海を泳ぐ蝶

孔雀 凌

第一章/凍蝶の夢

STORIА 1


空見上げる。

最北端上空を秘する重く深い燃え差しの色は慨きを背負う彼の全てを抱え込んでもいる様で。

そんな事を認識する度に僕は堪らなく淋しくなる。

ただ想う処もなく、地から気体を仰ぐ僕の元には清んだ碧の冴やかさは届かない。

光の流れをも堰く、こんなに閉ざされた暗雲の中でも空の鮮やかさは本当は想像以上に近く、気付く事のない現実はまた哀しい物なのかも知れない。

不安と嘆きに溺れたなら側にある幸福さえも見落とす自身に気付く。

闇という過大な巴。

この穹の果てに存在する鮮やかさも真実の碧さなのだろうか。

そんな事さえも危うい物となる。

ただ探したくて、この灰の遥か彼方に在る筈の抜ける様な明瞭さを。

見付けたくて。

見えずとも理解している抔と浅はかに片付けたくはなくて。

自身の瞳で確かめたくてもがいている。何故だろう。こんな気持ちになるのは。

確かな物を掴むまで頑になる現実の影にはきっと都、君が今にも消えてしまいそうだからだ。

幻ではなく、夢追いでもなく、確かな形在る物を差し出せたなら、君を少しは救えるのだろうか。



大気が僅かながら表情を変えた気がした。

僕の背に電流の様な感覚が走る。

地上から生まれた光の柱が同時に暗雲をぶち抜いた。

葉擦れに柔く響く声。

その音の持ち主が相棒だと気付くまで、微かな間を必要とした。

沈んだ瞼を持ち上げると、心配そうに覗き込む都の姿が映った。

僕は彼にだけ見せる、特有の笑顔で"何でもないよ"と首を横に振る。

仄かな時の中で逃げ水を追い掛けていた様だ。

僕の相方は変わらずといった笑みを見せてくれる。

何事もなく。

僕だけが知る彼の深い傷。

いつか、君は僕にその心中を明らかにした。

けれど、全てを語ってはいない。

ほんの齧りだ。

君にとって、僕という相棒はこの程度の物かと度々不安に脅かされる。

親友だからといって何かを強いる事なんて出来ない。

誰かの為に感情を揺さぶり起こし、力になりたいと心を働かせても受ける側としてみれば不要の感情に他ならないのかも知れない。

どれ程、綺麗事を並べても実際に本人の役に立たなければ意味のない事なのだろう。

そんな不確かな言葉なら最初から零したくはない。

僕だって所詮、自分自身が一番大事な出来損ないだ。

他人の為に本気で何かを考える事は先ずない。

誰かを想って心を動かすのなら、その裏で必ず見返りが潜んでいる。

相手に求める物、自分にとって利益となる物の何方かを求めてしまうのだろう。

併し、己の最下欠陥である一面を認めたくはない物だ。

表面上でもいい。

都の傍らでは良心に満ちた人物を装っていたい。

彼に内心を悟られないで済むのなら、僕は親友でいられる。

その名に相応しい、君の相方でいられるから。



淡く差し照らす陽の光が彼の背を宥め、閑かに染めた。

ゆらり、踊る飴色を清んだ気体が遠避ける。

陽を待ち望む闇の様に、都も淋しさの裏で影映しの何かを探している風にも見えた。

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