STORIA 10
頑に拒む僕の言葉に後込みしたのか、すっかり閉口してしまった都を後に残して帰路を辿り始める。
考えさせて欲しいだなんて、自身の心根にはないことを言ってしまった現実に惨めさが浮き彫りにもなる。
昵懇の仲である彼を、気付けたくなかったからなのか。
『お前じゃなきゃ駄目なんだ』と、僕を呼び止めた一途さが脳裏を谺する。
都がこの心を必要とする熱情が、胸に深く焼き付いて離れずにいたんだ。
「どうしたの? 全然、食事が進んでいないみたいだけど」
母親から声をかけられ、僕は我に返った。
朝食を口元に運んでいるつもりでいた指先が、暫しの膠着状態となっていた様だ。
こんな時、染々と想う。
都は僕にとってやはり、特別な存在なのだということを。
微かな彼の表情や仕草の変化が、少なからず己にも影響を与えてしまっている。
僕は不安定な指先が支えている、匙を一度置いてから、白米が盛られた茶碗と箸を改めて持ち直した。
「何でもないよ。ちょっと、考え事をしてただけ」
「珍しいわね。そうそう、今朝は久し振りに和食にしてみたの。いつもの洋風とは違って、たまにはいいでしょう」
母の作る、割下は絶品だ。
そんな彼女は優しく、穏やかな性格をしている。
一ヶ月後の僕の退社話を耳にしても、難詰したりすることはなかった。
常に真実を受け入れ、向き合ってくれるといったところだろうか。
堅苦しい社会に忠実でいたいと願う理由は、優しい母に心配をかけたくないと強く想う心が存在するからかも知れない。
「ね、久し振りに家族全員で旅行でもしちゃおうか」
「え?」
彼女が嬉しそうに身を乗り出して来たので、僕は一瞬の戸惑いを見せる。
繊細なレースをあしらった母の衣服の七分袖が、茶葉を含む湯呑みの飲み口を捕らえ、今にも机上に倒してしまいそうだ。
「次の仕事先を探さないといけないから、旅行どころではないよ。母さん、都と同じこと言うんだな。彼も、景気の悪化で職を失うんだ」
「そう。でも、都君、いいこと言うじゃない。そもそも、黎は考えが堅いのよ。長期休暇なんて、滅多にない機会なんだから、有効活用するのもありじゃない?」
彼女の言葉の奥にちらつく、薄く伝わる心音に僕は想わず口元を弛めてしまう。
「もしかして、淋しいと感じてくれていた? 僕が就職してから仕事一筋で、家族で一緒に過ごす機会が減ったこと」
「何言ってるの、黎。私はただ、若いうちにしか出来ない楽しみがあると想って、一つの提案をしたまでよ。そりゃ、二年も三年も遊び呆けられたら困るけどね」
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