STORIA 19
その言葉に、都が釧路行きに頑な感情を胸に秘めている事を想い出す。
彼が北海道を目指したいと願う先にある理由は、おそらく一つしかない。
都は最後まで悩んでいた二冊の釧路・北見・道路地図から、厚めの改訂版を選び抜くと、小振りな地図と複数の写真集を合わせてレジへと向かった。
「黎。今から、俺の家に来いよ。釧路でのプランを立てようぜ」
都の家に来るのは、五年振りくらいだろうか。
高校在学中の頃は、お互いの自宅をよく行き来した物だけれど、都が先に社会人になってからは、出先で落ち合う事が多くなっていた。
何だか、学生時代が懐かしい。
「黎、どうした? 入れよ」
玄関先で過去の仄かな記憶に浸る僕を、都が呼び戻す。
「いや、何でもないよ。今は昼時だし、やっぱり自分の家でご飯を済ませてから出直して来ることにするよ」
「何で。飯ぐらい、ここで食って行けばいいじゃん。水くさい奴だな。ほら」
彼はそう言うと、強引に僕の背中を押して、室内に招き入れてしまった。
十五畳ほどもある、個室にしては広く感じる二階に位置する親友の自室で、一人、時を刻む針の音に耳を傾けていると、聴き慣れた声が真上から届く。
「グラタンとドリア、どっちがいい? 黎」
「都」
上張りに着いた両掌で、座る自身の身体を支えながら、傾げた首で都の姿を仰ぎ見た。
炭酸飲料しかないからと、差し出されたコーラに手を伸ばす。
僕は、グラタンを選んだ。
「了解。言っても、冷凍食品だけどな」
「何だよ。ここで食べて行けなんて言うから、ご馳走でも振る舞ってくれるのかなって、期待したじゃないか」
「俺が、料理なんかするわけないだろ」
都は面倒くさそうに本音を吐くと、先ほど購入した地図と写真集を机上に並べる。
青女と夢幻が起こす奇跡。
幻想的なタイトルが記された写真集に、僕は再び眼を奪われていた。青女、とはどういう意味が込められているのだろう。
雪女なのか、或いは天使か、それとも、比喩としての言葉使いで綴られているだけなのか。
何れにしても、不思議な響きだ。
「宿は伯父の所に世話になるから、俺等の拠点はそこでいいとして。問題は出発時期なんだけど。黎、お前を俺の都合で振り回すことになるけど、構わないか?」
「分かってるよ。冬季に釧路へ発ちたいんだろ。丹頂を撮りに」
「さすが、黎。この前に話したこと、覚えててくれたんだな」
僕の相棒は、まるで少年の様な面持ちで笑う。
「そう言えば、都は小さい頃はよく、釧路を訪ねていたよな。その点、僕は北海道に行くのは初めてだから、不安も大きいよ
文化とか、方言の違いとかを気にしてるのか、黎。大丈夫、大船に乗ったつもりでいろって」
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