STORIA 4
「いや、いいよ。今の携帯、気に入ってるし。それより、戻らないと怒られるぞ」
席へ戻る様に促すと、彼はふて腐れた様子で薄手のメモ帳とペンを胸元の隠しから取り出し、何やらサラサラと綴り始める。
数分もかからなかっただろうか。
書き終えた頁を潔く破ると、小さな紙切れを無言で僕に差し出した。
「都、これ?」
紙面を見て、僕は想わず呟く。
乱雑な線で描かれた地図と、周辺には目印だろうと想われる最寄りの駅名や店、右上端に方位が記されている。
中でも喫茶店らしき名称だけが強調した文字で書かれていたので、不思議に想って都の方へ顔を向けた。
「俺、後一時間ほどで上がりなんだ。そこの喫茶で待っててくれよ。約束だからな」
店内からの女性従業員の合図に気付いた彼は一瞬焦った表情を露にして、僕の返事は待たずに急ぎ足で店の奥へと戻ってしまった。
全く、強引な一面は相変わらずだ。
夏は、日暮れが遠い。
まだ、夕刻だというのに照り付ける陽射しが痛いほどだ。
掌の内側で小さく畳んだ紙切れを取り出し、開く。
都が指定をした喫茶店周辺は、良く知る場所だ。
正確には僕の自宅から勤務先へ向かうまでの道のりに、この喫茶は存在する。
雇い止めを告知されても、後一ヶ月は勤務しなければならない。
今日も、一日の仕事を終えて帰る途中だった。
一度、家に帰宅するのも面倒だし、少し早いけれど待ち合わせ場所である喫茶に行って時間を潰す事に決める。
こんな風に誰かと落ち合う約束事でもなければ、駅近辺に立ち寄る事は滅多にない。
日々、行き来する傍らに建ち並ぶ物は曖昧な影に埋もれている様でもあったんだ。
「いらっしゃいませ」
表扉に飾られたカウベル風の呼び鈴を爽やかに鳴らしながら、茶店の中に足を踏み入れると元気な従業員の笑顔が迎えてくれる。
独特の雰囲気を醸し出す室内、天井には洒落た小型のシャンデリア。
一人なら、なかなか足を運ぶ機会のない場所だ。
だけど、目に柔らかな感覚を与えてくれる、室内の間接照明はいい。
都が来るまでもう少し時間はあるし、本でも読みながら待つとするかな。
僕は出勤用の鞄に文庫本を一冊、常備している。
職場での昼休憩を有意義に過ごすためだ。
「ご注文は、お決まりですか?」
ウエイターの声が、本を開こうとする指先を妨げる。
手元に置かれた水を含む硝子コップから、僕は視線を起こした。
「すみません。後からもう一人、連れが来ますので。注文はその時に」
カウンター奥へと戻る、給仕人の後ろ姿をぼんやりと眺めながら、私物の文庫本と入れ替えにメニューを開く。
何だか、空腹を感じ始めている自身に気付く。
それもその筈だ、夕食時なのだから。
都を待ち侘びている間も時間は刻々と経過していく。
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