STORIA 7
ただ、名折れした現実を認めたくないと強く想う自分もいた。
出された答えが全てを物語っているのだとしても、自身と周囲を信じて頑張って来た事実は偽りではなかったから。研修生として、やって来た彼が僕よりも優れていたというだけのこと。
匙を置き、想い出した様に僕は我に返る。
都は「も」と言わなかったか?
「都。『も』って、まさかお前も……」
「ん? ああ。俺も、来月末で退職することになったんだよ。黎には言ってなかったけどさ。俺のショップ、以前からじわじわと人員削減を始めてたらしくて。俺なんて、真っ先に跳ね除けられたぜ。何だって言うんだ、全く。このことを話したかったから、黎をここへ呼んだんだ」
溢れ始めた感情を一度に流し込む様に、都が語る。
一瞬、僕の告白に悪ふざけによる便乗ではないだろうかと想うほど、彼の言葉を信じられずにいた。
僕は短大を卒業してすぐ現在の就職先に落ち着いてからは、都の様なバイト経験もなくこれまで来たから、非正規雇用者側の事情など知らない事もあるのかも知れない。
就業時間なども初めから短く定められていたりするアルバイトは、もっと気楽に働ける環境だと想っていた。
上下関係がはっきりしている、正規で雇われている者とは違って。
だけど、都は時折、遅刻や欠勤などといった減点となる部分もあった様だし、結果的にそれらが禍を呼んだのだろう。
僕は徐に胸元の隠しから自身と社の名が記された名刺を取り出すと、小さく息を溢す。
「この名刺も、もうすぐ必要がなくなるのか。退職日までに挨拶状も提出しなければならないし、次の仕事先も見つけないと駄目だから、先の事を考えるだけで気が重くなりそうだよ。それにしても、都も雇い止めとは驚いたな」
「全くだぜ。雇う側も、もう少し人材を大切にしろってね」
気だるそうに胸を撫で降ろす僕に、都が同調する様に呟く。
彼の言う通りだ。
人件費削減などと言っては、経営者側が就業者の残業や通常の勤務時間を制限するなどして、満足に働けないのが今の現状でもあるのだろう。
派遣や日雇いなどに従事している人達は、厳しい待遇に悩まされているとも聞いた。
何れにしても、昨今の雇用情勢に良い兆しは見込めない。
都も珍しく考え込んでいるのか、僕達は暫く黙ったまま、匙に盛ったそれぞれの食を口元に運んでいた。
一見、気まずいともとれる沈黙も、長い時間をともに過ごして来た互いだからこそ、気兼ねする事もなく自然体でいられる。
都は今後、どうするのだろうか。
一ヶ月先には職を失う僕達に課せられている事は他でもない、新たな仕事に就くことだ。
けれど、一度躓くと再起することさえ難しく想えて来る。
もっと自由に、何にも縛られずに生きられたならと想う事もある。
職場と自宅を行き来するだけの日常は、同じ事を繰り返すばかりで、長い人生を支えて行くはずの積み重ねが無意味な苦痛を生み出してしまう。
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