STORIA 3
随分と過去から変わらぬ想いを彼は抱いている。
自分の心にだけ忠実に。然うして穢れない世界を朱で染めていく。
触れられない。
触れる事を許してはくれない、彼の傷みには。
僕が秘められた彼の真実に気付くのは遥かに先の事だ。
深く閉ざした都の想いに、哀し過ぎる現実に僕は未だ気付かない。
そして、目睫に迫る死にも。
時が遡る。
蒸せる様な都会の夏へと。
日々、時間に不規則に街中を雑多する人影。
僕は未だ微温な家庭で育った両足を東京都内の地に確りと据えていた。
全く有り難くない話だ。
見渡す限りの世の中が不景気という闇に包まれている。
そんな時代に翻弄されているのか、流されるかの様に僕も雇い止めを喰らってしまった。
仕事では社員として扱われていたし、出勤日数だって正確に満たしていたので、予想外の出来事に酷く悩まされた。
職場に功績を残せるほど優れていた訳ではなかったけれど、人並みに頑張って来たつもりだ。
だけど、弾かれた事実に対して、今となっては手立てなく想っている。
組織から外されたのは、それなりの理由があるのだろう。
これもまた、時代の流れが寄こした悪ふざけだ。
そう言えば、都はどうしているだろうか。
彼も最近、幾日かに渡り人員削減がどうとか怪訝そうに呟いていた。
尤も都の場合、バイト繋ぎだから雇い止めだなんて縁もなさそうだけれど。
悶々と思考を巡らせながら、彼の仕事先の近くまで立ち寄ってみる。
都の勤める、携帯電話会社を硝子ごしに覗き込むけれど、彼の姿は僕の目に映らない。
「よろしかったら、中で御覧になって行かれませんか? お勧め機種がございますよ」
突然、聞き慣れた声が背後から届く。
振り返ると、一揃いの衣服を身に纏った良く知る姿が笑顔で僕を迎えていた。
短い袖口のワイシャツが放つ、清々しい白さ加減が大暑の日射しを反射して眩しい。
「都、びっくりさせないでくれよ。というより、何で店の外にいるんだよ」
「ああ、お年寄りの客をそこまで送って来たんだ」
普段はカジュアルな服装に身を包む事が多い彼だけど、見ているこちらの気も引き締めてくれそうな正装も悪くはない。
誇らしげに襟を正す、都の表情に僕は想わず笑みを零した。
「それにしても、板に付いてきたな。仕事中の姿」
「それは、ありがとうございます」
僕の言葉にわざと戯けた表情で、彼は右手を胸に添えて見せる。
余裕すら感じさせる、都の変わらぬ姿に自分の事の様に安堵を抱いた。
唯一の親友である君に、僕はまだ雇い止めに遭った事実を打ち明けてはいない。
彼が仕事を終えたら、話を持ち掛けてみようか。
そんな事を考えていると、都が携帯を握り締めるこの手元を覗き込んできた。
「なあ。黎の携帯って、うちで契約した奴だろ。ちょっと、見ていかね? いい新型出てるんだ」
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