STORIA 8


年を重ねて立ち止まり、いつしか想起すれば、好きな物にも没頭出来ず、ただ闇雲に時間を費やして来ただけなのだと敗北にも似た虚しさを覚えるのだろう。

堅調な人生を保つというのは、厳しい拘束の中に携わることで生まれる物だ。

現実は難しい。

後悔したくなくて、世間から置いてきぼりを喰らわぬ様にと、誰もが社会に支配されながら限られた枠内でもがき苦しんでいるんだ。




「次の仕事も探さないといけないし、お互いに大変だな」

自身への宥めともとれる言葉を、僕は都へ向けて溢した。

一心に食べ続けていた彼は、ようやく顔を上げ驚くべき一言を発する。

「黎、俺と一緒に北海道へ行かないか?」

金属がかする様な音をたてて、床へと滑り落ちた。

足下に首を傾けると、銀製の匙がこの目に映り込む。

僕はそれをゆっくりと拾い上げると、卓子のカトラリーケースに収めた。

「都、何を言って……」

瞬ぎもせず、僕は相棒に訝しげな言葉を溢す。

悪い冗談でも吐いているのではないだろうかと疑ったが、彼の表情を見る限り、そうではないらしいことが窺える。

都のことだ。

改めて考えてみれば、何をするにも慎重でいたいと願う僕とは対称的な彼から、大胆発言とも言える、こんな言葉が出るのも不思議ではない。

「正直、嫌気が差したんだ。みんな、金だ、金だって、稼ぐことばかりを考えてさ。本当に夢中になりたいことを忘れてまでもね。金が存在するからこそ、苦しむことだってあるんだ。俺はもっと、自由に生きてみたい。来月末には、お互い職も失う。これを機会に、都会の喧騒を少し離れてみるのもいいんじゃないか」

都らしいと一言で片付けてしまえばそれまでだが、僕の口元は彼の突発的な言動に二の句が継げない状態にさせられてしまっていた。

僕なら到底言葉に出来そうもないことを、都は簡単に言ってのけてしまう。

それを吉ととるか、ただ批判の対象とするか、無難に生きて行く未来だけを描いている自身には分かりきったことだ。

だけど、皮肉なことに彼の無謀な問いかけが、この心を悩ませる物でありながら、時に越えられないハードルを見せられている様で羨ましく想う現実も否めない。

無き物を補う互いの性格が、僕達の関係を成り立たせているのかも知れないとも想う。

「北海道って、どのくらいの期間を考えてるんだよ?」

しばらく間を置いてからだったが、都から受けた問いかけに、更に質問をする形で返した。

彼は水を一口含んでから、唇を開く。

「期間は、半年から一年間。状況によってはもっと長くなるかも知れない。釧路に長く住む伯父がいるんだ」

「まさか、釧路へ行くつもりなのか」

都は真っ直ぐ、僕の眼を見つめている。








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