STORIA 2
彼は幾度となく写真機を手にする。
僕でさえ敵わない、都にとっての最上の相方がそこに在る気がしていた。
躊躇いを誘うほどに身震いを覚える事がある。
それほどまでに、彼の撮る事に対する想いは容易い物ではなかった。
都が造り出す世界の領域へ足を踏み入れる勇気が持てないんだ。
僕は、僕だけは許されている筈なのに。
静寂が恐怖と不安を唆す。
呼気を繰り返す自身の微かな音さえもまざまざとしていて、生命の音がこの地で息衝いているかの様に。
都もまた、己の存在を強く際立たせていた。
鼓動すら聴こえる事はないけれど、彼の身体からは普段以上に輝きを放つ何かが感じられたんだ。
海に入り込んだ異種の生命体を見ている様だった。
ありふれた集まりに一際、輝く存在。
しろがねに食された大地にただ一人、頑な想いで最高の絵を狙う者がいる。
異種であること、それは彼の願う形。
海という広大な見聞の範囲で無数にも近い魚の群れに異種が混ざれば、存在は価値を極める。
きっと、都も自分の位置を確立したいと同じ光景を夢見ている筈だ。
彼も誰より出色を自分の物にしたくて、最も質のいい瞬間を手に入れるのだと、カメラを手に揺るぎない意志を抱いているのだろうから。
けれど、僕にとって都の目指す姿は未来形などではないんだ。
彼はもう蛹ではない。
到達点に向かう、直向きな姿こそがその道の独立した証である様な気もしている。
逸れる事のない、一途さに入り込めない真実の理由を知る。
誰にも触れられたくない心を露にされた気がしたんだ。
どこかで感じていた、固く閉ざされた壁の様な隔たりを。
闇雲に口を緘している訳でもないのに、現れぬ言葉の影に自分を頑に守る都の姿を。
彼が必要とする物に深く入り込んだなら、何かが儚く散ってしまいそうで忖度する事さえももどかしく想う時がある。
誰にも触れさせたくない心、というのは何より綺麗だと想った。
綺麗な筈だったんだ。
繊細で脆い絹の様に壊れやすい、不確かな想いを誰にも譲らずに小さな殻に封じ込めている。
何かに怯えても見える彼の心に、僕は穢れない物を感じる事さえある。
せつなさを抱え、冷たく降りる朝の空気に肩を強張らせ息を呑む。
首を持ち上げ弱々しい光を放つ空を仰ぎ見た。
ふわり、とヒトカケラの贈り物がこの掌に届けられる。
雪滴だ。
受け止めた中を愛おしそうにそっと、覗き込んでみる。
雪に憧れを抱く。
明けの穹に失せる羽音、睡る夢の中か。
こんなに閑かな幕開けには全てを忘れ、六の花に心を預けて夢を見る事も悪くはない。
だけど都、君ならどう呟く?
それは恐らく哀しい音吐なのだろう。
"こんなに閑かな朝なら、雪に身を預けて永遠の眠りに就くのも悪くはない"と。
そう、零すだろう?
彼は幻に溺れ、自身を宥め賺す。
僕が想う優しく穏やかな物ではなく、残酷で儚い物だ。
誰もが予期せぬ様な未来を、完全な形で心の奥に描き切った。
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