたわる、脆くて儚げな肢体。

空の色を吸収してか、白銀の大地が皚々しい光景に、仄かなシアンを塗り重ねている様にも想えた。

撮影者の名には、塩里瑛と記されている。

初めて知る、名前だ。

「俺、塩里さんのカメラワークが好きなんだ。一昨日、発売されたばかりの新刊なんだけど、彼も丹頂をテーマにした写真を撮ってたなんて、運命を感じるよ」

嬉しげに語る、都の気持ちも分かる。

憧れの写真家が、自分が求める物と同じ被写体に惹かれてシャッターを切るだなんて、そうはない現実なのだろう。








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