STORIA 12


数少ない休暇は、仕事に追われる僕にとっては価値ある物だったし、唯一の癒しでもあった。

けれどこの先、職を失ってしまえば真逆になる。

癒しであるはずの物が姿を変えるんだ、苦痛へと。

一部の人にしてみれば、一種の放蕩を得たのだと歓喜することだろう。

仕事に身体を留置く日々から離れることは、自由を手に入れることに等しい。

そう考えることは、僕には期し難い。

拘束の中で篤実に生きて来た頑固者には、自由への一歩が踏み出せない。




二階の自室に戻り、僕は両開きの衣類キャビネットを開く。

私服の中には、普段着慣れた物に埋もれて、すっかり身に纏わなくなった物も幾つか混入している。

別にサイズが合わなくなったからだとか、気に入らないという訳ではない。

気付けば、遠ざかっていたという感じだ。

片隅に眠る"それ" を半意識的に取り出し、自身を着飾ってみる。

うん、悪くはない。

久し振りに腕を潜らせた半袖のネルに、休日には決まって着用する、ラウンジリザードのストレッチコーデュロイ・アンクルカットパンツを合わせれば完成だ。

こんな行動一つをとっても、退職を間近に控えていることが原因になっているのかと想うと、侘びしい物があるけれど。

どこか心の端で、気を紛らわせていたいと想う自分がいることを、少なからず僕は認識していたんだ。

都と行動を共にする以外の時間は、時に物足りなさを感じることもある。

自身を補う、何かが欠けているというか。

幼い頃から一緒にいるのだから、当然と言えばその通りなのか。

親同士が運んできた、縁の繋がりがなければ、僕達は巡り逢うことすらなかっただろう。

偶然は奇跡の産物の様にも想えてしまう。

束の間に、幼馴染みである、都の幼少時代を想い起こしていた様だ。

きっと、今の僕の口元は緩んでしまっている。

誰にも気付かれない程度にね。




玄関の扉を開け放つと、眩しいくらいの陽射しが全身を覆った。

けれど、現実は淋しい。

あの日以来、都は僕と顔を合わせてもどこかよそよそしい。

他から座視すれば、何ら変わりのない光景かも知れないけれど、僕達だけにしか分かり得ない溝が、紛れもなく繋ぎを裂く様に蔓延っていた。

何だか僕は、都のことばかりを考えてしまう。

相手を強く想う気持ちが、その存在を呼び寄せてしまう、とも聞いたことがある。

願うことなら、都と向き合い、胸中を知り尽したい。

今は、普段叶うことさえも手に入れ難いんだ。

仕事のことだって、そうだ。

職場で与えられた自身の役割分担は決して、嫌いじゃない。

閑古鳥がなく、この社会状況に見舞われなければ、企業のために、自身の未来の安定のためにと、限りを尽したことだろう。

受け身でいるよりも、自分から何かを考えたり、作ったりすることが好きだった。

目指す物があるからとか、大きな宿願を抱いていた訳ではないけれど、繰り返される日々の積み重ねが遣り甲斐になっていたことは確かだ。

夢を追い求めている人達の雄心には程遠い物だと分かってはいたのに、ありふれた就業先での一齣が大切な居場所だった。







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